これまでに多くの研究者たちが、<社会不安障害><社会不安>と生物学的要因との関わりについて明らかにしようと試みてきた。
<社会不安障害><社会不安>を感じる人達の神経伝達物質の特徴、尿中コルチゾール(タンパク質や脂質の代謝に関わるホルモン)濃度との関連、脳の神経回路の共通点・・・。
しかし、まだ判明していないことは多く、現在も様々な研究が進行中である。
その一方で、<社会不安障害>の人の脳のはたらきを調べたある研究で、<社会不安障害>は、あがり症、内気、回避性人格障害などの他の<社会不安>とは生物学的にまったく別の要因から生じていることが明らかにされた。
またこの研究では、他の複数のタイプの<社会不安>に関しても、それぞれの間に微妙な違いがあることが判明している。
つまり、たとえば<遂行不安>と<内気>の人は、生物学的に異なる要因のせいでそうなった可能性が高いというのである・・・。
だが、今のところわかっているのはここまでで、さらなる因果関係については今後の研究結果を待たなければならない。
もちろん、たとえすべての<社会不安障害><社会不安>に生物学的な共通点が見つかったとしても、それが本当に<社会不安障害><社会不安>の要因なのか、それとも「結果」によるものか、ということも証明されなくてはならないだろう。
生まれながらにして内気な子ども
いっぽう、この分野における第一人者のひとり、米ハーバード大学のジェローム・ケイガン教授による研究で、非常に興味深い結果が出ている。
白色人種の児童たちを対象にした彼の研究で、およそ15~20%の子が、生まれながらにして<内気>または<人見知り>の傾向を示す生物学的特徴を備えていたことが判明したのだ。
私達の脳には、不安などの感情を司る「偏桃体」と呼ばれる器官があり、この子供たちはそこに共通の特徴があった。
要するに、彼らの偏桃体は、受けたストレスに対してふつうより過敏に反応していたのである。
ケイガン教授はインタビューでこう述べている。《こういう内気な子が初めて幼稚園へ行く時は、古代ローマの剣士が闘技場で猛獣に立ち向かうのと同じくらいのストレスを感じているのだ・・・》
教授の研究によると、生まれたばかりの子どもは、遺伝的な影響によって、「知らないところにあえて近づこうとする子」と「知らないところを極力避けようとする子」のどちらかに二分されるという。
こうした傾向はかなり早いうちから表に現れるようになり、生後四ヵ月で見知らぬ人や初めての場所に対してむずかったり泣き出したりする子は、生後九ヵ月でも、一歳でも、二歳でも同様の反応を見せるのだそうだ。
一般的に、こういう子どものことを、私達は「感受性の強い子」と表現している。
たくさんの子どもを育てた経験のある母親なら、自分の子ども達のうちでどの子が一番「感受性が強いか、きっと即答することができるだろう。
遺伝的な要因が<社会不安障害><社会不安>に関わっているということは、動物を対象にした研究でも明らかになっている。
あるアカゲザルの一族は、人間でいうところの<内気>によく似た行動をするという。
これは、同じ地域の別のアカゲザルにはまったく見られない行動である。<内気>な一族のサルたちはいずれも、初めての環境や見知らぬ相手に相対すると、おどおどしたり、回避行動をとったりするのだ。
また別の実験では、ハツカネズミにも臆病者の遺伝があり、初対面のネズミの前で気おくれしたり、脅えたりする一族がいるという。
さらに面白いことに、こうした<社会不安>を感じる動物たちも、親の行動パターンを変えるなど、子ども達を心理学的に矯正することによって、この種の傾向を改善することができるのである。
人間に関しても、実は似たような研究がすでに行われている。
同じ遺伝的特徴を備えていると考えられる一卵性双生児を対象に、<社会不安>と生物学的要因の関わりについて調べたところ、とくに<社会不安障害>に関して遺伝的要因が関わっている可能性が高いことが判明した。
実験の結果、<社会不安障害>の発症に遺伝的要因が関わる割合は、およそ30~40%にものぼったのである。
この数値はかなりのものだ。
だが、逆に考えれば、遺伝以外の要因が関わってくる余地もおおいに残されていると言えるだろう・・・。
不安や怖れは人類に必要な感情だった
私達の社会には、実にさまざまな<恐怖症>が存在している。
<高所恐怖>、<広場恐怖>、<閉所恐怖>、<暗闇恐怖>、そして<社会恐怖>(社会不安障害)・・・。
