社会不安障害の二つのタイプ――全般型社会不安障害と限局型社会不安障害
WHO(世界保健機関)の記述にもあるように社会不安障害には恐怖の対象となる状況が限定しているタイプと、それが家族以外のほとんどすべての社会状況を含んでいるものに大きく分けられます。アメリカの診断基準であるDSM-Ⅳでは恐怖がほとんどの社会的状況に関しているばあに全般性社会不安障害と呼ぶことができるとしています。
全般性社会不安障害のタイプでは単に人前で何かをする状況ばかりでなく、人と交流をもつ状況にも病的な恐怖を抱くのが特徴です。
その例としては他人と会話を始めたり、会話を続けたりすることや、少人数のグループに参加すること、異性とデートをすること、自分よりも目上の人と話をすること、様々なパーティーに参加することなどが挙げられています。
当然のことながら全般性社会不安障害の方は社会生活を営む上で欠かせないこうしたスキルに欠陥があり、そのために結婚や就職、学業、職場や学校における人間関係など人生の重要な場面において著しい支障をきたし、そのことに悩んでいます。
ここでは全般性社会不安障害にあてはまらないケースの呼び名は特に示されていませんが、非全般性社会不安障害や限局性社会不安障害、特定性社会不安障害などと呼ぶことがあることを紹介しています。
様々なマスメディアで社会不安障害についての疾患啓発がなされると、全般性社会不安障害の方に比べ恐怖の状況が限定されていて社会生活への影響、人生上の悪影響が比較的少ない限局性社会不安障害の方の多くが薬による積極的な治療を求めて受診するようになります。
日本でもすでにそうした傾向がみられています。
実は全般性社会不安障害の方と非全般性社会不安障害の方の区別は必ずしも明確ではありません。
非全般性社会不安障害と診断された方の八割近くが、全般性社会不安障害の方の特徴でもある大勢の前で話しをすることへの恐怖感を抱いているからです。
ですからまったくことなる二つのタイプの社会不安障害があると考えるよりは、一連の病的な社交不安に属するものと考えた方がよいのかもしれません。
<Mさんの例>
コーラスを趣味とする50代の主婦のMさんは長年のあがり症に悩んでいて、テレビの社会不安障害に関する疾患啓発の番組を見て相談に訪れました。
Mさんは明るく社交的で、活発な女性ですが、小学校6年生の頃より大勢の前でしゃべらなければならなくなるとなぜか異常にあがってしまい、しゃべれなくなってしまいました。それ以外の場面では特に問題なく元気なため、なぜか原因がわからず一人で悩んでいました。他の方の場合と同様に話し方教室に通ったり、どうしても苦手な場面があるときにはかかりつけの内科医からいわゆる精神安定剤(抗不安薬のこと)を処方してもらい、それを話の20~30分前に服用したりしてしのいでいました。
年を取ったらだんだん慣れてよくなると期待していたのに、いくつになっても人前でしゃべれないととこぼすのでした。
このように普段はまったく生活に支障がありませんが、誰でも多少は緊張する、大勢の前での話のような状況においてだけ、過度に緊張するのが非全般性社会不安障害の方で、人生への影響は比較的少ないのが特徴です。
最初にアメリカで1980年に登場したDSM-Ⅲでは、むしろ人前で何か行為をすることに対する恐怖に重点がおかれ、様々な対人場面における目と目をあわせた関わりそのものに対する恐怖をあまり重視していませんでした。
その後1987年に登場した改訂版の診断基準で初めてほとんどの社会的(社交)状況に対する恐怖ということで全般性のサブタイプが登場しました。
すでに述べましたようにDSMの診断では、それに当てはまらないタイプの呼び名は正式には登場していませんが、当然のことながら全般性社会不安障害に当てはまらない患者は非全般性社会不安障害と呼ばれるようになったわけです。
ところで、すでに読者もおわかりのように、ほとんどの社会的(社交)状況という漠然とした表現では実際に診断する場合には支障があります。
さらにどのような社交状況かを問うのではなくて、単に恐怖状況の数でわけるというのが妥当なのかという疑問もあります。
実際この中間ともいうべき、多数の社交状況に恐怖があるにもかかわらずそれなりの社会生活を送っている方もかなりあります。
恐怖が人前でのパフォーマンス・行為であるタイプと人との関わり自体であるかで分けた方がよいという意見もあります。
このように社会不安障害のタイプ分けに関してはまだまだ多くの意見があります。
こうした議論を残したまま、その後1994年に出されたDSM-Ⅳと呼ばれる現在のアメリカの診断基準でもこのタイプ分けが踏襲されています。
そのようなわけで実際社会不安障害に悩む人の中にどのくらい全般性社会不安障害の人と、限局性社会不安障害の人がいるのかはわかっていません。
ドイツの思春期の若者を長期に経過観察している有名な研究があります。
これはドイツのミュンヘンにあるマックス・プランク精神医学研究所の臨床心理・疫学部門が行っている大規模な追跡調査で、14~24歳までの思春期からヤングアダルトに属する若者の心の病の発症についての研究です。
この研究の結果では、アメリカのDSM-Ⅳの診断にもとづくと、一般の若者の中で一生の間に(この場合は調査の最終時点までの間にという意味です)社会不安障害に罹る人の率は女性で9.5%、男性で4.9%にも上ることが報告されています。
この研究では他の不安障害と同様に女性に2倍近く多いことが示されています。
この研究ではそのうち約三分の一のケースが全般性の社会不安障害と分類されています。
すなわち7割の方は比較的人生への影響が少ない限局性の社会不安障害であり、日常生活に著しい苦痛や支障をきたし、人生にも悪影響を与える全般性の社会不安障害の方は三割程度に過ぎないことが示されています。
もちろん現在のタイプ分けで見ても全般性社会不安障害の方と限局性社会不安障害の方では
発病の年齢やトラウマ体験の有無、社会生活上のスキル、ストレスに対する反応性、治療による改善の程度などが違っている可能性が示されています。
※参考文献:社会不安障害 田島治著