近年、社会不安障害(SAD)の薬物治療に関する研究は、めざましい勢いで進められてきています。
とくに選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)の有効性を検証する臨床試験は多く報告されており、それらの結果から、現在ではSSRIが治療の第一選択薬として位置づけられるようになっています。
また、ベンゾジアゼピン系抗不安薬がそれにつぐ第二選択薬として推奨されることが多いです。
SNRIの有効性も確立されつつあり、さらにはモノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)やγ―アミノ酪酸(GABA)アゴニストの有効性も報告されています。
β遮断薬も限定された適応ながら有効性が示唆されています。
今回、個々の薬剤の有効性を検討し、さらに実際の臨床において薬剤を選択する際に留意すべき点についてまとめました。
社会不安障害の症状について
社会不安障害の薬剤選択に関与する点を中心にしてポイントを整理しておきたいと思います。
1.全般性と非全般性
まず、社会不安障害は全般性と非全般性とに大別されます。
恐怖がほとんどの社会的状況にむけられている場合を全般性と定義しており、臨床的には慢性化した全般性社会不安障害が多いとされています。
非全般性社会不安障害は状況依存性(performande-related)であり、ある特定の場面のみに症状が出現するものを指します。
非全般性社会不安障害が存在することは確かであるが、治療を求めて受診することが少ないです。
2.併存疾患
社会不安障害は併存疾患の頻度が高いことが一つの特徴でもあります。
他の不安障害、感情障害、物質関連性障害、摂食障害、パーソナリティ障害などを高率に伴います。
また、他の精神疾患に先行して社会不安障害が出現するという報告も数多いです。
社会不安障害は併存疾患の存在をつねに念頭に置きながら治療にあたる必要があり、それが薬物選択の際の1つの判断基準にもなります。
社会不安障害の治療目標
社会不安障害、とくに全般性社会不安障害は慢性化し、病歴が長期になっていることが少なくない。
それに伴って、回避に伴うQOLの低下や日常生活機能の著しい障害をきたすことになります。
そこで治療目標として表1のようなことを考慮する必要があります。
表1.社会不安障害の治療目標
・恐怖や回避、身体症状をコントロール下におく
・自己評価やQOL、日常生活機能の改善を図る
・併存疾患の治療をおこなう
すなわち症状のコントロールのみでは社会不安障害を取り除いたということはできず、全人的な面からのアプローチが必要となるのです。
しかし、これらのすべての目標を達成することは薬物療法のみでは限界があり、とくに自己評価や日常生活機能の改善には認知行動療法との併用も考慮する必要があります。
薬剤の有効性
個々の薬剤について、さまざまな臨床試験がが試みられています。
以下にそれらを示すが、患者個人によって副作用や有効性に差が生じるため、個別に適した治療が必要であることはいうまでもありません。
また、各薬剤の反応率を表2、表3にて示しているが、これらは対象となった群の重症度や観察期間など、条件がさまざまに異なるため、一概におのおのを比較して論じることはできません。
表2.2005年時点でのSSRIの有効性
薬剤名 | 薬剤群 | プラセボ群 | 発表者 | 発表年 |
フルボキサミン | 46 | 7 | van Vlietら | 1994 |
フルボキサミン | 43 | 23 | Steinら | 1999 |
パロキセチン | 55 | 24 | Steinら | 1998 |
パロキセチン | 70 | 8 | Allgulander | 1999 |
パロキセチン | 66 | 32 | Baldwinら | 1999 |
セルトラリン | 50 | 9 | Katzelnickら | 1995 |
セルトラリン | 53 | 29 | Van Ameringenら | 2001 |
※薬剤群、プラセボ群=反応率(%)
表3.2005年時点でのベンゾジアゼピン系抗不安薬の有効性
薬剤名 | 薬剤群 | プラセボ群 | 発表者 | 発表年 |
アルプラゾラム | 38 | 20 | Gelernterら | 1991 |
クロナゼパム | 78 | 20 | Davidsonら | 1993 |
ブロマゼパム | 82 | 20 | Versianiら | 1997 |
gabapentin | 38 | 17 | pandeら | 1999 |
※薬剤群、プラセボ群=反応率(%)
1.SSRI/SNRI
SSRIはその有効性が多くの臨床試験により支持されています。
そのなかで代表的なプラセボとの比較検討試験は、表2のような結果になっています。
はじめて報告されたのは1994年のvan Vlietらによるフルボキサミンに関する研究であるが、プラセボでは治療反応率が7%であるのに対し、フルボキサミンを使用した群では46%と有意に高かったのです。
より大規模なSteinらの試験では、反応率はフルボキサミン43%に対しプラセボは23%であった。
