今までにいろいろな治療を受けてきたけれども、いずれもパッとしなかったという方も少なくないと思います。

だからと言って、自分は治らないという結論に達するのは妥当ではありません。

今まで受けてきた治療を少し振り返ってみてください。

たとえば、次のような要素があったとしたら、治療は効かなかったのがむしろあたりまえかもしれません。

治療関係に安心できなかった

治療の中には、比較的中立的な姿勢をとるものもあります。

何かを話しても、治療者が多くを語ってくれず、沈黙を保っているようなタイプの治療です。

このタイプの治療は、社会不安障害という病気とは相性がよくないと言えます。

「人が自分をどう見るか」ということが不安な人にとって、「相手が何を考えているのかよくわからない」というところから、「自分のことを変だと思っているのではないか」というところに容易に進んでしまいます。

あるいは、「誰でもそのくらいの不安は乗り越えているんだから」などと言われたことがあるとしたら、その治療者は社会不安障害を病気として見ていない証拠だと思います。

本サイトをお読みいただければ、社会不安障害を病気として扱うことのメリットを理解していただけると思います。

そして、そのような、病気と人格を混同するタイプの「治療」(病気として扱っていないのであれば本当は治療とも呼べないのですが)がプラスにならなかった理由も納得できるでしょう。

また、数は少ないかもしれませんが、ネガティブな評価を下すタイプの治療者に遭遇してしまったとしたら、それこそ病気のテーマを直撃しているわけですからかなりのダメージになりかねません。

その治療者が実際にネガティブな評価を下していたのかどうかはわかりませんが、社会不安障害の患者さん本人がそのように体験したのだとしたら、それは実際にネガティブな評価を下されたのと同じ効果を持つことになります。

治療関係のなかでこれらのことが起こってしまうと、その影響は大きいと思います。

「本来自分を助けてくれるはずの立場の人にすら否定された」というふうにとらえれば、絶望的にもなります。

過去の治療の中で、自分がそのように感じたことがあったとしても、だから自分は治らないというわけではないのだということを認識してください。

単に、社会不安障害という病気に合わない対応をされたということにすぎません。

なお、社会不安障害に有効であることがわかっている認知行動療法にしても対人関係療法にしても、温かい治療関係が基本になります。

「認知行動療法」「対人関係療法」という名前で行われている治療であっても、批判されている感じがしたり、温かい安心感をいだけなかったりするようでしたら、名前倒れの治療である可能性がありますので、セカンドオピニオンを求めてもよいと思います。

なお、「治療に安心できない」と治療者に言ったときに不機嫌になったりするような場合は、まず、名前倒れである可能性が高いです。

治療者に気を遣いすぎて本当のことが話せなかった

社会不安障害の人は、ネガティブな評価を避けることにエネルギーを使いますので、それは治療関係のなかでも現れうることになります。

たとえば、治療者が言ったことが「ちょっと違うな」と感じたとしても、「そうですね」と同意してしまったり、できそうもないことを要求されても「わかりました。やってみます」と言ってしまったり、ということがありうるのです。

そういうパターンを続けていると、当然、治療は社会不安障害の患者さんの現実から離れてしまいます。

本当は気になっていることなのに気になっていないという前提で進められていく治療は、現実から離れて幻想の世界に入っていくわけですから、病気を治すだけの効果が上がるわけがありません。

そこで治療対象となっている人は本当の社会不安障害の患者さん自身ではなく、社会不安障害の患者さんが演技演技をしている「誰か別の人」ということになってしまうのです。

病気を治そうと思うのであれば、少なくとも治療者に対しては率直になろうと心がけることが必要です。

もしもその結果、ネガティブな評価を下されるようであれば、その治療者は適切ではないと考えて離れて下さい。

ただし、あいまいなコミュニケーションを根拠にしてそのような大きな判断はしないでいただきたいので、不信感を抱いたら、ご家族を通してでも、どんな形でも結構ですから、治療者の真意を確認してみて下さい。

治療は社会不安障害の患者さんの病気を治すために行われているのであって、治療者のご機嫌をとるために行っているわけではない、ということをよく覚えておいていただきたいと思います。

※参考文献:対人関係療法でなおす社交不安障害 水島広子著