社会不安障害におけるアルコール依存症の発症率

前述のKatzelnickらは社会不安障害のアルコール依存症の併発率は11.3%としたが、他の報告をまとめると、社会不安障害の患者さんの19~28%はアルコール依存症の問題をかかえています。

逆に、アルコール依存症の治療を求めている患者の15~20%は社会不安障害の診断が下されるといいます。

また、アルコール依存症の治療を求めていない群では、男性の11%、女性の24%に社会不安障害とアルコール依存症の診断がつくという報告もあります。

他の研究でも、社会不安障害は他の精神疾患にくらべ2倍以上アルコール依存症の発症が高いとされています。

したがって、社会不安障害とアルコール依存症のコモビディティは十分高く、それらを正確に評価することは治療上重要です。

2.なぜ社会不安障害の患者さんはアルコールを飲むのか

社会不安障害の発症年齢は10歳代早期といわれていることからわかるように、社会不安障害はアルコール依存症に先行して発症します。

社会不安障害とアルコール依存症とのとのコモビディティが問題とされる理由は、種々の社会的な状況を恐怖し避ける社会不安障害の患者さんが、それらの状況で生じる不安状態、とくに動悸、手の震え、発汗、紅潮などの不安による身体症状に対するコーピング行動としてアルコールを使用するということに端を発しています。

最近の報告でも、予期的社会不安に対処するためにアルコールを用いることについて、アルコール依存症の治療を求めている社会不安障害の患者さんにアンケートをしたところ、全員がその使用に関して肯定的な回答をしています。

3.自己薬物治療仮説

1985年にKhantzianは、自己薬物治療仮説(self-medication hypothesis:SMH)という仮説を提唱しています。

SMHとは、患者さん自身によって症状を和らげるためにアルコールなどの薬物が使用されるというものです。

Chutuapeらは、以下に示すようなSMHの3つの仮定を概説しています。

1.苦しんでいる精神症状は薬物(アルコールも含めた)使用に先行して存在しています、

2.その薬物はそれらの症状を緩和する、そして

3、それらの薬物による症状の軽減が更なる持続的で過度の薬物使用を引き起こします。

4.本当にアルコールが(社会)不安を軽減するのか

20世紀の半ば頃から、アルコールの緊張軽減効果については非常に多くの関心がもたれています。

これまでに少なくとも15のアルコールとストレス・不安に関するレビューが書かれており、経験的な報告については数えきれないほどの数にのぼります。

しかしながら、これらの研究の大部分では、個人差が大きいためにアルコールによる不安やストレスの軽減効果に対して有意な結果を示すことはできなかったようです。

前述したように社会不安障害ではアルコールの問題が発展するようなリスクをかかえています。

社会不安を抱くような状況下ではアルコール摂取が可能な場合が多く、そのような場面では飲酒行為自体が通常社会的に適切な行動であるために、とくに社会不安障害の患者さんは不安の軽減のためにアルコールを使用しやすいことは容易に想像できよう。

前述したようにアルコールと不安の一般的な関連性について過剰な注目がなされているにもかかわらず、実際に社会不安障害とアルコール使用の関連性について扱った総説は3つしかないのが現状です。

以下に、Naturalistic study と Laboratory studyに大別し、記述します。

A.Naturalistic study

Holleらは、71名の社会不安障害の患者さんと39名の対照群に対して、”見知らぬ人のいるパーティー”や”レストラン”などの社会的な状況下でアルコールを飲むかどうかについて質問をおこない、社会不安障害群ではコントロール(NC)群にくらべ上記2つの状況下で飲酒率が高いという結果を報告しました。

そして、この傾向は女性患者でとくに顕著であったといいます。

また、”会社でのちょっとした会話場面”や”会議”あるいは”初対面の人との会話場面”では両群に有意な差は認められなかったのです。

さらに彼らのデータは、社会不安障害患者群ではアルコールの1日の消費量がNC群よりも低いというものでありました。

したがって、社会不安障害患者は社会的状況下でアルコールを使用することが多いが、その摂取量は少ないということになります。

また、社会不安と飲酒回数についても対象を一般人としたいくつかの報告があり、社会不安が高い人ほど飲酒回数が少ないという結果が出ています。

これらの結果をどのように解釈したらいいのでしょうか。

Rohsenowはその理由を、「社会不安が強い人では友人が少ないので飲酒の機会そのものが少ない」としました。

しかしながら、Tranらは「アルコールで高い不安を軽減することを期待していない者の場合にのみ、Rohsenowの仮説は正しい」と述べています。

Swendsenらは、100名の習慣的に飲酒をする群(アルコール依存症を除く)の気分とアルコール摂取量をモニターし、不安傾向はアルコールの消費量と関連しないが、不安傾向がより高いとアルコールの不安軽減効果が増強するとしました。

以上より、社会不安障害では、飲酒機会は少ないものの、不安を惹起させるような社会的状況ではアルコールを使用することが多く(とくに女性)、その消費量は必ずしも高いわけではないということであろうか。

