ます、私達はいったいどういう状況で<社会不安><社会不安障害>を感じるのか、という点について述べて行こと思う。

まずは、日常生活で<社会不安><社会不安障害>を感じているという四人の話を聞いてもらいたい。

他人の前で発表する、演技、演奏、競技をする

クロディーヌ(四十二歳、専業主婦)の場合

最近、子ども達の手が離れて、ようやく暇ができたんです。せっかくなので、以前から興味があった政治活動に参加するようになったんですが、私のこの性格ではなかなか難しいようなんです。

というのも、昔から、人前で話をするのが苦手で・・・。

だから会合に参加しても、自分から背極的に発言なんかできません。

それでも、どうしても話をしなくてはならなかった時があって、あの時は本当に惨めな思いをしました。
上ずった声を出して訳の分からないことを二言三言、早口でもごもごつぶやいただけ。

そそくさと着席した後は、二度と顔を上げることができませんでした。

周りのひとたちから憐れみの目で見られたら、と怖くって・・・。

良く知らない相手と話をする、異性と会話を交わす

ステファン(18歳、高校三年生)の場合

女の子とふたりきりになるだって!?

そんなの、無理に決まってるよ!

十代の前半までは、いつも男女一緒のグループで遊んでたんだ。

でも近頃、周りの男の子たちは、女の子とふたりきりでお茶をしたり、遊びに行ったりするのを好むようになってきた。

そんなこと、僕にはできっこないよ。

もちろん、女の子が嫌いなわけじゃない。

ぼくだってデートには憧れるさ。

だけど、女の子といったい何を話したらいいのかわからないんだ。

授業の内容について話をするのならまだいいんだけど、映画や音楽の話になったらしどろもどろさ。

女の子の方から話しかけてこられてりしたら、もう心臓がバクバクして大変だよ。

ちゃんと受け答えしなくちゃ、とか、へんなやつだとおもわれていないかな、とか、頭のなかでいろいろな考えが駆け巡って、パニックに陥るんだ。

他人に何かを要求する、自己主張をする

ヴィルジニー(ニ十六歳、事務員)の場合

べつに私、引っ込み思案な性格ってわけじゃないのよ。

でもときどき、他人と話をするのにすごく緊張してしまうことがあるの。

とくに、お金に関する話をする時がひどいわね。

たとえば友達に「貸したお金を返して欲しい」ってどうしても切り出せないのよ。

そういう話をしなくてはならない時は、三日も前からそのことばかり気になってそわそわしちゃう。

そして、いざその瞬間になると、喉に何かが詰まってしまったようになって、言葉がでなくなっちゃうの。

ほかに、商店で釣り銭が足りないって文句を言ったり、上司に昇給を願い出たりするのもできないわ。

どうして私、お金の話にこんなにストレスを感じるのかしら?

どこか性格に気弱なところがあるのかも?

よくわからないけど、もうお金の話についてはすっかりあきらめてしまったわ。

他人に見られながら日常的な行為をする

エティエンヌ(56歳、大企業幹部)の場合

私は、人から注目されることにどうしても耐えられないんです。

たとえば、飛行機に乗る時などは、私にとっていちばん苦手な瞬間です。

たくさんの乗客が座っている中、自分の席に向かって通路を歩いていると、みんながこちらを見ているのを感じるんです。

客室乗務員たちも、私が重たいバッグを抱えてよたよたと横歩きしている様子を、黙ったままじっと眺めています。

飛行機に限らず、映画館、劇場、会社の会議室、パーティ会場、どこでも同じことです。

だから私は、どこへ行くのにも、誰よりも早く現地に到着するようにしています。

ええ、こういう性格は昔からちっとも変わっていません。

学生時代も、講堂に遅れて到着して最前列に座るなんて考えられませんでした。

もし最前列しか席が空いていなかったら、講義を受けるのは諦めましたよ。

だって、授業中ずっと、何百という視線を背中に浴び続けなくちゃならないんですよ!