しかし、一部の研究者の説によると、こうした<恐怖症>のほとんどは、人類が生き延びる必要性から生まれたものなのだという。
彼らによると、あらゆる<恐怖症>はふたつのタイプに分けられる。
それは、人間が多くの危険と背中合わせに暮らしていた時代の記憶に起因する<恐怖症>と、それ以降に生まれた<恐怖症>である。
そして、最初に挙げた<恐怖症>の方が、人類が後世に受け継いできた遺伝的要素が大きく、発症率も断然高いと言われている。
たとえば、公共の場でパニック発作に陥るのを怖れる<広場恐怖>の場合、家の外へ出ることに強い怖れを感じる傾向があることから、人類の祖先が敵や猛獣から身を隠す洞窟の外へ出ることへの恐怖に起因していると考えられている。
また、同じことは<暗闇恐怖>や、ある種の動物に対する恐怖心にも当てはまると思われる。
これは<社会不安障害><社会不安>についても同様である。
はるか遠い昔、見知らぬ人間に唐突に出会うということが、真の意味で身の危険をもたらした時代があったはずだ。
こう考えると、たとえばパーティ会場で居心地の悪さを感じるのは、たったひとりでたくさんの敵に相対することへの恐怖の記憶によるのかもしれない。
また、自分より社会的地位や年齢が上の人間と一対一で向き合うことに怖れを感じるのは、集団の長に対する服従や畏怖の念からきているとも考えられる。
初対面の人に対する気おくれも敵か味方かわからない相手に対する警戒心から来ているのだろう。
さらに、他人からただじっと見られることに怖れを感じるのも、多くの動物たちが今でもそうであるように、かつては相手を睨みつけることが攻撃を開始するサインだったせいではないだろうか?
だからこそ、他人の存在に過敏になるのは、生き延びるにはそうせざるをえなかったせいではないだろうか?
だからこそ、他人の存在に過敏になるのは、生き延びるにはそうせざるをえなかったせいであり、他人の前で不安を感じるのは、実際に恐ろしい目に遭ってきた人類の記憶がそうさせるのである。
人類が<社会不安障害><社会不安>を感じる理由や必要性について、さらに一歩進んだ考え方をする研究者たちもいる。
彼らによると、私達現代人が不安を感じるのは、はるか昔のことだけに限らず、この現代社会においても「真の意味での身の危険」を避けるのに必要とされているからだ、というのである。
つまり、絶え間なく起こる権力闘争をくぐり抜け、平和で円滑な集団生活を営むために・・・。
こうした研究者たちは、私達人間はあらゆる対人関係を、生まれながらにして備えているふたつの「感知システム」によって認識していると主張する。
ひとつは、危険が迫っていることをいち早く察知する「警報装置」で、もうひとつは、自分が確実に守られていることを確認する「安全装置」。
そして、このふたつの「感知システム」がうまくバランスを保ってはたらいている時には、私達は不安に対して過敏になりすぎることも、逆に鈍感になりすぎることもなく、平穏に社会活動を営めるのだという。
こうした研究者たちの考え方によると、私達が<社会不安障害><社会不安>を感じるようになってしまうのは、「感知システム」が誤動作を起こすせいなのだ。
つまり「警報装置」が過剰反応するいっぽうで、「安全装置」の感度が鈍くなってしまうという・・・。
だからこそ、「感知システム」が壊れて<社会不安障害><社会不安>を感じるようになった人が人前で話をする時は、しかめ面をしている人やため息をついた人に気付いただけで「警報装置」が鳴り出し(「彼らはぼくを批判するつもりにちがいない」)、たとえ笑顔で耳を傾けてくれている人達がたくさんいても「安全装置」が作動しなくなってしまうのだ。
しかし、個人の意志や努力が関わる余地を与えないようなこういう見解に、不快感や反応をおぼえたりする人もいるだろう。
確かに、これらの研究はまだ多くの課題を残している。
それでも、<社会不安障害><社会不安>になんらかの生物学的要因が関わっていると考えざるを得ないことは確かである。
内気な子はいつからその傾向を見せるようになるのか
先ほど、子どもの中には生まれながらにして<内気>や<人見知り>の傾向を示す子がいる、と述べた。
ここからは、このことについてもう少し詳しく見ていこうと思う。
いったい子どもの<内気>な傾向は、だいたい生後何か月くらいから外に表れるようになるのか?
