次は、<社会不安障害><社会不安>の心理学的要因について考えていきたい。
<社会不安障害><社会不安>の心理学的要因とは、私達の感情や考え方に大きな影響を与える家庭環境や個人的な経験のことである。
こうした後天的要因は、前項で見てきた先天的要因(遺伝)の影響力が次第に弱まっていく年頃、つまり三歳くらいから思春期にかけてとくに大きな影響を及ぼすと考えられている。
ここでは、心理学的要因のなかでもっとも重要視されている、親が子どもに及ぼす影響と、心的外傷(トラウマ)について取り上げて行こうと思う。
親の言動や教育が子どもに与える影響
子どもの<社会不安障害><社会不安>に対する親の影響力の大きさを、決して軽視することはできない。
実のところ、<社会不安障害><社会不安>を感じる子どもたちの親が、何らかの心理的な障害を抱えていることは少なくない。
<社会不安障害>に限って言うなら、両親のどちらかいっぽうも<社会不安障害>である割合が、普通の人に比べて三倍以上になることがわかっている。
他に、<人見知り>をする子どもの親よりも、<社会不安障害>、<社会不安>、<うつ>、<広場恐怖>などの何らかの<不安症>に悩む人の割合が高いこと、そしてそういう親を持っている<人見知り>をする子どもは、そういう親がいない<人見知り>をする子どもより、大人になった時に何らかの<不安症>になってしまう確率が高いことも判明している。
では、こうした親から子への伝達はどうして起こってしまうのか?
これまで見てきた先天的要因、つまり<遺伝>のせいなのだろうか?
いや、実はそうとは限らない。
そこには、親の教育や、親が子どもの前で見せるふだんの言動が大きく関わってくるのである。
親が<内気>や<人見知り>である場合、子どもはその行動を無意識に真似ているうちに、同じように<内気>や<人見知り>になってしまうことがある。
また、親の普段の生活習慣が原因で、子どもが<内気>や<人見知り>になりやすくなってしまう例もある。
たとえば両親が人付き合いが苦手で自宅に訪問客がない場合、子どもは他人に慣れる機会をなかなか得られなくなる。
あるいは、親自身は<内気>でも<人見知り>でもないのに、子どもが<引っ込み思案>になるようなしつけをしてしまう場合もある。
たとえば、「誰かにだまされないように気を付けなさい」、「他の人に迷惑をかけてはいけません」、「みんなの言うことはきちんと聞きなさい」など、あまりくどくどと言い過ぎると、子どもは他人の評価や反応に過敏になってしまうだろう。
また、子どもの前で喜怒哀楽などの感情表現をしない、必要なこと以外は話さないという親の場合も、子どもが他人とのコミュニケーションのしかたを学べなくなってしまう危険性がある。
さらに、非常に厳格な教育方針のもとで、子どもに高いレベルを要求していると、子どもの自己評価が低くなり、他人との関係がぎくしゃくする原因を作りかねない。
実際、<社会不安障害><社会不安>を感じる人でこう言っている人は少なくないのだ。
「結局、私は両親のせいで内気になってしまったんです・・・」
表2-1には、幼い頃に<内気>だった子どもが、将来<社会不安障害><社会不安>を感じるようにならないにはどうすればよいか、子どものしつけや教育についてのアドバイスがまとめてある。
人見知りをするお子さんをお持ちの人は、ぜひ参考にしてほしい。
アドバイス | 具体的にどうすればよいか? |
親自身が社交的になること | 子どもの見ているところで、近所の人、商店の店員、子どもの友達の親たちと会話を交わす。 |
大人たちと接するきっかけを作ってあげること | 自宅に友人を招いたら、必ず子どもに紹介する。その際、招いた友人には、子どもに対して簡単な質問をしてくれるようお願いしておく。 |
他の子どもたちと親しく付き合うきっかけを作ってあげること | 誕生会、パーティなどを開いて、子どもの友達を自宅に招くようにする。また、子どもを招待してくれる家を探す。 |
時にはグループ活動をさせること | 長期休暇の時は、家族そろって、あるいは友人たちと一緒に出掛ける。あるいは、体験学習などの合宿に参加させる。 |
他の子ども達と新たに知り合うきっかけを作ってあげること | 公園などでよその子どもに「お名前は?」「年はいくつ?」などと話しかける。そういう親の様子を観察することで、子どもも同じようによその子に話しかけるようになるはずである。 |
子どもを急かさないこと、無理強いをしないこと | どんな時でも、子どものペースを尊重する。無理やり習い事をさせたり、グループ活動を強要したりしない。子供が新しい状況に少しずつ慣れていけるよう、余裕をもって見守ってあげること。 |
あなたの内気なお子さんが、大きくなってから社会不安障害や社会不安を感じないようにするにはどうしたらよいか?
