現在、社会不安障害の治療法として、欧米では恐怖状況への段階的曝露により脱感作をねらうexposureを基本とする行動療法と、恐怖状況の過大評価などの誤った認知を是正する認知療法をあわせた認知行動療法、SSRIを中心とした薬物療法が有効なことが示され、それぞれ単独ないし併用で行われています。
認知行動療法は誤った認知パターンや学習された行動パターンを是正する治療です。
社会不安障害の場合にはグループでおこなう認知行動グループ療法が主流です。
認知行動療法の中身としては
1.不安対処技能、
2.呼吸法やリラクゼーション法、心を落ち着かせるテクニック
3.社交技能訓練(会話の切り出し方とつづけ方、適切なアイコンタクトのとり方、うまく自己主張する)
4.認知の再構築(脅威の過大評価と自己の能力の過小評価の是正)
5.恐怖状況への段階的曝露などが基本となります。
しかし欧米でも認知行動療法を受けられる施設はかぎられており、費用の面でも薬物療法にくらべて高く、現実にはSSRIを中心とした薬物療法が一般的です。(表1)
表1.社会不安障害の薬物療法と認知行動療法の比較
認知行動療法 | 薬物療法 | |
利用のしやすさ | しにくい | しやすい |
費用 | 高い | 安い |
有効性 | 中~高 | 中~高 |
有効性に関するエビデンス | 多い | 多い |
副作用 | ない | SSRIなど特有の副作用 |
中止後の再発再燃率 | やや低い | やや高い |
1.薬物療法の有効性と限界
薬物療法のゴールはおびえた感情と認知の緩和、予期不安を減らすこと、回避行動を減らすこと、恐怖時の交感神経緊張症状の緩和とそれに伴う生活上の支障とQOLの改善です。
もちろん社会不安障害においても症状の寛解が目標となるが、薬物療法によって寛解に至るのは一部の症例です。
社会不安障害に対する有効性が示された薬物としては
1.MAOI,とくにphenelzine(日本にはない)
2.高力価のベンゾジアゼピン系抗不安薬であるクロナゼパムやアルプラゾラム
3.可逆的モノアミン酸化酵素A阻害薬(RIMA)であるmoclobemideやbrofaromine,
4.フルボキサミンやパロキセチン、その他のSSRI、
5.セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるvenlafaxineなどがあります。
その他にβ遮断薬であるアテノロールや、三環系抗うつ薬(TCA)、セロトニン1A部分アゴニストなどの効果が検討されたが、全般性の社会不安障害に対する効果は認められなかったのです。
これまでに実施された19のプラセボ比較対照試験のメタ解析の結果をみると、MAOIであるphenelzineの有効性が最も高いです。
当初副作用が少なく安全性の高いことから期待されたRIMAであるmoclobemideやbrofaromineの効果はやや低いです。
全体としてみるとLSASの総スコアの減少は50%に満たないです。
効果の点でみるとMAOIが最も高く、続いてSSRI,RIMAの順です。
ベンゾジアゼピンに関しては2つの比較対照試験で有効性が示唆されているが、依存性の問題などから第一選択薬とはなりませんでした。
フルボキサミンとパロキセチンのいずれもがプラセボとの比較で有意に効果のあることが示されているが、パロキセチンが最もよく研究されており、臨床的にも最もよく用いられています。
最近、米国食品医薬品局(FDA)に認可された薬物としてSNRIであるvenlafaxine,SSRIであるsertralineの2つがあり、とくにsertralineは一年間の長期投与での有効性を示しています。
社会不安障害は主に思春期に発症する慢性の疾患で、しかも他の不安障害や気分障害とは異なり、症状が自然に寛解することはまれであり治療にも長期的な視点が必要です。
思春期の発症後間もない時期に適切な治療的介入、とくに認知行動療法的な治療をおこなうことにより長期の予後が改善するのか否かは不明である。
現実には臨床場面で接する患者の多くが発病後数年から時には20年以上も社会不安障害の症状に苦しんでいる。
このように社会不安障害は慢性疾患であり、薬物療法に関しても当然のことながら長期の予防的投与の必要性が考えられます。
現時点では薬物療法をいつまで継続するかに関してのエビデンスはないが、多くの専門家が少なくとも一年間の継続投与を勧めています。
薬物療法中止後の症状の再発再燃率は認知行動療法にくらべて有意に高いのが欠点です。