そしてそういう<内気>な子は、大きくなってみんな<社会不安障害><社会不安>を感じるようになってしまうのか?
生後8カ月~10カ月くらいの子どもは、母親の姿が見えなくなったり、知らない人に抱かれたりすると、泣いたりむずかったりすることが多い。
こうした行動を、前項の「感知システム」の考え方で解釈すると、子どもは母親がいる時には「安全装置」がはたらいていて、知らない人に抱かれると「警報装置」が作動するのだと思われる。
子どものこういう反応はごく自然なものに見えるが、状況の変化に敏感に反応する子とそうでない子がいることも確かである。
はたしてこのことは、将来その子が<社会不安障害><社会不安>を感じるようになるかどうかを判断する目安になるのだろうか?
生後四ヵ月の子ども達百人を対象に、聞いたことのない声、みたことのないもの、初めての環境などにどのような反応を示すかを調べた研究では、次のような結果が出ている。
反応が大きかった子たち(身体反応が大きく、よく泣いた)は全体の23%、反応が小さかった子たち(身体反応が小さく、ほとんど泣かない)は37%、そして身体反応は大きかったけれどあまり泣かなかった子たちが18%で、身体反応は小さかったけれどよく泣いた子たちは22%だった。
さらにこの実験は、生後九カ月目、十四カ月目、二十一カ月目にも同様にして行われたが、四カ月目の時に大きな反応を示した23%の子たちが、その後も見慣れぬものに対して大きな反応をし、とりわけ<人見知り>の傾向を強く示すようになっていったのである。
また、別の研究結果によると、<人見知り>を示す行動は二歳頃から外に表れるようになり、この割合は全体のおよそ15%だという。
この年頃の子どもたちは、知らない人を前にすると、自分から相手に近づいていこうとするか、あるいは委縮したり逃げ出したりするか、いずれかの傾向に分れる。
そして、二歳頃に後のタイプの行動をとった子どもたちのうち、その四分の三が8歳くらいになるまで同じ行動をとり続けていたのである。
これらの研究結果を総合すると、<社会不安障害><社会不安>と生物学的要因の関わりについて、現時点における結論が見えてくるだろう。
<社会不安障害><社会不安>を感じやすい遺伝的要因を持った子ども達は、だいたい生後数カ月目くらいから<内気>の傾向を見せるようになり、二歳くらいから<人見知り>をし始め、やがては<社会不安>や<社会不安障害>を感じるようになる・・・。
ところが実際には、幼少時に<内気>で<人見知り>だった子が、明るくて外向的な小学生に育ったというケースも少なくない。
結局のところ、<社会不安障害><社会不安>に関わる遺伝的(先天的)要因は、小さな子どもの頃には顕著に見られるが、その後は家庭環境や教育などの後天的要因が加わることで、次第に影響が弱まっていくのだろう。
※参考文献:他人がこわい あがり症・内気・社会恐怖の心理学
クリストフ・アンドレ&パトリック・レジュロン著 高野優監訳