B.Laboratory study

社会不安を軽減する目的で飲酒する可能性について、いくつかの報告がなされています。

Holroydは、60名の大学生にSocial Avoidance and Distress Scale(SADS)を施行し、不安の程度で2群に分け、それぞれを社会的な状況下(普段通りの会話をする)に1時間置き、ビールを自由に飲めるようにしました。

社会不安の強い群では会話の時間が短かったが、予想に反し不安の低い群のほうがビールの量が多かったです。

そして彼はこれらの結果を、「社会不安の強い者(とくに男性)では、飲酒行為自体が社会的な行為であることから、アルコールを使用することではなく社会的状況を避けることを好んで選んだためである」と解釈しました。

また、Kidorfは84名の大学生の男女に対して、セッション1では30分間の飲酒のみを、セッション2では飲酒後に皆の前でスピーチをするという実験をしました。

その結果、男性ではセッション2のほうがセッション1よりもアルコール消費量が増え、その増加量(セッション2での消費量―セッション1での消費量)とSADSのスコアとが正の相関を示したといいます。

この結果は、アルコールが社会不安を軽減するという仮説を支持するものではあるが、彼らの研究計画はアルコール摂取のみのセッションがアルコール+ストレスのセッションにつねに先行するなど、実験条件に対する順応の可能性も否定できないです。

その他、アルコールによる社会的ストレスの軽減を目的とした研究は多くなされているが、上述した2つの研究と同様、方法論や結果に満足のいくべきものは少なく、更なる検討が必要です。

このような状況下では、社会不安障害を対象とした研究が現在までにわずか3つしかおこなわれていないことに、何ら驚きません。

Naftolowitzらは、9名の社会不安障害群と、年齢・性別をマッチさせた9名のNC群を対象に、はじめてアルコールの緊張軽減効果について調べました。

まず、実験初日にオレンジジュースにウォッカを入れたカクテルを飲み、社会的に気まずいような状況(たとえば無遠慮な客の来訪など)について10分間スピーチをさせ、2日目にはプラセボを服用させて同様のスピーチをしてもらうというものです。

結果は、両群ともにアルコールによってスピーチ中の不安は軽減されず、社会不安障害群とNC群との差は示されなかったのです。

しかしながら、彼らの研究には方法論的な問題がかなりあります。

つまり、サンプル数が少ないこと、用いたアルコール量が低いこと、飲酒後にもほとんど酔いがないこと、スピーチの状況が不自然で中程度の不安しか惹起できなかったこと、などです。

Himleらは、40名の社会不安障害の患者さんをそれぞれ同数のアルコール群とプラセボ群に分け、ストレスタスクとして人前で10分間のスピーチをさせました。

実験1日目は両群ともにプラセボを、2日目には20名のアルコール群にはウォッカ入りのグレープジュース、プラセボ群にはプラセボを服用させ、スピーチを行いました。

彼らの結果もSMHに反し、アルコールとプラセボの効果の違いを測定することはできませんでした。

2日目のスピーチでの主観的不安スケールは1日目にくらべ低かったが、これは消去効果(強化をおこなわず条件刺激を反復したときに条件反射が消失する現象)と思われました。

また2日目のスピーチの不安スコアがプラセボ群でより高い傾向がみられたが有意ではありませんでした。

彼らの研究にも、スピーチによって高い不安状況をつくれなかった点やアルコールの用量の低さなど、解決しなければならない方法論的問題点があります。

Abramsらは44名の社会不安障害の患者さんを、社会不安を惹起させるストレスタスク(スピーチ)の有無でストレス群とNC群に、そしてさらに両群をアルコール摂取時間の違い(ストレスあるいはコントロールタスクの前後)により2群に分け、アルコールの不安軽減効果について調べています。

結果は非常に興味のあるもので、アルコールをタスク後に服用した場合、ストレス群のほうがNC群より多く飲酒したが、タスク前飲酒では反対の結果となりました。

Chutuapeらの研究は、対象こそ不安障害ではあるが、SMHを支持する初めての所見といってよいかもしれません。

彼らは22名の不安障害(ただし12名が社会不安障害)の患者さんと23名のNC群を対象としてアルコールの抗不安効果について調べ、不安障害患者群ではNC群と比較してアルコールの摂取によって不安が軽減したと報告しています。

しかしながら、社会不安障害の患者さんは臨床的に不安状態が高いにもかかわらずアルコール摂取量はNC群と変わらなかったのです。

これは、HolleらのおこなったNaturalistic studyで示した結果と一致します。

ただし、対照群の均一性の問題や、彼らの実験状況は社会的ストレスではないこと、あるいは社会不安障害の患者さんの状態不安自体が低いなどの欠点もあり、結論を下すことはできないものと思われます。

その他、被験者に社会不安傾向のある者を選んだ報告もあるが、その結果についてはここでは言及しません。

このように社会不安障害の患者さんのみならず、正常被験者を対象としたアルコールによる不安軽減効果の研究はまだ明確な結論には至っておらず、方法論的に困難な課題が山積みしており、結論を得るためには今後更なる研究が必要と思われます。

※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著