国際疾病分類第10改訂版(ICD-10)の神経症分類に慣れ親しんだ日本の臨床医にとり「社会不安障害」なる呼称は目新しく、その実態はどのようなものかはいまだ十分に認知されているとはいえません。

とくに1970年代後半から80年代のはじめにかけて数多くの研究成果の得られている対人恐怖症との異同については、まったく同じ病態か、あるいはまったく違う障害か、はたまた一部は重なり合い日本独自の文化を色濃く反映している状態なのか議論はつきません。

ここでは社会不安障害の分類とその鑑別の概要を述べていきます。

社会不安障害の分類

社会不安障害は、「社会恐怖」として精神障害の分類と診断の手引き第三版(DSM-Ⅲ)およびICD-10ではじめて独立した診断名として公表されました。

内気な”性格”がすなわち社会恐怖ではないことは、近年の研究でも確認されています。

社会不安障害としての病態は、診断基準で同定される以前から東西を問わず論じられているが、とくに日本では「対人恐怖症」や「赤面恐怖症」などとして、多くの研究がなされてきました。

そのため社会不安障害の分類にあたっては、文化や歴史背景によって定義が微妙に異なる様々な分類が提唱されています。

1.対人恐怖症の分類

わが国では対人恐怖症に関する先行研究が数多くあります。

対人恐怖症の症状からとらえた亜型を表1~3にあげます。

表1.不安喚起状況による分類

大衆恐怖:大衆の前に出る状況を恐れる状態
長上恐怖:目上の人と同席する状況を恐れる状態
異性恐怖:異性と同席する状況を恐れる状態
交際恐怖:他者と交際する状況を恐れる状態
演説恐怖:人前で発言する状況を恐れる状態
朗読恐怖:人前で朗読する状況を恐れる状態
談話恐怖:他者と会話する状況を恐れる状態
電話恐怖:他者と電話する状況を恐れる状態
会食恐怖:人前で食事する状況を恐れる状態
視線恐怖:他者から注視される状況を恐れる状態
正視恐怖:他者と視線をあわせる状況を恐れる状態
思惑恐怖:自分が皆をしらけさせる状況を恐れる状態

表2.不安の身体的表出による分類

赤面恐怖:人前で顔が赤く(熱く)なることを恐れる状態
表情恐怖:人前で顔がひきつり変な表情になるのを恐れる状態
吃音恐怖:人前でどもることを恐れる状態
震え恐怖:人前で手や声が震えることを恐れる状態
発汗恐怖:人前で発汗することを恐れる状態
硬直恐怖:人前で身体が硬直することを恐れる状態
嘔吐恐怖:人前で嘔吐する状況を恐れる状態
腹鳴恐怖:人前で腹が鳴ることを恐れる状態
卒倒恐怖:人前で意識を失って倒れることを恐れる状態
頻尿恐怖:人前で頻回に尿意が生じることを恐れる状態
頻便恐怖:人前で頻回に便意が生じることを恐れる状態
尿閉恐怖:公衆便所で排尿できないことを恐れる状態

表3.身体的欠点*による分類

自己臭恐怖:自分の体臭が人に迷惑をかけていると悩む状態
自己視線恐怖:自分の視線が人に迷惑をかけていると悩む状態
自己音恐怖:自分の身体の音が迷惑をかけていると悩む状態
赤面恐怖:自分の赤面が人に迷惑をかけていると悩む状態
表情恐怖:自分の表情が人に迷惑をかけていると悩む状態
独語恐怖:自分の独語が人に迷惑をかけていると悩む状態
寝言恐怖:自分の寝言が人に迷惑をかけていると悩む状態
*:患者が訴える「身体的欠陥」は客観的には存在しない

対人恐怖症の分類として、岩井Drは自己の内界の葛藤を合理化し、自己防衛的に用いたものとして単純はにかみ型、内向劣等型、攻撃性内在型の3型を提唱し、また、外部からの感覚に対する自己防衛として作用したものを過敏性投影型および非定形型の2型とし、計5型に分類しています。