ここに挙げた四つの事例は、いずれも日常生活でよく見られる状況だろう。

ふつうに考えればどうということのない状況ばかりで、第三者から見えれば「こんなことで悩むなんてバカバカしい」と一笑されてしまいかねない。

しかし、当事者にとっては、決して「バカバカしい」の一言では片付けられないのだ。

彼らは、このような状況に直面すると、訳もなく緊張して、喉が詰まり、声が上ずったり、動悸が激しくなったりしてしまう。

会合でうまく発言できない主婦しかり、女の子とふたりきりになれない高校生しかり、借金返済の催促ができない女性しかり、他人にみられながら席に着くのに苦痛を感じる大企業の重役しかり、である。

もちろん、どういう状況でもっとも不安を感じるかは人によって異なるが、こうした一見たあいもない状況が、激しい恐怖を引き起こすことがあるのだ。

実際、恐怖や不安の対象について調べたフランスのあるアンケート調査では、回答者の51%が、「他人に見られること」や「人前で話すこと」をその要因のひとつに挙げていた。

つまり、私達は、「へび」や「高所」とほとんど同じくらい「他人」を怖れていることになる!

だが、「へび」や「高所」を避けながら生活することはある程度可能だとしても「他人」を避けながら生きて行くのは非常に難しい。

この現代社会において、他人と関わらずに日常生活を営んでいくのはほとんど不可能に近いからだ。

そう考えると、無人島でニ十八年間を過ごしたロビンソン・クルーソーはこの種の不安は抱かなかっただろう、と思われてくる。

ただし、近隣の島の捕虜だったフライデーを従僕にするまでのことだが・・・。おそらくその時から、彼の<社会不安><社会不安障害>は始まったのだ。

<社会不安><社会不安障害>には、他人に評価されたり見られたリすることが密接に関わっていると述べた。

さらに<社会不安><社会不安障害>を「不安を感じる状況」という尺度から眺めると、おきく四つのグループに分けることができる。

1.他人の前で発表する、演技、演奏、競技をする
2.よく知らない相手と話をする、異性と会話を交わす
3.他人に何かを要求する、自己主張する
4.他人に見られながら日常的な行為をする

これらの状況のそれぞれの特徴は表1-1にまとめてある。
本章の冒頭に挙げた四つの事例もこれにひとつずつ対応しているので、表と見比べながらもう一度読み返してもらいたい。

社会不安を感じる四つの状況

状況 具体例 この状況で要求されること この状況で感じる不安 本文での実例
1 他人の前で発表をする、演技、演奏、競技をする 会議で事業報告をする、聴衆を前に本の朗読をする、会議で発言をする、口述試験や就職面接を受ける 実力を発揮すること 他人から低く評価される不安(実力を発揮できない、失敗する、悪い印象を与える) クロディーヌ、42歳、主婦、政治活動の会合が発表ができない
2 よく知らない相手と話をする、異性と会話を交わす 会社の同僚と廊下で世間話をする、店員と挨拶程度の言葉を交わす、初対面の人と知り合いになる、気になる異性とデートをする 何か気のきいたことを言う事 他人から見透かされる不安(高い知性がない、気のきいたことが言えない、素直になれないなどの欠点を見抜かれる、秘密や少し異常な点を見抜かれる ステファン、18歳、高校三年生、女の子と二人で話ができない
3 他人に何かを要求する、自己主張をする 頼み事を断る、反対意見を述べる、貸したものを返すよう催促する、店の人に苦情を言う、部下に解雇の主旨を告げる 自分の権利(時によっては義務)を依然とした態度で行使すること 他人の反応が分からない不安(相手を怒らせたり、不機嫌にさせたり、反論されたり、傷つけたりする) ヴィルジニ―、26歳、事務員、貸した金を返してくれるよう催促できない
4 他人に見られながら日常的な行為をする 他人に見られながら歩く、車を運転する、レストランに入る、字を書く 普段あたりまえのようにやっていることを、いつも通りにすること 他人に見られる不安(見られているのだから、いつも通りにしなくては、自然にしなくては) エティエンヌ、56歳、大企業幹部、乗客や乗務員の視線をあびながら飛行機の席につくのが苦手である

表1-1社会不安、社会不安障害を感じる4つの状況

※参考文献:他人がこわい あがり症・内気・社会恐怖の心理学
      クリストフ・アンドレ&パトリック・レジュロン著 高野優監訳