近年、社会不安障害に対する薬物療法の研究は急速に進められています。
社会不安障害の発症平均年齢は15~16歳とされるが、全般性の社会不安障害(ほとんどの社会的状況において恐怖が生じる亜型)は平均11歳で発症します。
これに対し、状況依存性の社会不安障害(特定の社会的状況において恐怖が生じる亜型)は、これより遅く平均17歳で発症するといわれています。
小児・思春期に発症し、再発、再燃を繰り返して慢性的に経過することから、薬物療法の至適用量と治療期間の決定は重要であるが、これまでの研究ではまだ十分とはいえない状況です。
現在、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は薬物治療のfirst lineにあげられており、依存などの副作用が問題となるベンゾジアゼピンの使用は制限する傾向にあります。
海外ではセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)のvenlafaxineも有効性が示されているが、日本で使用可能なミルナシプランの社会不安障害に対する治療効果の報告はまだありません。
またモノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)や可逆的モノアミン酸化酵素A阻害薬(RIMA)の有効性も報告されているが、2005年時点で日本では使用できる段階にありません。
以下にこれまでの報告をもとに日本で使用可能なSSRIの至適用量と治療期間について考察したいと思います。
至適用量
1.フルボキサミン
Steinらは92人の患者さんに多施設無作為化プラセボ対照二重盲検をおこなっています。
50mg/日より投与を開始し、flexibleに1週間に50mg/日ずつ最大300mg/日まで増量可能としました。
平均投与量202mg/日で、Clinical Global Impression(CGI)反応率がフルボキサミン投与群53.3%、プラセボ投与群23.5%と、フルボキサミンが有意に有効でした。
またLSASの得点変化は、フルボキサミン投与群-22.0、プラセボ投与群-7.8と有意に改善しました。
また6~8週で不安、逃避行動、身体症状いずれもプラセボにくらべて有意に改善が現れはじめ、12週の調査期間で効果が持続したことを示しています。
van Vlietらは28人を対象にプラセボ対照二重盲検をおこなっています。
50mg/日から投与を開始し、一週間に50mg/日増量し、最終的に全例150mg/日まで増量しました。
必要な患者には最大30mg/日のoxazepamを使用しています。
50%以上LSASが改善した割合はフルボキサミン投与群46%、プラセボ投与群46%、プラセボ投与群7%と有意にフルボキサミンが有効でした。
治療12週目で不安と身体症状では有意な改善が得られているが、逃避行動での有意差は出ていません。
小児・思春期(6~17歳)での調査では、128人の社会不安障害の患者さんに対し、最大300mg/日(12歳未満は250mg/日)まで増量したろころ、平均投与量は2.9±1.3mg/kg/日となり、Pediatric Anxiety Rating Scaleの改善はフルボキサミン群で9.7m±6.9点、プラセボ投与群で3.1±4.8点と有意に改善を示し、小児・思春期での有効性も示されています。
pharmacokineticsの観点からみるとフルボキサミンの吸収は思春期と成人で同等であり、12~17歳で最大300mg/日の投与が可能であることが示されています。
しかしながら、思春期にくらべ6~11歳の小児期では血中濃度が2~3倍に上昇するため、小児では最大200mg/日の投与を勧めています。
投与量別に効果を比較した調査がないために論じるのはむずかしいが、以上の結果より、50mg/日より投与を開始し、小児期では200mg/日、思春期以降なら300mg/日まで増量してみても良いと思われます。
2.パロキセチン
Steinらは187人の社会不安障害の患者さんに対してプラセボ対照多施設無作為化二重盲検をおこなっています。
パロキセチン投与量は、flexibleで20mg/日から投与開始して臨床症状に応じて一週間で10mgずつ最終的に50mg/日まで増量可能としたところ、平均投与量は36.6±12.1mg/日でした。
CGI反応率で”much improved”または”very much improved”まで改善したのは、パロキセチン投与群で55%、プラセボ投与群で23.9%でした。
またLSASの改善率は、それぞれ39.1%と17.4%とパロキセチンが有意に有効でした。