また、山下は対人恐怖症を二分し、DSM-Ⅳの社会不安障害に相当するものを緊張型、関係念慮もしくは「妄想的色彩」を伴うものを確信型としています。

表3が確信型に相当するといえます。

「妄想型」という亜型を提唱する立場と、妄想という表現に否定的な立場とがあるようです。

2.全般性社会不安障害/非全般性社会不安障害

DSMの診断基準では「全般性社会不安障害」の規定があります。

社会不安障害の診断基準を満たし、さらに恐怖がほとんどの社会的状況に関連している場合に「全般性社会不安障害」とする。

全般性社会不安障害では、回避性人格障害の追加診断を考慮する必要があります。

全般性社会不安障害の基準を満たさない場合、いままでの研究報告では、人前でのスピーチや書字など1種類だけが恐怖の対象である場合には「個別性」「特定性」もしくは「限局性社会不安障害」などと分類され、用語が統一されていません。

単に全般性社会不安障害の基準を満たさず、その社会恐怖の対象が1個かそれ以上か、などの数を問わない場合に「非全般性社会不安障害」と呼ばれることが多いです。

全般性と非全般性の社会不安障害が、臨床的に別々の異なった疾患である可能性を示す研究がいくつかあります。

全般性社会不安障害67名と非全般性社会不安障害62名を比較したMannuzzaらの研究では、全般性社会不安障害では非全般性社会不安障害に比較して、より独身者が多く、発症が早く、対人不安が強く、非定型うつ病やアルコール依存症の併存率が高かったです。

また、全般性社会不安障害のほうがより家族性の社会不安障害を呈していました。

176名の社会不安障害の患者さんを対象としたWeinshenkerらの調査では、全般性社会不安障害では発症がより早い傾向がありました。

併存疾患については有意差を認めなかったのです。

DSM診断による全般性社会不安障害の患者さん23名の発端者の第一度親族106名と、社会不安障害でない対照24名の第一度親族74名を対象としたSteinらの調査では、前者のほうが全般性社会不安障害および回避性人格障害の割合が有意に多くありました。

8098名を対象としたNational Comorbidity Surveyにおいて、改訂版Composite International Diagnostic Interviewを用いて社会不安障害が評価されました。

分析の結果、社会不安障害を呈する場合、スピーチ恐怖(三分の一)と他の社会不安障害(三分の二)の2群に大別されました。

後者の大多数では、ほとんどでパフォーマンス恐怖と対人交流恐怖の両者を含む複数の社会不安障害を呈していました。

他の多くの研究とは異なり、発症年齢分布や家族歴、社会背景的な事柄は両群で類似していました。

スピーチ恐怖を呈する社会不安障害では病期が短く、障害の程度がより軽度で、また他の精神障害の併存が少なかったのです。

後方視的調査ではありますが、発症してから最終症状までの時間は、スピーチ単一恐怖では他の社会恐怖よりも有意に短かったです。

DSM-Ⅲ-R診断による限局性社会恐怖(スピーチ恐怖)12名、回避性人格障害を伴わない全般性社会恐怖9名を対象としたBooneらの研究(41名中女性23名、平均年齢31.4歳)では、スピーチ恐怖と全般性社会恐怖(とくに回避性人格障害を伴う場合)とのあいだに回避/逃避行動や心血管反応、行動スキルの程度、不安の程度、自己評価において有意な差異が認められました。

精神病理学的に、スピーチ恐怖と全般性社会恐怖のあいだに重複は認められなかった一方、回避性人格障害の併存の有無で分けた全般性社会不安障害には多くの重複が認められた。

以上より、全般性社会不安障害と非全般性社会不安障害は概して表5のように比較できるが、まだ確定的ではありません。

表5.全般性社会不安障害と非全般性社会不安障害との比較

全般性 非全般性
発症年齢 より早い より遅い
婚姻状況 独身者が多い 既婚者が多い
対人不安
回避行動
他の精神疾患の併存
家族性

※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著