症例:30歳男性、主訴:対人恐怖症。
人がいると緊張する。
静かなところで咳の音がどこかですると緊張がとくに強くなる。
汗。
動悸。
顔のこわばり。
息苦しさ。
恐怖感がある。
高校2年生のころから他の生徒の仕草が気になるようになった。
卒業に支障が出ない範囲で不登校をするようになった。
次第に対人関係を避けるようになった。
卒業後、上京し一人暮らしをした。
予備校に入学したが教室に入るのがつらく、通学したのは最初の数日のみだった。
対人恐怖症を治したいと思うようになり、開業心理士のカウンセリングなどを受けたが改善しなかった。
21歳、実家に戻った。
しばらくは友人との付き合いがあったが、しだいに避けるようになった。
仕事の斡旋はあったが行かなかった。
パチンコ屋に行くようになり、20歳半ばからはほとんど毎日パチンコをしていた。
26歳、精神科を受診し、カウンセリングやソーシャルスキルトレーニング(SST)を受けたが変わらなかった。
30歳、紹介され精神科を受診した。
初診時は話し方・外見には目立つ奇妙さはなく、周囲に神経質に反応することもありませんでした。
よく話し、話のまとまりはありました。
しかし、人の話にうなずくときは頭を律動的に上下動させるので不自然な感じを受けました。
視線は合わせませんでした。
とくに診察室に入室するときは目を合わせないように頭を下にさげ、頭から部屋に突っ込んでくるように入室してきました。
待合室では人がいないところを選んで座っていました。
症例はつぎのようなことを述べました。
自分が緊張するとそれが伝わり他人も緊張し、咳をしたりする。
他人の咳の音があるとさらに自分が緊張し、辛いとのことです。
とくに父親が慢性気管支炎のために夜によく咳をするので、家で一緒にいることが辛い。
この考えが他人に奇妙だと思われることはわかっており、咳の音に敏感なことは他人に知られたくないとのことです。
いままで時間を無駄に費やしてきたので、集中的に抜本的な治療を受けて早く治りたいとのことです。
両親に様子を聞くと、「家族と食事をともにしないし話もしない。近所・友達付き合いがない。一日も早くよくなって仕事にも行ってもらいたい」ということでした。
集中的な治療への希望が強いため、3カ月間の入院治療をおこなうようにしました。
クロミプラミン150mgなどの投与やエクスポージャー、社会不安障害の集団認知行動療法、SST、筋弛緩訓練などをおこないました。
3カ月後、両親と話ができるようになり、友人の結婚式披露宴の招待に応じるようになりました。
しかし本人は、社会生活ができるようになることは自分にとってとくに大事なことではない、咳の音に対する敏感さがなくならないのでほかで治療を受け直したいと述べ、治療は中断となりました。
2年後、家族に連絡を取ると、本人は自宅の敷地内に防音設備のついた離れを建てて、そこから出てこないということでした。
社会不安障害を治療して国会議員にも挨拶できた人
症例:51歳男性
主訴:相手の目を見て話せない、対人場面では顔がこわばる。
元来クラス委員をし、人の世話をよくするリーダー的な性格で成績も優秀でした。
中学2年生のとき、授業中に教師から集中的に指名されました。
それから教師の顔を見ることを避けるようになりました。
他の場面でも他人と目を合わせるのが恐ろしくなりました。
大学に進みましたが対人場面で視線が恐ろしいことは変わらず、ずっと気になっていました。
大学卒業後、新聞広告で見た対人恐怖症の治療センターに受診しようと考えたことがあります。
催眠療法などにも関心がありました。
就職し会社員となりましたが、会社が倒産しました。
43歳から土建業の会社をおこし、経営者となりました。
しかし、社交的な場面では苦痛があり、治療を受けたいと考えていました。
そして精神科を受診する運びとなりました。
初診時にはLiebowitz Social Anxiety Scale(LSAS)にて21点でした。
フルボキサミン(最大量150mg)による治療をおこないました。
通常の通院精神療法以上のことはおこないませんでした。
2カ月後には、LSASは0点となりました。
本人は治療について、つぎのように述べました。
「本来は人の上に立つ性格でした。
それがちょっとしたきっかけから出せなくなりました。
若い時に今のようによくなっていたら人生が変わっていたと思います。
しかし悔やんでも仕方ないので、いまは前向きに考えています。
薬を飲む前は悔やむことが多かったです。
薬と山登りで考えが変わったと思います。
視力が落ちていたが、眼鏡をかけて人生が変わったという感じがします。
いまは人に会うのが楽しいです。
今朝は有名な国会議員にあったが平気でした。
自分から話しかけにいきました。
いまはもともとの性格が100%実現できています。
薬はずっと続けたいです。」
※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著