1993年6月、リオ・デ・ジャネイロで行われた世界精神医学会でのことだ。

壇上から、会場を埋め尽くす専門家たちに向かって、ひとりの女性がこう問いかけた。

みなさん、この会場に入ろうとした時、突然、自分が裸であることに気づいたと想像してみて下さい。

その時にみなさんがどう感じるか、よく考えてみて下さい。

おそらく、気づまりと恥ずかしさを感じるでしょう。

その時、みなさんはどうしますか?

人目を避けて逃げ出しますか?

後になって、その時そこにいた人と再び顔を合わせなくてはならないとしたら、どんな気持ちになりますか?(中略)

こういう感情はすべて、確かにその度合いの差は多少あるにせよ、<社会不安>や<社会不安障害>の人達が日常的に味わっていることなのです。

それも、友人たちの前で話をするとか、商店でパンを買うといった、ごくふつうの状況において・・・。

この女性は、不安症の人達が集まる世界最大の組織、全米不安症候群協会会長のジェリリン・ロスである。

ロス会長は、<社会不安>や<社会不安障害>による障害や苦しみ、どこに助けを求めてよいか分からない不安などが書き綴られた手紙を、世界各国から年間何千通も受け取っているという。

<社会不安障害><社会不安>が私達の人生にもたらす損害は非常に大きく、最近の調査によるとその発症数は年々増える傾向にあるという。

つまり、<社会不安障害><社会不安>に悩む人たちを、医師が「そんな悩みはいずれ消えてしまうから、それまで我慢しなさい」と門前払いをする現状は、一刻も早く改善しなくてはならないのだ。

この場で一番望んでいたのは、他人に対してどうして怖れや不安を感じてしまうのか、その実体を覆い隠していた「無知」という名のヴェールを取り外すことだった。

まず、自分の障害を自覚すること、そしてそのメカニズムを理解すること。

それだけでもその障害に翻弄される道から逃れることができるだろう。

さらに、専門家が用いている効果的な治療法を知ること。

それによってその障害をコントロールできるようになるはずだ。

最後に、自らの不安や対人関係の問題の解決に取り組んでいくこと。

これでようやく、より充実した人生への道が開けていくのである。

人は、他人との付き合いを通して自分という人間を作り上げる。

こうした対人関係からもらう栄養分は、食物からもらう栄養分と同じくらい、人間形成には必要不可欠だ。

そして、よい人間関係は、私達の心の問題を予防する糧となってくれる。

つまり、周りに質の良いネットワークを築いている人は、そうでない人よりも心の病から守られているということである。

それなのに、医師は患者に対して「よく眠れましたか?」、「食欲はありますか?」とは尋ねてくれるのに、なぜ「他人とよいお付き合いができていますか?」、「人前でリラックスできてますか?」とは尋ねてくれないのだろう?

対人関係に疾患予防のすべてを期待することはもちろんできない。

だが、私達が心のバランスを保つのに大切な要素であることは確かである。

これまで長い間、心理学という学問は一定方向のみに焦点を絞りすぎてきた。

つまり、個人の無意識、過去、幻想、抑圧、欲求などにしか関心を示してこなかったのだ。

だがこれからは、もっと個人と環境の関係、とりわけ個人と社会環境の関わりについて、もっと検証を進めていくべきだろう。

私たちの心が対峙しているのは、決して自分自身だけではないのだから・・・。

読者のみなさんは、学校でどんなことを学んできただろうか?

数学、歴史、体育、音楽・・・。

もしかしたらいずれは、セルボ=クロアチア語、超瞑想法、陶芸などを学校で学べるようになるかもしれない。

ところが、生きて行くためにはこれらと同じくらい大切なことなのに、おそらく学校ではいつまで経っても教えてもらえない知識がある。

それは、他人とうまく付き合っていくための知識である。

※参考文献:他人がこわい あがり症・内気・社会恐怖の心理学
      クリストフ・アンドレ&パトリック・レジュロン著 高野優監訳