相手との間に起こることは自分だけのせいではないということが認識できれば、次のステップとして、関係性を変える方法を考えることができます。

自分が相手に何を期待しているのかを整理して、その伝え方を考えるのです。

相手への期待の整理の仕方として、社会不安障害の人にとても役立つのは、「境界設定」と呼ばれる考え方です。

これは、自分の側の問題なのか、相手側の問題なのかという境界線をはっきりとさせるというような意味です。

満足のいく人間関係においては、境界線がしっかりと引かれ、お互いの「敷地」を尊重し合うことができているでしょう。

しかし、自分が決めるべきことなのに相手が決めてしまう(相手が自分の「敷地」に入り込む)ことも多いですし、本来は相手の問題なのにまるで自分の責任であるかのように感じて気を遣ってしまう(相手の「敷地」に自分が入り込む)、ということも少なくありません。

このように「敷地」を侵してしまうと、ストレスにつながります。

社会不安障害の本質はネガティブな評価を恐れるというところにありますが、批判を受けるようなときには、「相手の問題」という要素も必ずあります。

ところが、社会不安障害になると、どうしても「自分の問題」として考えがちです。

これは、相手の「敷地」に入り込んでしまっている、ということになります。

相手は出がけに夫婦喧嘩をしたために機嫌が悪いのかもしれないのに、

「あなたの機嫌が悪いと、私は自分のことを責めてしまうので、機嫌よくしていてもらえませんか?」と頼む、という状況を考えていただければ、どれほど相手の「敷地」に入りこんでいるかがわかると思います。

完璧な人間などいませんので、たまに機嫌が悪い日があっても、許してあげてもよいでしょう。

批判を自分の問題としてとらえてしまうという病気の症状そのものは「相手の『敷地』に入り込んでしまっている」性質のものですが、治療において対人関係上で意識していきたいのは「自分の『敷地』を守る」ということです。

ネガティブな評価を回避することによって自分の「敷地」を守っている、と思うかもしれませんが、実は逆です。

「いい人」になってしまうことに代表されるような自己主張のなさは、相手が自分の「敷地」に入り込むのを許していることになります。

たとえば、母親が治療に関して過干渉であるタカオさんなどは、そのよい例です。

相手の「敷地」に入りこんでしまうと、本来自分が引き受けなくてよい心配まで引き受けてしまい、本来自分のせいでないことによって自分を責めてしまいます。

相手を自分の「敷地」に入れてしまうと、相手に振り回されてしまいます。

いずれも、かなりのストレスを生み出す状況であると同時に、相手との関係性も損なわれます。

本当に親しく安定した関係を作っていくためには、境界線をきちんと守ることが必要です。

自分の「敷地」も相手の「敷地」も尊重することが不可欠なのです。

そのためには、問題が起こったときに、それが自分の「敷地内」の話なのかどうかを考える視点を持つことが重要です。

社会不安障害のタカオさんは、以上の理屈は理解しました。

でも、そんなことを母親に伝えたら傷つくだろう、ということを心配していました。

母親の言動がどれほど不適切であっても、要は心配でやっていることなのですし、批判的な亭主関白だった父親に苦労をさせられてきた母親を気遣う気持ちを強く持っていたのです。

社会不安障害のタカオさんのそれらの気持ちは否定されることなく、むしろコミュニケーション改善のための糸口として活用されました。

まず、どういう言い方が頭にあるために社会不安障害のタカオさんは母親が傷つくと思っているのかを聞いてみると、「自分の治療のことなんだから口をださないでほしい」というような言い方を想定していました。

実際にそれに近い言い方を社会不安障害のタカオさんは過去にしたことがあり、そのときに母親は涙ぐんだそうです。

ですから、母親が傷つくだろうという社会不安障害のタカオさんの推測には根拠があったわけです。

改めて、社会不安障害のタカオさんが本当に伝えたいことを考えてもらいました。

そこには、「母親は、要は心配でやっていること」という認識と、「母親を傷つけたくない」という思いやりも含まれるだろうということになりました。

そして、いろいろと検討した結果、「治療についてのアドバイスが必要になったときは聞くから、それまではちょっと見守ってもらえるとありがたい」という言い方に落ち着きました。

この言い方であれば、社会不安障害のタカオさんの気遣いもよくわかりますし、タカオさんが何を求めているのかがよくわかり、母親もいたずらに不安をかき立てられないですみます。

社会不安障害のタカオさんは、言い方の練習をしてみました(ロールプレイ)。

そして、何とか言えそうだということを身体で感じ、実際に母親に伝えることができました。

自分が不満に思うことについて表現して変えてもらうように交渉するということは、社会不安障害の人にとってはとても難しいことです。

それがとても不適切に感じられたり、関係がこわれてしまうのではないかと心配になったり、あるいは相手からひどい反撃がくるのではないかと恐れるからです。

そういうことについては、表現に工夫をすることでハードルがぐっと下がります。

怒りとしてぶつけてしまうと、本当に恐れた結果を招くかもしれません。

たとえば社会不安障害のタカオさんが「自分の治療のことなんだから口を出さないでほしい」と言っていたら、母親は傷ついたかもしれません。

相手によっては怒るでしょう。

でも、「本当に伝えたいこと」、つまり相手にどういう役割を期待するのか、ということをよく整理して伝えれば、ひどい結果になることはまず考えられません。

それでひどい反応をするとしたら、明らかに「相手側の問題」でしょう。

そういう場合は、ホタカさんが同僚と「会議はいやだな」と話し合ったように、他者と状況をわかちあって客観視することで、だいぶ楽になると思います。

なお、この考え方は、「親密さへの不安」を持っている人にも役立ちます。

少しでも親しさを見せると相手が急速に距離を縮めるかもしれず、自分が振り回されることが恐いので一切親しくならないようにしている、という人は案外います。

社会不安障害の人は、他人と親しくないことでさびしさを感じ、他人と親しくなることに恐怖を感じる、というジレンマを抱えています。

親しくなると相手は自分の真の姿(できそこない、どこかおかしい)を知ってしまうだろうから親しくなれない、という気持ちを持っている人も多いです。

そういう場合に、境界線は自分で守れるという自信をある程度持っていることは重要です。

親しさを見せると相手は距離を縮めてくるかもしれない。

でも、自分の「敷地」に入りこむようだったら、自分はそれを食い止めることができる。

また、親しくなったとしても、相手の「敷地」にまで立ち入っていろいろと心配しないこともできる。

そんな自信をある程度身につけておけば、他人と親しくなることの恐怖が減じ、実際に他人との親しさを深め、寂しさを減じることができるようになるでしょう。

※参考文献:対人関係療法でなおす社交不安障害 水島広子著