「役割の変化」のひとつの主要な側面が、「古い役割を失う」ということです。
これは、「仕事ぶりが認められて」役割の変化が起こったシラネさんのように、一見ポジティブな変化のケースである場合には特に見落とされやすいポイントです。
でも、古い役割を失っていることは確かな事実であり、「役割の変化」に対応する上で問題が起こっている人の場合には注目すべき点になります。
シラネさんとも、古い役割について話し合いました。
「与えられたことを仕上げればよい」という古い役割には安定感がありました。
期限はあっても自分のペースで仕事をすることができました。
また、入社して数年たっており、仕事に慣れていたということも安心につながっていました。
同じ仕事を続けていたとしたら、昇給もなかったでしょうし、刺激もあまりなかったでしょうが、ある程度の安心感を持って仕事を続けられたことは確かです。
そういう役割を失ったという事実を話し合い、それに伴う悲しみや、安定した仕事を奪われたことへのいきどおりなどを表現してもらいました。
社会不安障害の人にとって、こうした「当然の感情」を認識するのは案外難しいことです。
シラネさんも、「自分は使えない研修担当者だ」というところばかりに目が向いており、実際に自分が何かを失ったということに意識が向いていませんでした。
自分の喪失に気づいてからも、「でも会社に勤める以上、受け入れなければならないことですから」「上司はせっかく期待して任せてくれたのに」などと言って、なかなかまっすぐな目を向けることができませんでした。
最終的には、自分は確かに大切なものを失ったのだということを自覚し、そのことについてネガティブな気持ちを持ってもおかしくないのだということを理解してもらいました。
※参考文献:対人関係療法でなおす社交不安障害 水島広子著