ただし社会不安障害に対して最もよく用いられているSSRIの場合、予想以上に慎重かつ少量ずつ漸減しないと投与中止後症状ないしは中断症候群が出現しやすいので注意が必要です。
表2.社会不安障害の治療における薬物療法の位置づけ
・認知行動療法とならび第一選択の治療
・短期(3カ月)の治療で60~70%の有効率
・SSRIが薬物療法の中心
・SNRI(venlafaxine)も有効
・依存するうつ病、不安障害にも有効
・薬物療法の対象は全般性の症例
・回避性人格障害を伴う例にも有効
・一年間の継続投与が勧められる
・認知行動療法にくらべ中止後の再発再燃率が高い
2.各薬物の有効性と薬物療法における位置づけ
A.モノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)
MAOIであるphenelzineの有効性は4つの二重盲検プラセボ比較対照試験で示されています。
60~70%の患者さんに有効です。
現時点では社会不安障害に対して最も有効性の高い薬物であるが安全性の面から欧米でも第一選択ではなく、現在、日本には利用できる薬物がありません。
RIMAであるmoclobemideは社会不安障害の治療薬として期待され、社会不安障害という疾患の認知に貢献したが、初期の試験結果とは異なり、最近のプラセボ比較対照試験では明らかな有用性は認められなかったのです。
日本ではRIMAの開発は中止されています。
B.ベンゾジアゼピン系抗不安薬
一方、ベンゾジアゼピン系抗不安薬は、パニック障害とは異なりエビデンスが少なく、補助的な治療薬として位置づけられています。
社会不安障害に対しては8つのオープン試験と2つのプラセボ比較対照試験がおこなわれているにすぎません。
オープン試験の結果はすべてベンゾジアゼピンの有効性を示しているが、二重盲検試験では一致した効果が認められなかったのです。
クロナゼパムとアルプラゾラムの少数例の無作為化比較試験が2つおこなわれているが、クロナゼパムではClinical Global Impression(OGI)による有効率が78%(プラセボでは20%)であったのに対し、アルプラゾラムの有効率は38%にすぎなかったのです。(ただし治療後の評価尺度の得点が健常人のレベルまで減少したものを有効とした場合)
クロナゼパムのほうが有効性は高いが、眠気が強いのが欠点です。
C.三環系抗うつ薬(TCA)
TCAに関しても効果が期待されるが、パニック障害とは異なり、ほとんど研究されておらずエビデンスはありません。
かぎられた初期の研究でクロミプラミンの有効性が報告されているが、現時点では選択すべき治療薬ではありません。
D.選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
現在、欧米ではパロキセチンを中心にSSRIが薬物療法の中心となっています。
SSRIのなかではフルボキサミンが最初に二重盲検試験で有効性を示しています。
フルボキサミンを1日50~150mgまで漸増し12週間投与しました。
LSASの総スコアが50%以上減少したものを有効とした場合、フルボキサミン投与群15例中7例(47%)が有効例であったのに対して、プラセボ投与群では15例中1例(7%)しか効果が認められなかったのです。
フルボキサミン有効群では継続投与によりさらに症状の改善が認められました。
その後行われた多施設研究でもフルボキサミンの有効性が確認されました。
すなわちプラセボの有効率が23%だったのに対して、フルボキサミンの有効率は43%でした。
パロキセチンに関しては3つの二重盲検プラセボ比較対照試験により有効性が示されています。
パロキセチンの10~50mgが12週間投与されています。
CGIによるプラセボの有効率が8~32%であったのに対して、パロキセチンの有効率は55~70%でありました。
現在、フルボキサミンとパロキセチンともに承認されています。
また、エスシタロプラム、セルトラリンというSSRIも先の2つと共に承認されています。
E.セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI
)
欧米ではSNRIとしてvenlafaxineがはじめて社会不安障害に対する治療薬としてFDAに承認されました。
venlafaxineの除放剤の社会不安障害に対する効果が2つの12週間のプラセボ比較対照試験により検討されています。
CGIにより55%と47%の有効率が認められています。
