人から見られているという不安

たとえば、みなさんは、こんな経験をしたことはないだろうか?

各部署の代表者が集まる社内会議で業務報告を行った時の、ある男性の話を聞いてほしい。

自分が発表する番が近づくと、胸の鼓動が高まってきました。

手のひらに汗をかいたせいで、テーブルの上には丸い染みが残っています。

僕は思いました・・・。

「周りの人達はぼくが緊張していることに気付いているだろうか。

ああ、やっぱり気付いている。

その証拠に、向かいの人と目が合ったのに、慌てて視線をそらされてしまった。

いったいどう思われたんだろう?

もうすぐ自分の発表する番だ。

でも、もう何から説明したらいいのかわからなくなってしまった。

さっきまでは、頭の中でうまく話を組み立てることができたのに。

このままだとしどろもどろになってしまう・・・」。

僕の口の中はからからに乾いてきました。

「水が飲みたい・・・。

でも、グラスをつかんだら、きっと手ががたがたと震え出して、周りの人達に気付かれてしまう。

ああ、どうしてこんなにドキドキするんだ。

誰も僕をとって食おうなんて思っていないのに・・・。」

ぼくは心の中で、「ただ年次報告をすればいいんだから」と、自分に言い聞かせました。

でも胃がキリキリし、胸がドキドキして、隣の人がくしゃみをしただけで思わず飛び上がりそうになるのです。

「デュボア君、君の番だ」。

いよいよ、副社長から指名を受けました。

立ち上がってはみたものの、膝がガクガク震えています。

「どうせうまくいくわけがない」。

結果は、始める前からすでにわかり切っていました・・・。

どうだろう。

みなさんもこの男性と同じような緊張をおぼえたり、不安を感じたりしたことはないだろうか?

会議のの席に限ったことではない。

社会的地位の高い人と会ったり、好きな人とふたりきりになったり、あるいは単に友達に貸したお金を返してもらう時にも、似たような不安を感じることがあるだろう。

場合によっては、テラス席に人がたくさん座っているカフェの前を通り過ぎたり、レストランで注文した品を別の料理に変更してもらったりといった、ごく日常的な状況でも、強い不安を感じる人がいるかもしれない・・・。

どのような状況でもっとも不安を感じるかは人によってまちまちだが、ひとつだけ共通している点がある。

それは、このような不安が常に対人関係のなかにおいて起こるという点だ。

つまり、私たちは、他人に見られたリ、他人の評価の対象になったりしていると感じた時に、不安をおぼえるものなのである。

さて、こうした対人関係における不安を、医師や心理学者たちは<社会不安>と呼んでいる。

<社会不安>自体は、程度の差こそあれ誰にでも起こり得ることで、軽度であれば決して精神疾患とは言えない。

たとえば、軽度の<社会不安>に分類される<あがり症>や<内気>が病気とみなされていないことは、みなさんもすでにご承知だろう。

ところが<社会不安>も程度が進んで重度になると、<社会恐怖(社会不安障害)>や<回避性人格障害>といった精神疾患になってしまう。

<社会不安障害>とは、人前で話したり人に見られたリすることに強い怖れを感じ、そういう状況に置かれるとパニックに陥ってしまう病気だ。

具体的には、電話に出られない、商店で買い物ができない、といった症状が現われる。

また、強い不安を感じるせいで、苦手な状況を回避する傾向が固着してしまうと<回避性人格障害>になることがある。

この病気の人は、他人から低く評価されることを極端に怖れるがゆえに、人と接する機会をことごとく避けようとしてしまうのだ。

このように、ひと言で<社会不安>といっても、その症状や度合いは人によってさまざまである。

病気とは言えないが

すでに述べたように、<社会不安>は、<社会不安障害>や<回避性人格障害>のように重度なものにならない限り、決して精神疾患であるとは言えない。

ただ単に、人前で緊張したり、気後れしたり、あがったりするだけのことだ。

しかし、だからといってこれを軽視してよいわけではない。

というのも、緊張したりあがったりすることで、対人関係がぎくしゃくし、仕事や日常生活に支障をきたしてしまうことがあるからだ。ひどい場合は<社会不安><社会不安障害>がきっかけで<うつ>や<アルコール依存症>を引き起こしてしまうこともある。

単なる<あがり症>や<内気>だといって、簡単に片づけることはできない。

ではそうして私達は、人前で緊張したりあがったりしてしまうのだろう?

先ほども言ったように<社会不安><社会不安障害>は、他人の評価にさらされたり、他人から見られたりすることと密接に関わっている。

つまり、他人から高く評価されたい、良く思われたいという気持ちが、不安を引き起こしているのだ。

そして、その現れ方には、遺伝や気質、教育や文化の影響、両親や友人との関係など、さまざまな要因がからみあっていると考えられている。

<社会不安><社会不安障害>は、私達の生活に影響を及ぼすやっかいなものである、しかし、これを完全になくすことは難しい。

なぜなら、私達が生きる現代社会において、他人と関わらずに生きて行くことはほとんど不可能であるからだ。

つまり、他人から評価されたり、見られたりする機会をなくすことはできないため、<社会不安><社会不安障害>は絶えず私達につきまとってくる。

とくに、<社会不安障害>や<回避性人格障害>のような重度の<社会不安>の場合は、精神療法や薬物療法による治療を行なっていくのが望ましいだろう。

いっぽう、軽度の<社会不安>についても「病気ではないから」と放っておくのではなく、自力で、または周りの人達の助けを借りながら、現状を改善する努力が大切になってくる。

本章では<社会不安><社会不安障害>に悩む読者のみなさん一人ひとりが、どうしたら他人とうまく付き合っていけるか、どうしたらもっと楽しく生きられるか、それぞれの道を見つける手助けをすること。

それこそが、私達がもっとも願っていることである。

※参考文献:他人がこわい あがり症・内気・社会恐怖の心理学
      クリストフ・アンドレ&パトリック・レジュロン著 高野優監訳