社会不安障害は遺伝に関係があるのか

親や兄弟に社会不安障害の人がいる場合は、そうでない場合に比べて社会不安障害に罹る率が二倍から三倍になります。
特に本人の悩みや苦痛が強い全般性社会不安障害の場合、その親族では発症のリスクがかなり高くなるようです。
十倍近くにもなるという研究報告もあります。
社会不安障害と診断されるほどでないにしても社交不安の強い人が家系内に多い傾向があるようです。
心配性やこだわり、神経質などに関係する他の不安障害が家族や親族に見られることも多く、社会不安障害と他の不安障害には何か共通した基盤があるのかもしれません。

実際、著者の医師が治療している方に尋ねても、そういえば父親が人前で話をするのが非常に苦手であったとか、母親が人前では字が書けなかったとか、手が震えて困っていたのを思い出したなどというケースはまれではありません。
ひと昔前であれば多少そういう悩みがあっても社会生活に大きな支障をきたさずに暮らすことは可能であったかもしれません。
製造業からサービス業主体の世の中となり、ほとんどの仕事が人と頻繁に接触しなければできない時代となっています。
会議や会合、人前で何かプレゼンテーションをしないで仕事をするのは難しいことだと思います。

社会不安障害そのものが遺伝するわけではありませんが、遺伝子がまったく同じ一卵性双生児では片方が社会不安障害の場合、もう一人が社会不安障害を発症する率は30%程度と言われます。
このことから社会不安障害の発症には遺伝的な要因は3割程度しか関与していないことがわかります。
つまり残り7割は生まれた後の環境が関係していることになります。
遺伝と環境という点から言うと、社会不安障害という病気そのものよりも、その背景にある気質や性格傾向と遺伝との関係を見たほうがよいかもしれません。
広い意味での社交不安や神経質、内向性には遺伝の関与が強いようです。
後で紹介する行動抑制と呼ばれる子どもの行動の特徴も遺伝の関与が見られます。

よく気質という言葉が使われますが、これは生まれつきの気分や情緒の反応スタイルにおける偏りです。
幼児の行動を観察した研究から、二つのタイプに分けられることが指摘されています。
すなわち新たな場面で、緊張して引き下がってしまうタイプと、逆に自分のほうから近づいていくタイプの子どもがいます。
最初の心身ともに緊張して引き下がってしまうタイプが行動抑制と呼ばれます。
日本人に比べて積極的に見えるアメリカの白人の子どもにも10人のうち1人から、7人に1人くらいはみられます。
長期に子どもの状態を経過観察した研究ではこうした行動抑制の傾向が続く子どもは後から様々な恐怖症、特に社会不安障害を発症するリスクが高いことがわかっています。
その意味で行動抑制が社会不安障害の前触れの症状なのか、あるいは大人になって社会不安障害などの不安障害が発症しやすくなるようなリスク要因なのかはまだ明らかになっておりません。

※参考文献:社会不安障害 田島治著