認知行動療法(CBT)
社会不安障害に対してもっとも確立された精神療法としては認知行動療法(CBT)が知られています。
認知行動療法というのは、認知(ものごとの捉え方)に焦点を当てた治療法である認知療法と、恐怖する状況に段階的に慣れていく行動療法を組み合わせた治療法です。
不安は感情ですが、その感情を生み出しているもととなっている考え(認知)があります。
人が自分をチラリと見た時に「この人は私ができそこないであることを見抜いているのではないか」ととらえれば当然不安になります。
この際、問題は不安という感情ではなく、「この人は私ができそこないであることを見抜いているのではないか」という捉え方の方にあります。
そういう捉え方を生み出すもとには、さまざまな思い込みがあり、「自分は決して好かれない人間だ」というような自分についての思い込みもあれば、「人間はどんなときにも有能にみせないとバカにされる」という人間についての思い込みもあります。
そういう思い込みが強い人は、他人の言動をネガティブにとらえやすいものです。
社会不安障害においては、そのような方向に基本的な認知が偏っていると言えます。
不安という感情そのものに対処することはできなくても、その不安を生み出している考え(認知)は客観的に見つめることが可能です。
いろいろな角度から認知を検証していくようなアプローチを認知療法と言います。
また、不安障害は、「ある状況では不安になるのが当然」ということに身体が慣れてしまっている状態だとも言えます。
それを徐々に変化させていくのが行動療法的なアプローチです。
例えば、高所恐怖症の人に、少しずつ高いところに慣れてもらうことをイメージすればわかりやすいでしょう。
そうやって段階的に恐怖の対象に慣れていくことを段階的暴露と呼びます。
この他、社会不安障害に対する認知行動療法でよく用いられるものにSST(社会技能訓練)という技法があり、それは人との実際のやりとりの仕方をトレーニングしていくものです。
認知行動療法は多くの臨床試験で効果を示しており、治療を終えたあとでも薬物療法に比べると再発率が低いというデータがあります。
社会不安障害に対する精神療法としては現在のところもっともスタンダードなものであると言えます。
しかし、ほとんどの臨床試験で認知行動療法無効例が40%以上ありますので、万能の治療法というわけでもありません。
対人関係療法(IPT)
対人関係療法は、現在進行中の重要な対人関係と病気の症状との関連に焦点を当てて治療をしていく期間限定の精神療法です。
国際的には、認知行動療法と並んで、エビデンス・ベイストな(科学的根拠にもとづく)治療法の双璧をなしています。
1960年代末から開発され、歴史的には認知行動療法と同じくらい古いのですが、科学的な効果検証を優先させたことと、中心的な創始者クラーマンが若くして亡くなったこともあり、一般への普及は認知行動療法よりも出遅れてしまいました。
近年では様々な領域に急速に広がりを見せていますが、社会不安障害に対しても認知行動療法と同様に効果があるということが示されてきています。
社会不安障害に対する対人関係療法は、個人療法とグループ療法というふたつの形で開発されています。
対人関係療法が共通して採用する「医学モデル」(社会不安障害は治療可能な病気であるという認識)と温かい治療姿勢は、社会不安障害の患者さん達にとても好まれているようです。
対人関係療法では、「現在の」対人関係に焦点を当て、社会不安障害という病気の症状がどのように現在の対人関係に影響を与えているか、そして現在の対人関係が社会不安障害にどのような影響を与えているか、というところに注目していきます。
病気の原因が何であれ、現在の生活で何が起こっているのかを見ていくのです。
社会不安障害と対人関係には大きな関連がありますし、そもそも、社会不安障害が「人とのやりとり」への不安を主体とすることから、対人関係療法を適用する領域としては妥当なものだと言えます。
しかし、全ての社会不安障害の患者さんがそれを簡単に認めるわけでもなく、「手の震えこそが問題で、それさえなくなれば対人関係には困らない」と主張する人もいます。
本サイトをお読みの方のなかにも、不安反応そのものが一義的な問題なのだと思っている方もおられるでしょう。
もちろんそれが症状なのですから辛く感じられるのは当然ですし、「手がふるえるから対人関係に苦労している」ということもひとつの事実です。
しかし、社会不安障害という病気の本質は、決して手の震えにあるわけではありません。
病気の本質は「人前での不安→手が震える→手が震えている自分はおかしいと思われるだろう→さらなる人前での不安→さらに手が震える」という悪循環にあるのです。
このなかで、「人前での不安→手が震える」というところは、自律神経による反応であり、もっともコントロールできない領域です。
それが簡単にコントロールできるものなら、こんなに多くの方が手の震えに悩んでいないでしょう。
社会不安障害の治療の目標は、コントロールを取り戻して自分の力を感じられるようになることです。
自分の力を感じられれば、場合によっては手が震えていても、「それがどうした」ということになるでしょう。
自分の力を感じていくための治療が、対人関係療法だと思って下さい。
不安障害に対する治療法なのに不安そのものに焦点を当てない、という点では「急がば回れ」とでも呼ぶべき、とてもユニークな治療法ですので、新たな可能性を見出していただくことができると思います。
※参考文献:対人関係療法でなおす社交不安障害 水島広子著