セロトニンと社会不安障害

脳の中には様々な脳内物質があって、神経と神経の情報伝達の役割を担っています。
こうした神経伝達物質の中でもセロトニンは不安や恐怖、うつとの関連で最も注目されているもののひとつです。
セロトニンという物質に関しては、日本でも話題になることが多くなりました。
これは、ひとつには「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」(SSRI)と呼ばれる不安症やうつ病の治療薬が登場したことも関係しています。

最近では大人も子供もキレやすい人が増え、社会問題となっています。
脳のセロトニンを増やしてキレないようにするという本もいろいろ出ています。
そこでセロトニンというのがどんな物質で、脳の中でどんな働きをしているのかを、特に不安や恐怖との関連で説明したいと思います。

実は人間の身体の中でセロトニンというのは脳にあるのはごく一部であり、血液が凝固して出血を防ぐのに重要な役割を果たしている血小板の中に多く含まれています。
さらに、消化管にもたくさん含まれています。
セロトニンという言葉の由来は、血液の中にあって腸管を収縮させる物質という意味です。
脳のセロトニンは、食事の中に含まれる必須アミノ酸であるL-トリプトファンから作られます。
脳の神経細胞の中に取り込まれたL-トリプトファンが二種類の酵素の働きによって、セロトニンが生成されるのです。

SSRIという薬は、神経の終末部から放出されたセロトニンがシナプスと呼ばれる隙間に出たセロトニンの大部分が再び元の神経の終末部にとりこまれるからです。
この再取り込みをブロックすることにより、シナプスにおけるセロトニンの濃度が高くなるのです。

脳の中でセロトニンを放出して情報を伝えるセロトニン神経は、脳と脊髄を繋ぐ脳幹と呼ばれる重要な部位にあり、そこから枝を伸ばす形で脳の働きを調節しています。
セロトニン神経は、脳だけでなく脊髄にも伸びています。
以前に紹介した偏桃体や海馬にもセロトニンの神経が伸びています。

セロトニンが気分や感情の調節に関係している重要な脳内物質であることは確かですが、世間でよく言われるような、セロトニンが不足してうつ病になるとか不安障害になるとかというのは誤解です。
それほど単純なものではありませんし、うつ病や不安障害に悩む人の脳のセロトニンが不足しているという証拠はありません。
そうは言いましても、不安のコントロールにセロトニンが中心的な役割を果たしているのは間違いのないことです。

ですから、社会不安障害に関しても、薬による治療においてはセロトニンの働きを高めるSSRIがまず用いられますし、著者の医師もSSRIが治療に欠かせない薬になっています。
実際、SSRIの社会不安障害に対する効果はかなりのものです。
二十年、三十年と病的な不安や緊張に悩み、人生にも多大な悪影響を及ぼしていたのが数ヵ月の服用で見違えるように良くなり、人生が変わったという方もまれではありません。

ただ現在のところ、セロトニンが人の不安や恐怖のコントロールにどのような役割を果たしているのかは、十分な解明がなされていません。
実は脳の中でセロトニンの働きを伝えるセロトニン受容体には14もの種類があることがわかっています。
同じようにセロトニンが作用しても受容体によって働きがかなり異なっていますので、様々な作用が出ます。
セロトニンによって不安が強くなる場合と弱くなる場合もあります。

普通は、セロトニンが過剰になると不安が誘発され、セロトニンが減ると衝動的になったり攻撃的になったりしやすいと考えられていました。
ところが、逆にセロトニンによって不安が和らぐこともわかっています。セロトニンの再取り込みを抑えるSSRIなどはその例です。
こうしたまったく相反する作用には、セロトニンの受容体の違いと受容体自体の感受性の変化が関係しているのです。

※参考文献:社会不安障害 田島治著