ここで、外来森田療法の実際を紹介しておきます。

症例A:19歳女性、大学生。

主訴:対人緊張、赤面、声の震えが気になる。

診断:社会不安障害(対人恐怖症・神経症レベル)

1.生活歴および経過

三人姉妹の長女。

元来神経質、内向的な性格で緊張しやすい傾向にあったが、高校の頃から人前で発表をする際にあがってしまう自分がいっそう苦痛になり、保健室に相談に行くこともありました。

大学受験前には近医精神科にて抗不安薬を処方してもらい受験勉強に取り組みました。

その後、志望大学に合格したが、学生生活への不安や授業中に指名されることへの不安から過剰に緊張するようになりました。

そこで大学の学生相談室にしばらく通い、カウンセラーより森田療法を勧められて受診に至りました。

2.治療経過

A.治療導入期

初回の面接時は非常に緊張した面持ちで、自らの悩みを語る際にも小声でどもりがちでした。

森田療法の本を受診前に読んでおり、自分にもあてはまるところがあったといいます。

なんとか不安・緊張・赤面をなくそうと努めるものの、自然に振舞おうとすればするほど緊張感が強まり、つねに張りつめた気分であったと語りました。

治療者の「どうなりたいか?」という問いかけには、「授業であてられたときに、すぐに答えたり自分の意見を言えるようになりたい。友達も欲しいしクラブにも入りたい」と述べました。

そこで治療者は、Aさんの不安や悩みの背後には”ちゃんとした自分でいたい、よりよい人間関係をつくりたい”という健康な欲求があることを伝え、Aさんの悩みを”とらわれ(悪循環)”として提示しました。

すなわち、人前で”ちゃんとしていたい”と思うからこそ、緊張・赤面を特別視し、それを排除しようとしてますます不安を強めているのではないかと問いかけたのです。

そのうえで、「不安そのものは自然な感情である。不安を排除するのではなく、それと付き合いつつ本来の欲求を発揮するにはどうしたらよいかを話し合っていこう」と伝え、治療目標を共有しました。

その際、日常生活やそこでの感情を振り返ることを目的に、日記療法の併用を提案しました。

こうした治療者の理解に納得したAさんは、不安をもちながらも大学生活に取り組み、そこでの体験を日記を通して振り返っていきました。

B.治療の地固めおよび展開期

治療前期の主な訴えは、授業中に指されることへの予期不安、および周囲の反応を恐れ意見もいえずに沈黙してしまう自分への嫌悪感であった。

そのためAさんは「何かいわなければいけない」と過度に構えて、よりいっそう緊張感を強めていました。

この頃の日記には「もっと幼い頃の方が考えずに行動していたと思います。
今は、あまり積極的に話しかけたら馴れ馴れしいと思われるのではないかとか考えて、他人が怖くみえてしまいます」
と過度に構えて自縄自縛に陥っている様子や、「先生に質問されるうちに、目が回るようなふらつく感じになりました。
私はとっさに考えるのが苦手で、冷静に頭が回らない」

と自分に無理な注文をつけて自己否定をしている様子が記載されていました。

そこで治療者は、Aさんが「かくあらねばならない」と構えて汲々としてとしている事実を明確化するとともに、まずは授業に出席し、自分なりにできることをやっていけば十分と支えていきました。

Aさんは、発言はできなくても、とりあえず授業の内容に注意を向けるように努めはじめ、意見を求められた際にはどきまぎしながらも考えを述べるようになりました。

こうしてAさんはグループでの発表やディスカッションにも何とか参加していったが、その事実をなかなか肯定的に認めることができず、周囲の友人と自分を比較しては否定的に解釈したり、思うようにいかないと「苦痛やつらいことばかり」と全否定してしまうパターンが認められました。

そこで治療者は、「引き算ばかりになっていないだろうか?」とAさんの欲求を問いかけながら、「せめてできること」を積み重ねていくよう励ましました。

その結果、徐々にではあるが「何とかできた」と自らを認める姿勢もみられるようになっていきました。

不全感は残しつつもそれをかかえながら行動するようになったAさんは、徐々にサークルやアルバイトへの関心を表現するようになりました。

それと同時に「思えば、高校のときから孤独感を感じていた」と他者との交流を求める気持ちも日記に記載されるようになりました。

しかし、新たな行動への欲求を示す一方で、「うまくいかないのではないか」という不安に揺れ動き、結局行動に踏み込めないといった状態を繰り返しました。

日記にも「春休みのあいだアルバイトをしよう、しようと思っていて、結局何もせずにおわってしまいました。

自分がとても情けなく、弱虫だと思いました。

できれば長期で何かやりたいが、こんなへなちょこな私にできるのだろうかと思います」と記載しています。

そこで治療者は、Aさんが「~したい」と思った事実を評価し、失敗も大事な経験の一つと励ましながら、欲求を実現するための手探りを促していきました。

また、躊躇しているあいだにアルバイトを逃してしまったときのAさんの悔しさにも注目し、「石橋を叩き過ぎて可能性を逃している、もったいない」と、それをバネにするよう後押しをしました。

こうした行きつ戻りつを繰り返した後、Aさんはようやくアルバイトに申し込み、面接までこぎつけることができました。

結果は不採用であったが、「今回、電話をできたことはよかった」と素直にその進歩を受け止め、それを機にいくつかのアルバイト先に応募し、最終的に採用になりました。

当然、新しい仕事を前に不安も強まったが、「とりあえず、やってみよう」という治療者の言葉に促され、苦手な接客業に取り組んでいきました。

慣れない客とのやりとりや仕事の失敗に落ち込み、涙することもあったが、それを投げ出すことはなく、現在も大学生活とアルバイトの両立に努めているところです。


社会不安障害/対人恐怖症に対する外来での森田療法の進め方を解説し、症例に即して治療の実際を提示しました。

社会不安にとらわれた自己の意識を脱焦点化し、不安の裏にある生の欲望を発揮し自己を生かしていくという方向性は、認知行動療法などとは異なる森田療法独自の観点です。

※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著