APAが1994年に改訂したDSM-Ⅳにおける社会恐怖(社会不安障害)の診断基準は下記のとおりです。

社会不安障害の診断基準

1.他人の注視を浴びるかもしれない社会的状況、または何らかの行為をする状況に対する顕著で持続的な恐怖。患者は自分が恥をかいたり、恥かしい思いをする行動を恐れる

2.恐怖している社会的状況への曝露によって、ほとんど必ず不安反応が誘発され、それは状況依存性または状況誘発性のパニック発作の形をとることがある。

3.そうした恐怖が過剰すぎること、または不合理であることを自分で認識している。

4.恐怖している社会的状況または行為をする状況を回避しようとする。もし回避できなければ、強い不安または苦痛が生じる。

5.恐怖している社会的状況または行為をする状況の回避、予期不安や苦痛のために、毎日の生活習慣、職業上の(学業上)機能、社会活動や他者との関係が障害されている。またその恐怖症があるために著しい苦痛を感じている。

また、1992年にWHOが改訂したICD-10の社会恐怖の診断基準を要約整理したのが下記です。

社会恐怖の診断基準

1.少人数の集団内で他者から注目されたり変だと思われることに対する恐怖が中核的な症状である。

2.症状発現状況が明確な場合(人前での発言や食事、嘔吐の恐れ、異性との出会い)と、明確でない場合(家族以外のすべての対人場面)がある。

3.患者は症状のために低い自己評価を抱き、他者からの批判や嘲笑を恐れ、社会状況を回避する。極端な場合には完全な社会的孤立に至る。

4.青年期に好発し、男女同じ程度にみられる。

5.ある文化圏では、「視線が合う」ことがとくに不安を喚起することがある。

6.不安によって生じた赤面、手の振戦、吐気、尿意頻回などを本来的問題と確信していることがある

ここでは定義に焦点を当てて簡単に説明します。

いずれの診断基準でもまずはじめに、「他人の注視を浴びるかもしれない社会的状況または行為をする状況に対する顕著で持続的な恐怖(DSM)」「他者から注目されたり変だと思われることに対する恐怖(ICD)」という臨床的特徴が記述されています。

これが社会不安障害の定義といえましょう。

これらの定義が、すでに述べたように日本において膨大な研究と治療が行われてきた対人恐怖症の定義ときわめて類似していることは自明です。

ちなみに現在日本で考えられている対人恐怖症の定義とは以下のとおりです。

1.対人場面で注目されたり恥をかくことを恐れる(羞恥恐怖性)

2.その恐れは特定の状況において著しく増悪する(状況依存性)

3.そのため人前に出るとすぐに強い不安が生じる(不安喚起性)

4.赤面、動悸、震えなどの身体的変化を伴う(身体表出性)

5.自己の「性格的欠点」に由来すると悩んでいる(性格起因性)

6.しだいに対人場面を回避し社会的に孤立していく(現実回避性)

1.羞恥恐怖性とは、先に述べたように対人恐怖症の定義そのものです。

次に、2.状況依存性と3.不安喚起性とは、どういう状況に置かれると不安が増強するかということを示したものです。

参考までに「不安喚起状況」による亜型分類を列挙したのが下記です。

「不安喚起状況」による分類

・大衆恐怖:大衆の前に出る状況を恐れる状態

・長上恐怖:目上の人と同席する状況を恐れる状態

・異性恐怖:異性と同席する状況を恐れる状態

・交際恐怖:他者と交際する状況を恐れる状態

・演説恐怖:人前で発言する状況を恐れる状態

・朗読恐怖:人前で朗読する状況を恐れる状態

・談話恐怖:他者と会話する状況を恐れる状態

・電話恐怖:他者と電話する状況を恐れる状態

・会食恐怖:人前で食事する状況を恐れる状態

・視線恐怖:他者から注視される状況を恐れる状態

・正視恐怖:他者と視線をあわせる状況を恐れる状態

・思惑恐怖:自分が皆をしらけさせる状況を恐れる状態

ICDの診断基準でも「人前での発言」「人前での食事」「異性との出会い」などの例が記述されていますが、日本の対人恐怖症研究においては長い間の研究により、このような詳細な分類がおこなわれてきたのです。

ちなみに、ICDでは症状発現状況が必ずしも明確でない場合もふくまれているので、実際の運用にあたってはDSMに記述されているように「他者と同席する状況」ないし「公衆の面前で何かをおこなう状況」なども含まれていることになります。

また、4.身体表出性とは、不安が増強するとどのような身体的変化が生じるかという意味です。

ICDの診断基準では不安の身体的表出として「赤面」「手の振戦」「吐気」「頻尿」などが記載されているが、日本では下記に示すようにさらに多くの亜型が観察され分類されているのです。

「不安の身体的表出」による分類

・赤面恐怖:人前で顔が赤く(熱く)なることを恐れる状態

・表情恐怖:人前で顔がひきつり変な表情になるのを恐れる状態

・吃音恐怖:人前でどもることを恐れる状態

・振戦恐怖:人前で手や声が震えることを恐れる状態

・発汗恐怖:人前で発汗することを恐れる状態

・硬直恐怖:人前で身体が硬直することを恐れる状態

・嘔吐恐怖:人前で嘔吐する状況を恐れる状態

・卒倒恐怖:人前で意識を失って倒れることを恐れる状態

・頻尿恐怖:人前で頻回に尿意が生じることを恐れる状態

・頻便恐怖:人前で頻回に便意が生じることを恐れる状態

・排尿恐怖:公衆便所で排尿できないことを恐れる状態

ただし、ICDでは赤面や振戦、吐気、尿意などの「身体的表出」については不安の二次的発現とみなすと指摘されています。

つまり、社会恐怖の亜型はあくまでも「不安喚起状況」で分類するのが妥当であり、「不安の身体的表出」で分類するのは適切でないという考え方です。

確かにこの点では日本の対人恐怖症は分類基準が曖昧であったことは否定できません。

しかし、赤面恐怖のように、ある意味ではこの病態を端的に示し、長い間にわたって日本に定着している亜型を捨て去るべきかどうか慎重に検討する必要があると思います。

社会不安障害の概念と定義を、その歴史的経緯などをふまえたうえで簡単に説明しました。

今後、社会不安障害あるいは、社交不安障害、社交不安症といった用語が頻用されるかどうか、この概念が世界各国に学術的にも臨床的にも定着するかどうか、将来のDSMやICDの改訂版に採用されつづけるかどうか、これらの問題はこれからの国際的診断基準研究のなかで明らかになっていくでしょう。

※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著