Baldwinらは290人を対象にしたプラセボ対照多施設無作為化二重盲検をおこなっています。
パロキセチン投与量は、flexibleで20mg/日から投与開始して臨床症状に応じて1週間で10mgずつ、最終的に50mg/日まで増量可能としたところ、平均投与量は34.7mg/日でした。
LSASの改善率がパロキセチン投与群で65.7%、プラセボ投与群で32.4%と有意にパロキセチンが有効でした。
Lydiardらは上記2つの試験に、384人を対象にした投与量固定(20mg、40mg、60mg/日)のプラセボ対照単盲検試験の結果を比較して検討しています。
この投与量固定試験ではCGI反応率は40mg/日でのみ有意にプラセボに対して効果があり、LSASの改善率では20mg/日だけが有意にプラセボより有効でした。
全般に上記2つのflexible doesの試験より成績が悪かったが、この原因として必要な人に十分な量を投与できなかったり、逆に過量投与となったりした結果のためではないかとLydiardらは考察しています。
Baldwinは上記の3つのプラセボ対照多施設無作為化二重盲検のレビューの中で、20~60mg/日の投与量で検討したところ、20mg/日と40mg/日で反応率に違いがなかったことを示しています。
以上の結果から高用量での離脱症状という副作用も考慮すると、20mg/日から投与を開始し、むやみに用量を増やさず10mgずつ40mg/日まで最大限効果が発揮されるのを確認しつつ増量するのが望ましいと思われます。
治療期間
7つのレビューを参考に4人の専門家が議論した結果であるInternational Consensus Group on Depression and Anxietyは最低でも12カ月のSSRIによる薬物療法の継続を勧めています。
とくに症状が残存している患者さん、合併精神疾患のある患者さん、再発歴のある患者さん、早期のの患者さんでは長期維持療法を勧めています。
パロキセチンの再発予防効果を調べた報告では24週間の維持療法(パロキセチン平均投与量36.67±10.86mg/日)でパロキセチン群はプラセボ群とくらべ再発率はそれぞれ14%と39%、CGI反応率は78%と51%で有意に有効であることを示しています。
またWalkerらは20週のセルトラリン(50~200mg/日)投与でCGIの得点が”much improved”または”very much improved”であった患者さん50人を、その後24週をセルトラリン継続群とプラセボ切り換え群に分けて二重盲検で維持療法の検討をしています。
また最初の20週にプラセボに反応したプラセボ反応群15名も44週まで観察しています。
セルトラリン継続群の88%が44週に到達できたのに対して、プラセボ反応群とプラセボ切り換え群は40%しか到達できませんでした。
また44週までにセルトラリン継続群で25人中1人(4%)が再発したのに対して、プラセボ切り換え群は25人中9人(36%)が再発しました。
44週に到達できた患者の平均CGI重症度、Marks Fear Questionnaire(MFQ) social phobia subscaleとDuke Brief Social Phobia Scale(BSPS) total scores はセルトラリン継続群でそれぞれ0.07,0.34,1.86改善したのに対して、プラセボ切り換え群ではそれぞれ0.88,4.09,5.99悪化しました(all F>5.3,p<0.03)。 プラセボ反応群もプラセボ切り替え群同様にそれぞれのスコアで悪化していました。 無効の為調査を脱落したのはセルトラリン継続群で4%、プラセボ切り替え群で28%(chi2=5.36,Fisher exact test,p=0.049),プラセボ反応群で27%でした。 この結果からも約12カ月の維持療法は社会不安障害の再発予防に有効であることがしめされているが、さらに長期の維持療法の必要性は今後の検討を要します。 とくに忍容性のよいSSRIの場合は十分期間の維持療法が可能であると思われるが、薬物療法が奏効している間の心理社会的アプローチにより対人関係能力や職業能力の改善を図り、患者の社会適応能力やQOL改善の個人差を考慮して薬物療法継続の必要性を判断することが指摘治療期間の決定につながると思われます。 社会不安障害に対するSSRIの用量は標準量からやや高い用量、治療期間は12カ月が一つのめやすになるが、実際の治療においては心理社会的アプローチを併用しながら、個々の症例において判断しなければなりません。 ※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著