β(ベータ)遮断薬はもともと、狭心症、高血圧、不整脈を抑えたり、心筋梗塞を予防する薬剤として広く用いられてきた。
他に、頭痛を鎮める作用も認められている。
実は、β遮断薬を長年処方してきた心臓専門医たちは、かなり前から、この薬に心理面におけるある種の効果があることに気付いていた。
しかし、実際にその効果が研究によって証明され、<社会不安障害><社会不安>の症状に処方される処方されるようになったのは、ごく最近(1960年代)になってからのことである。
そして今日では、<社会不安障害><社会不安>の症状である<身体反応>、とくに、動悸、震え、発汗、口の渇きなどを抑える薬として用いられるようになっている。
β遮断薬は私達の身体にどのように作用するのか?
この薬は、その名が示すように、私達の体内のさまざまな器官に備わっている「β受容体」と呼ばれるごく微小な部分に働きかけるものである。
通常、この「β受容体」においては、アドレナリンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質、つまりストレスホルモンが作用して動悸、発汗、口の渇きなどを引き起こしている。
だが、β遮断薬を服用することで、このはたらきを抑えることができるのだ。
その効用は、とくに即効性の高さで知られている。
たとえばバイオリン奏者を対象に行われたある調査では、演奏の数時間前にβ遮断薬を服用することで、<あがり症>の症状が著しく軽減されることが証明されている。
さらにこの調査では、この薬のもうひとつの利点も判明した。
なんと「手の震え」が抑えられたことで、奏者の演奏の質までが向上したのである・・・。
同様にして、管弦楽奏者の「口の渇き」が軽減されたという結果も出ている。
これと似たような効果は、<あがり症>の学生や講演者にも見受けられた。
しかし、β遮断薬を服用するにあたっては、いくつかの注意が必要である。
まず、一部の心臓障害、ぜんそく、いくつかの他の薬剤との併用において禁忌がある。
したがって、医師の診断を受けた上で処方してもらわないと、入手できないことになっている。
さらに、β遮断薬に期待できる効果は、<社会不安>の症状を和らげることだけであって、人間の能力を高めることではない、ということも前もって理解しておきたい。
そして、β遮断薬が高い効果を示すのは、<遂行不安>と<あがり症>に対してのみである。
つまり、演奏会や講演会など、不安を感じる状況がやって来ることが事前にわかっていて、その状況での<身体反応>に悩まされる時、その症状を抑えるのに役立つ薬なのだ。
逆に考えると、不安を感じる状況や症状が多岐にわたる<回避性人格障害>や<全般性の社会不安障害>に対しては、β遮断薬の効果はほとんどないのである。
β遮断薬は、不安を感じる状況がやって来る1,2時間前に医師から指示された量を服用することで、数時間効果が持続する。
そして、定期的な服用を続けているうちに、次第にこの薬の必要性を感じなくなり、この薬に頼らなくても済むようになることが多い。
つまり、この薬に過度に依存するようになってしまう危険性はそれほど高くない。
これはおそらく、薬を服用しながらであっても不安を感じる状況に徐々に慣れていき、やがては薬なしでもうまく対応できるようになるためなのだろう。
β遮断薬の使用状況は、国によって大きく異なる。
たとえばフランスでは、抗不安剤は比較的簡単に処方されているにもかかわらず、β遮断薬の使用は制限されている。
フランスで処方されるβ遮断薬は「アヴロカルディル」という名で流通しており、「一時的な感情の高ぶりにおいて、動悸や心拍亢進など心機能の障害が生じた時」に限って用いられている。
いっぽう、アメリカではこの薬の使用はもっと一般化していて、プロミュージシャンのおよそ30%がコンサート前に用いているというデータも出ている。
しかも、彼らの四分の三が医師の指示に従ってではなく自己判断で服用しており、96%がその効果に満足しているというのだ。
また、学会に出席する心臓専門医を対象にした調査でも、大変興味深い結果が出ている。
なんと、この学会で発表をしなくてはならない医師の13%が、事前にβ遮断薬を服用していたのだという・・・。
次にβ遮断薬の使用法を箇条書きにまとめておいたので、参考にして欲しい。
β遮断薬の使用法
1.β遮断薬は、医師の指示に従って服用すること(禁忌があるため)。
2.β遮断薬は、日常生活の妨げとなるほど強い<遂行不安>や<あがり症>に効果を発揮する。
いっぽう<全般性社会不安障害>、<回避性人格障害>、<内気>などに対する効果は期待できない。
3.β遮断薬は、不安をもたらす状況がやって来るおよそ一時間前に服用すること。
4.β遮断薬には、服用者の不安を和らげる即効性はない。
5.いっぽう、β遮断薬は、不安を原因とする<身体反応>(動悸、発汗、胸の痛み、口の渇き、震えなど)を抑える効果が高い。
6.このことから、β遮断薬をしばらく服用することで、<不安>から<身体反応>が現われ、その<身体反応>ゆえにいっそう強い<不安>を感じる・・・という悪循環から逃れられるようになる可能性が高い。
そのため、<不安>の症状ばかりに気を取られて、その時すべきことをなおざりにするということはなくなる。
そうしているうちに、やがて<不安>の度合いが弱くなり、自己管理が可能になってくる。
※参考文献:他人がこわい あがり症・内気・社会恐怖の心理学
クリストフ・アンドレ&パトリック・レジュロン著 高野優監訳