社会不安障害からうつ病へ

長年社会不安障害で悩んでいる方の中には、ひどいうつ病の状態になったために医療機関を訪れる方があります。

<Cさんの例>
20代後半の独身男性であるCさんもそんな一人です。
Cさんはどちらかといえば繊細で神経質な方です。
小学校の頃までは特に問題なく明るく元気に過ごし、学校の成績も優秀でしたが中学一年生になってから妙な不安・緊張を感じるようになりました。
自宅の近くに大学の柔道部の合宿場ができたのがきっかけです。

朝通学する時が、ちょうど部員たちが合宿場の食堂で朝食をとる時間に当たっていました。
窓越しに部員たちが朝食をとっているのが見え、もちろん相手からも自分が通るのが分かります。
なぜかその前を通り過ぎるときに過度の緊張を感じ、うまく歩くことができないような感じになってしまったのです。

その後高校生になってから授業中におならが出るのに悩むようになりました。
思い余って近くの心療内科を受診したところ、過敏性腸症候群とのことです。
しばらく通って薬も飲んでみたものの、まったく効果がないため途中で通うのをやめてしまいました。
このことがあってから周囲の目がひどく気になるようになりました。
このおならの悩みには自尊心がひどく傷つき、落ち込みやすくなっただけでなく、自己評価もかなり下がってしまいました。

通学で電車に乗っても周囲の視線が気になり、空いている席にも座ることができなくなってしまいました。

そして、周囲の人と目を合わせなくても済むように窓際に立って外を眺めるようになりました。
外で食事をする時も周囲に座っている人の視線が気になって緊張し、落ち着いて食べることができないため外食を避けるようになっていきました。
また、スーパーやコンビニでの買い物も会計をする際に店員の視線が気になり、目を合わせることができません。
視線のやり場に困りイライラすることが多くなり、おちおち買い物もできなくなってしまいました。

そんな悩みを人知れず持ちながらも優秀な成績で大学を卒業し就職しました。
希望の職場に就職しましたが、職場では周囲の視線、特に向かい側の同僚の視線が気になって落ち着いて仕事ができません。
オープンスペースの職場では多少パソコンのディスプレイの位置を動かすのが関の山です。
周囲の視線をさえぎることはできません。
仕事中に自分の席の前のほうに人が経つとなぜかわけもなく緊張し、頭が真っ白になって顔もひきつるので、仕事ができなくなってしまい困っていました。

就職してからは緊張する場面が多くなったためか、これまでなかった症状も出てきました。
緊張すると異常に汗をかき着替えが必要なくらいになってしまったのです。
就職した年の夏の暑さの盛りのときに、通勤電車の中で周囲の視線が気になって緊張を覚えるや冷房が効いていたにもかかわらず、流れるほどの大量の汗をかき恐怖で頭が真っ白になってしまいました。
それ以来緊張する場面での大量の汗に悩むようになりました。

汗の場合には外から見てわかる症状のため悩みは深刻です。
なんとかがまんして仕事を続けていたCさんでしたが次第に症状がエスカレートし、家から一歩外に出て近所を歩くだけでもなぜか視線を意識して異常に緊張し、とてもつらい状態になってしまいました。

耐え切れなくなったCさんは希望して入った職場だったにもかかわらず、上司の慰留を振り切って退職してしまいました。
人生に挫折したCさんはひどいうつ状態となり、その数か月以上も自宅に引きこもり自殺を考える毎日となっていました。

このように社会不安障害が原因となって重いうつ病を二次的に起こすこともありますが、常に自己評価が低くなる社会不安障害の方は人生の途上で社交不安とは直接関連していなくても、うつ病を起こしやすいことが分かっています。

幸いなことに以前に新聞で社会不安障害が治るという記事を読み、自分の悩みがぴったり当てはまると切り抜いて大切に保存していたCさんは、何回かの自殺未遂の後、筆者のもとを訪れました。
人生に絶望し、自殺の危険もあるほど追い詰められた状態でしたが、カウンセリングとうつ病・うつ状態と社会不安障害の両方に効果があるSSRIの服用により驚くほど良くなり、数か月後には長年悩んでいた過度の緊張や恐怖がほとんどなくなりました。
今では気分も改善してすっかり元気になり、新たな職場で再出発しています。

実はCさんは数年前になんとか対人恐怖を治したいと、かなりのお金をかけて一年間ほどカウンセラーのもとに通い、カウンセリングを受けたことがあります。
これはカウンセリングの主流となっている来談者中心療法と呼ばれる方法で、相談に来た人の悩みを共感的に受け止めて聞き、来談者自らが再適応を図るのを助けるものです。
本人から見れば、ただひたすらカウンセラーが自分の話を聞いてくれるだけで、悩みは全く解決せず効果はありませんでした。

二年ほど前には知人の紹介で一度精神科の専門医のもとを訪れ、SSRIを処方されています。
しかしそこではごく短時間の診察で十分な説明もないまま薬が処方されたため、半月服用しただけで二回目は受診しませんでした。
処方された薬は社会不安障害に効果があるSSRIの一つであるフルボキサミンでしたが、十分な説明がないままいきなり二週間分処方されてはCさんでなくても不信感を抱き、通院をやめてしまうのではないかと思います。

※参考文献:社会不安障害 田島治著