社会不安障害を克服した46歳の独身男性Oさんの例です。

Oさんは株のプロとして生計を立てています。

もともとは会社に勤めていましたが、組織というものがきらいで適応しにくかったらしく、何度かトラブルを起こしたあげく、辞めてしまったようです。

Oさんの場合、対人関係が苦手な点は、多くの社会不安障害の患者さんと同じですが、症状はややめずらしいといえます。

緊張や不安でおどおどしたり、手や声が震えたりするのではなく、非常にイライラしがちで怒りっぽく、それがトラブルのタネになっているのです。

たとえば、マンションの隣の部屋の物音がうるさいと、すぐに苦情を言いに行ってしまいます。

それも、イライラをそのままぶつけるような言い方なので、トラブルになりやすいのです。

社会不安障害の典型例では、苦情をいうこと自体が、過度の緊張を伴うためになかなかできません。

そのため、Oさんは一見、社会不安障害とみなしにくいのですが、実は、イライラは不安感の裏返しと見ることができます。

過度の緊張や不安に耐えるために、一種の自衛策として、イライラや怒りっぽさ、攻撃性が出ているのです。

社会不安障害の患者さんのなかには、ときにはこういうケースも見られます。

社交場面での自己コントロールのまずさや対人関係に悩み、苦痛を感じたり、回避したりするのは同じで、だからこそ、Oさんも病院に来院されたのです。

来院されたときも、これといった理由はないのに、最初からなんとなく不機嫌な印象でした。

しかし、薬物療法の説明をすると、「薬」に非常に興味を持たれたようです。

「いろいろなめんどうくさいことはいやなので、薬を飲んで良くなるなら、積極的に飲んでみたい」とおっしゃるのです。

それは、むしろ薬物療法にはピッタリなので、さっそく投与を始めました。

すると、一カ月くらいで、Oさんに大きな変化が現れました。

イライラしてとがったような印象がすっかり消え、とにかくおだやかになったのです。

ご自分としても、気持ちがらくになったようです。

薬物療法で服用した薬は一回につき20mgでしたが、Oさんは「できれば最高の量まで増やしたい」とおっしゃり、10mgずつ増やして40mgまで服用しました。

そのあと、「今度は減らしたい」という希望が申し出され、徐々に減らして10mgにしました。

こうしてご自分で確かめ、結局は「最初の20mgが最適のようだ」ということで、20mgの服用を続けています。

以前のような人とのいさかいがなくなったというOさんは、その影響で、対人関係も非常にスムーズになったようです。

「いまさら会社勤めや結婚をする気はないけれども、会いたいときに友達と会えるのはいいですね」といっています。

最近は、これまで避けがちだった友達などとも、食事に行ったり、飲みに行ったりしているそうです。

社会不安障害を適切に治療することにより、人生の大切なものを取り戻せることもあると、改めて感じさせられたケースでした。

※参考文献:人の目が怖い「社会不安障害」を治す本 三木治 細谷紀江共著