社会不安障害については、1980年に精神障害の分類と診断の手引き第三版(DSM-Ⅲ)においてその診断基準が示されて以降、欧米では多くの研究がおこなわれるようになってきています。

以前はまれな病態であるとの認識であったが、大規模な疫学調査で高い生涯有病率であることが示され、さらに社会生活上の障害も大きいことが明らかとなり、社会不安障害は「認識されず治療されなかった重大な障害」であるという考えが一挙に広まりました。

近年、米国では社会不安障害は大うつ病、物質乱用につぐ3番目に多い精神疾患とされています。

また、治療については薬物療法や、認知行動療法をはじめとした精神療法に対しての有効性に関する研究も多くおこなわれるようになり、臨床症状評価尺度についても開発されています。

今回、社会不安障害の診断と臨床評価についてLiebowitz Social Anxirty Scale(LSAS)の日本語版も含め概観してみたいと思います。

社会不安障害の診断

社会不安障害は、他人の注視を浴びるかもしれない社会的状況または行為をする状況に対して、顕著で持続的な恐怖を抱き、自分が恥をかいたり、恥かしい思いをするように行動すること(または不安症状を露呈したりすること)を恐れる状態であるとされます。

つまり、社会不安障害の患者さんでは、他の人と話をしたり他の人がいる前で行動したりするときに、それが不適切で恥ずかしい思いをするのではないかと非常に心配になるため、毎日の生活や仕事に支障が生じています。

また、自分が恐れている対人関係状況に入る可能性があると強い不安感を感じて、そうした状況を避けようとします。

やむを得ずそうした状況に入らなくてはならない時は、非常に強い苦痛を感じることとなります。

社会不安障害の患者さんの不安や恐怖感の出現あるいは回避の対象となる状況としては、人前での会話や書字、公共の場所での飲食、あまりよく知らない人との面談などがあげられます。

たとえば、話をしているときに声が震えたり顔がひきつったりしていると他の人に気付かれて恥ずかしい思いをするのではないかと考えて非常に不安になります。

また、手が震えていることに気付かれるのではないかと心配になり、他の人がいるところでものを食べたり、何かを書いたりすることを避けることもあります。

試験など、他の人から評価される状況も苦手です。

これらの状況では、ほとんどいつも不安症状を体験しています。

不安に伴う生理的反応が現れやすく、紅潮、動悸、振戦、声の震え、発汗、胃腸の不快感、下痢などがみられやすいです。

重症例ではこれらの症状がパニック発作の基準を満たすことがあります。

現在、社会不安障害は非全般性と全般性の2つの亜型に分けられると考えられています。

非全般性社会不安障害とは、人前で話をする場合など特定の1つあるいは2つ程度の状況にかぎって症状を訴えるものです。

これに対し、全般性の社会不安障害はほとんどの社会的状況で症状を訴えるもので、非全般性の社会不安障害と比較し重症と考えられています。

DSM-ⅢでI軸診断として社会不安障害の診断基準が示されたが、ここでは、人前で話をしたり、人前で字を書いたり、会食をしたり、公衆トイレを使用したりするような特定の社会的状況に対する恐怖が強調されていました。

おもにある行為状況に対する恐怖、不安症状が示されており、単一恐怖の一種という程度の認識でした。

また、全般的な社会的状況に対する恐怖症状あるいは回避行動をとる症例はⅡ軸診断の回避性人格障害に分類されることとなっていました。

その後、診断基準が示されたことにより大規模な疫学調査(Epidemiologic Catchment Area:ECA)などがおこなわれ、社会不安障害は、高い有病率であること、うつ病やアルコール依存の併発が多いことなどが示され、さらに社会不安障害の患者さんは、特定の社会的状況のみならず多くの社会的な状況に対する困難をきたしており、学業や職業上また婚姻や日常の社会生活全般に大きな障害をきたしていることが明らかとなってきました。

これらをふまえ、DSM-Ⅲ-Rでの大きな変更点は、一つあるいは二つ程度の社会的状況のみならず多くの社会的状況で恐怖、不安症状や回避行動を示す全般性社会不安障害の特定をすることになった点にあると思われます。

ここで社会不安障害は非全般性と全般性の2つの亜型に分類されることとなりました。

臨床遺伝学的には全般性の社会不安障害患者の第一度親族では全般性の社会不安障害の頻度が10倍近くに増大することが報告されています。

また、全般性の社会不安障害と回避性人格障害との関係についても検討されており、とくに米国では両者は診断的には重複していると考えられているようです。

さらにDSM-Ⅳでは、人目につく赤面、震え、発汗などの不安症状を恐れることが診断基準に明記されるようになりました。

社会的状況で出現するこれらの不安症状をコントロールできなくなる経験にとらわれ、予期不安の悪循環に陥り、このため他者からの注目や、恥かしい振る舞いをしてしまうのではないかということを恐れることが示されました。

また、恐怖は状況依存性または状況誘発性のパニック発作の形をとることがあると明記されました。

これは、社会不安障害と広場恐怖を伴うあるいは伴わないパニック障害との鑑別を考えるうえで意味ある見解と思われます。

発症年齢が若年であることからも子どもの社会不安障害についての注釈が加えられるようになり、子どもの場合は、よく知っている人とは年齢相応の社会関係をもつ能力があるという証拠が存在し、その不安が大人との交流だけでなく、同年代の子どもとのあいだでも起こるものでなければならないと記載されています。

社会不安障害の研究が進むにつれ、DSM-ⅢからⅢ-R、Ⅳへと、より病態の輪郭が明確になってきており、この病態について早期に積極的に診断し、治療的介入がおこなわれることの必要性が求められてきていると考えられます。

※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著