ここでいくつかアドバイスをしたいと思う。
ただし注意点が一つ。
これらのアドバイスを実行しても、すぐに結果が出るわけではなく、何らかの変化が見えるまで数カ月単位の長い時間を要する。
焦らず、気長に続けて欲しい。
迷った時には専門家に相談を。
表2-1 内気な子どもを持つ親へのアドバイス
過去のトラウマが引き起こす不安
さて、次はもうひとつの心理学的要因として、心的外傷、つまりトラウマについて考えてみましょう。
ある一定の状況に置かれると、いつも強い恐怖を感じたり、<身体反応>を起こしたりしてしまう。
そうなるきっかけを作った出来事、それがトラウマである。
それはたとえば、小学生の時に教室でおもらしをしてしまった体験かもしれないし、他の子と違う身体的特徴(メガネ、皮膚の色や髪の色など)のせいでいじめられた経験かもしれない・・・。
トラウマは、ある日突然私達の身を襲う。
かつてある医師は、生まれつき上唇が中央から裂けている口唇裂の女性の相談を受けたことがある。
幼い頃、彼女はこの障害をそれほど気にしていなかった。
ところが十三歳の時、クラスメイトにみんなの前で笑いものにされたことに大きなショックを受け、それが原因で<社会不安障害>を発症してしまったのだ。
これこそまさに、トラウマが<社会不安障害><社会不安>をもたらしたケースの典型である。
しかし、ここでひとつの疑問が生まれてくる。
トラウマはそれひとつだけで<社会不安障害><社会不安>を引き起こす要因になりうるのか?
それとも、遺伝や家庭環境など別の要因がすでに存在していて、たまたまトラウマが起爆剤になっただけなのだろうか?・・・
実は、そこにはふたつの可能性がある。
まず、もしそのトラウマが非常に強烈な体験であった場合、他の要因がまったくなくてもそれだけで<社会不安障害><社会不安>の原因になることがある。
カンボジア出身のある男性の相談者は、1970年代にカンボジアを支配した共産主義政党、クメール・ルージュによる迫害を受けていた。
彼はとりわけ、ごくふつうの市民がひどい拷問を受けたあげくに冤罪を着せられ、処刑されていくさまを見せつけられてきたことに大きなショックを受けていた。
そしてこの経験がトラウマとなり、人前で発言したり、一対一で話をしたりする時に強い恐怖を感じるようになってしまったのである。
もちろんこの相談者は、この体験以外の<社会不安障害><社会不安>をもたらしうる要因を何も抱えてはいなかった。
そしてもう一つの可能性が、<社会不安障害><社会不安>の他の要因をすでに抱えていたのが、ある出来事をきっかけに一気に外に表れるようになったパターンである。
それはたとえば、教師からクラスメイトたちの前で批判されたり、友達から失敗をからかわれたりといった、わりと日常的な出来事であることも少なくない。
その出来事自体は、第三者から見ればたいしたことはないと思われがちだが、本人がすでに別の要因を隠し持っていたため、一気に<社会不安障害><社会不安>が外に表れるきっかけになってしまうのである。
※参考文献:他人がこわい あがり症・内気・社会恐怖の心理学
クリストフ・アンドレ&パトリック・レジュロン著 高野優監訳