社会不安障害は慢性の病気ですが、症状が悪化したポイントが明らかである人は、「役割の変化」に注目すると役に立ちます。
そのポイントは、たとえば、仕事上の変化(異動、昇進、解雇など)や、恋愛関係や家族関係の変化などであったりするかもしれません。
また、何らかの身体疾患の診断を受ける、という場合もあります。
「役割の変化」というのは、生活上の変化にうまく対応できていないことが症状悪化につながっているような場合を指します。
「変化」は何も、客観的に見てネガティブなものである必要はありません。
たとえば一般的に「よいこと」とされている昇進は、社会不安障害の人にとってかなりの負担になる場合があります。
昇進すればそれだけ注目を集める機会も増えるでしょう。
昇進したのにつらいという自分を、「こんなことでは一生何をやってもうまくいかない」とますます絶望的にとらえることも多いものです。
対人関係療法は、主に、感情と対人関係に注目していく治療法ですが、「役割の変化」においてこれらの着眼点はとても役に立ちます。
「自分はなぜ新しい役割ができないのだろう」というところにとどまってしまうと、「何もうまくできない自分」という認識が強まり、ますます自己肯定感が低下してしまいます。
でも、自分はどんな感情にふたをしているので先に進めないのか、重要な人間関係にどんな変化が起こっているのか、という観点を持って見ていくと、「何もうまくできない自分」ではなく、「ひとつの変化を乗り越えているだけの自分」の姿がよく見えるようになってきます。
対人関係療法で「役割の変化」を扱っていく時のイメージは、「霧の中で遭難したと思っている人の霧を晴らす」という感じです。
濃い霧のなかで遭難していたら、とても恐いと思いますし、進んでごらんと言われても身動きがとれず、自分がとてつもなく無力に感じると思います。
一方で、「どうしてこんなところまで来てしまったんだろう(来させられてしまったんだろう)」「自分はおしまいだ」などという気持ちがいろいろと出てくると思います。
対人関係療法で「役割の変化」を扱っていく際には、主に、気持ちと対人関係に注目していきます。
起こっている気持ちをよく知って、安全な環境で表現して位置づけていくことと、自分を支えてくれる人間関係を再確立して安心感を作っていくことで、「霧」は晴れていきます。
すると、自分は「遭難」しているわけではなく単に「移動」しているにすぎないということがわかってきます。
そのまま進むこともできるでしょうし、場合によっては、少し進路を変更したほうがよいということがわかるかもしれません。
いずれにしても、霧の中で遭難したと思っているときよりも、ずっと、自分の人生を主体的に生きている安心感を持てると思います。
社会不安障害の問題領域として第一に「役割の変化」を紹介しているのは、「役割の変化」が基本的に不安のときだからです。
「霧のなかでの遭難」は、まさに不安そのものです。
社会不安障害になっている人は、そもそも不安のレベルが高くなっていますので、そこに「役割の変化」が起こったときにはかなりの注意が必要です。
同時に、治療を進める手がかりがつかめるときだとも言えます。
※参考文献:対人関係療法でなおす社交不安障害 水島広子著