venlafaxineは中等量まではセロトニン再取り込み阻害作用が強く、副作用の面でもSSRIと同様です。
これに対して日本で利用できるSNRIであるミルナシプランはセロトニンとノルアドレナリンの再取り込み阻害作用がほぼ同等です。
F.β遮断薬
β遮断薬に関して現時点では全般性の社会不安障害に対して有効とのエビデンスはありません。
しかし特定の状況でのみ恐怖反応が出現する非全般性の症例に対しては、単独ないしベンゾジアゼピンとの併用で用いれば有用です。
G.セロトニン1A部分アゴニスト
欧米ではbuspironeの社会不安障害に対する有用性がオープン試験で示唆されたが、その後実施された2つのプラセボ比較対照試験では、buspironeの有効性は認められませんでした。
30例を対象にbuspirone30mgないしプラセボを12週間投与した試験の結果では、LSAS総スコアが50%以上減少したのはbuspirone投与群では1例だけ、プラセボ投与群では1例もなかったのです。
日本で用いられているタンドスピロンに関してはデータがありません。
3.SSRIを中心とした薬物療法の実際
薬物療法の対象はおもに全般性の症例です。
第一選択はSSRIであるが、効果発現は遅くプラセボと有意な差が認められるのは6~8週目であり、少なくとも12週間は経過をみることが必須で、有効例ではその後も改善傾向があります。
有効投与量はうつ病の場合とほぼ同じか、やや高いです。
いまのところエビデンスは乏しいが、少なくとも1年以上の継続的投与が必要です。
認知行動療法は薬物療法にくらべ中止後の再発再燃率が少ないことが指摘されています。
併用による効果増強のエビデンスは現時点ではないが、疾患と治療経過に対する教育を含めて、認知行動療法的アプローチの併用が望ましいです。
パロキセチンとフルボキサミンはいずれも有効であるが、パロキセチンの場合は急激な減量や投薬中止に伴う中断(離脱)症候群の出現頻度が高いため注意を要し、患者さんへの指導と慎重な漸減が欠かせません。
パロキセチンの場合は1日20mgが有効投与量です。
フルボキサミンの場合は1日50mgから開始し、1日150mgが有効投与量であるので、患者さんが耐えられる限りこの量まで増やし、3カ月を目安に効果をみます。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は即効性であるため、SSRIの効果が現れるまでの補助、および予測される強い恐怖状況での頓服薬として用います。
クロナゼパムは半減期が長く1日1~3mgを用いるが、眠気が強く出やすいのが欠点です。
アルプラゾラムの場合は1日1.2~2.4mgを用いるが、半減期が短く服薬間のリバウンドが出やすいのが欠点です。
半減期が長く1日1回投与でよいロフラゼプ酸エチルは併用しやすく、中止もしやすいです。(1日1~2mg)
β遮断薬は非全般性のタイプの大勢の前での行為に伴う不安(performance anxiety)にベンゾジアゼピン系抗不安薬との併用ないし単独で頓用すると有効です。
日本では、2005年時点で唯一カルテオロールが心臓神経症に対する保険適応を有しています。
全般性のタイプにも補助的に用いると有効です。(表4)
表4.社会不安障害に対する薬物療法の今後の課題
・30~40%の治療抵抗剤に対する薬物療法の開発
・薬理作用の異なる薬物による併用療法の可能性
・長期の薬物療法の有用性に関する研究
・投薬中止後の再発再燃防止の工夫
・早期発見・早期治療が長期予後に及ぼす影響
・認知行動療法との併用による効果増強の可能性
ここでは社会不安障害の治療における薬物療法の位置づけを、SSRIを中心に述べました。
薬物療法は認知行動療法にくらべ、費用も少なくかつ簡便であり、3~6カ月の治療により60~70%の症例に有効です。
現時点では長期の再発予防に関するエビデンスがなく研究が望まれます。
実際、薬物療法は認知行動療法にくらべて投薬中止後の再発再燃率が高いことも示されており、大きな課題です。
SSRIの適応拡大に伴い、日本においても社会不安障害に対する認知が高まることにより適切な診断と治療がおこなわれ、患者さんの人生とQOLを改善することが望まれます。
今後の課題としては文化による違いや認知行動療法と薬物療法の効果の比較、両者の併用の効果、長期の薬物療法についての研究が必要です。
※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著