これらから、フルボキサミンのプラセボに対する有効性が支持されています。
さらに、社会不安障害の3つの主要素である恐怖、回避、身体症状のいずれにもフルボキサミンは有効であると報告されています。
パロキセチンについても、その有効性が認められています。
用量は20~50mg/日(日本では40mg/まで)の使用とされているが、一方で20mgよりも40mgのほうが有効であるというエビデンスがあるわけではないです。
3つの臨床試験の反応率はパロキセチン対プラセボで55%対24%,70%対8%,66%対32%となっています。
Liebowitz Social Anxiety Scale(LSAS)による重症度の評価をおこなうと、第2週と第4週の時点でとくに有効性が高いことがみられます。
また、セルトラリンの有効性についての研究も存在し、やはり他のSSRI同様プラセボよりも有効性が高いです。
このように、SSRIはプラセボと比較して有意に高い有効性を示しており、また重篤な副作用の発現も少ないことから、社会不安障害の治療に適した薬剤といえます。
しかしながら、症状の残存する患者さんや、あるいはまったく効果のない場合もすくなからず認められ、さらにはSSRIの副作用が強く発現する症例もあることには当然のことながら留意しなければなりません。
また、SSRI個々の薬剤間における有効性の差異などは、臨床試験において証明されたものは存在しません。
ここでなぜSSRIが有効なのかであるが、社会不安障害の生物学的機序としてセロトニン系の機能異常を示唆する報告があり、前頭前野と扁桃体にSSRIが作用して効果を表している可能性が指摘されています。
なお、社会不安障害の患者さんに対して、食欲抑制薬として用いられるfenfluramineを投与すると、血中コルチゾールが上昇するという報告があります。
これはパニック障害の患者さんにおいても同様の上昇が認められ、さらにパニック発作を誘発することも知られています。
fenfluramineにはセロトニン放出促進作用があると考えられており、セロトニン系の異常が病態の一因とされるパニック障害に対して誘発的に作用した可能性があります。
血中コルチゾールの上昇という類似点を考慮すると、社会不安障害においてもセロトニン系の機能異常が示唆されます。
それゆえSSRIが有効である可能性があります。
ただしSSRIの使用に関してはいくつか注意すべき点があります。
まず、自殺の危険性のある患者さんに対しては禁忌とされているため、十分に注意しなければなりません。
フルボキサミンについては添付文書上、とくに記載されているわけではないが、同様に注意する必要があることは間違いありません。
とくに自殺と社会不安障害との関連性は強く示唆されており、希死念慮の有無を診察時に確認することは不可欠である。
また、近年問題となっている中止後発現症状にも注意しなければなりません。
SSRIの使用を突然中止すると、さまざまな症状を引き起こすことが知られています。
症状としてはめまい、嘔気、疲労感、無気力、頭痛、不安などがあり、症状の再発という誤解を患者さんに与える可能性もあります。
使用を中止する場合には適切な減量のペースと患者への十分な説明が必要となります。
また、SNRIであるvenlafaxineについても有効性が示されています。
わが国で導入されているミルナシプランについてはエビデンスとして確立されたものはないが、同様に有効性を有している可能性はあります。
2.ベンゾジアゼピン系抗不安薬・GABA
1991年にGelernterらがアルプラゾラムについての比較検討試験をおこなっています。
平均用量4.2㎎/日であり、その反応率は38%と、プラセボ20%に対して有意ではあるものの、同研究のなかで用いられたphenelzineの69%とくらべて低い反応率であることは否めません。
また、離脱症状も臨床的には問題となり、第一選択薬とはなりにくいと結論されています。
クロナゼパムに関しては、75人の患者に対するプラセボとの二重盲検比較検討試験がおこなわれています。
最大3mg/日で検討されているが、第一週までに早期の有効性があり、第10週まで持続します。
反応率は78%で、プラセボの20%と比較して有効性があります。
ただし、その一方で、社会不安障害の症状のなかで、身体症状に対する有効性は確立していません。
さらに高力価のベンゾジアゼピンであるブロマゼパムに関する試験は、プラセボの反応率20%と比較して、82%の高い反応率でした。
3つのプラセボ比較検討試験から、ベンゾジアゼピン系の有効性も指摘されており、社会不安障害の第二の選択肢として、さらにはSSRIやSNRIに対する忍容性の低い患者さんに対しては第一選択薬となり得ます。
また、ベンゾジアゼピンの有効な点として、効果の発現が早いことがあげられます。
そのため、挿話性で状況依存的なタイプの社会不安障害や、薬剤の必要なタイミングを予測することが可能になっている患者に対して有効であると考えられています。
さらに、部分的な治療反応しか示さない患者さんに対して、抗うつ薬との併用も選択肢の一つとして考慮すべきです。
ただし、社会不安障害と併存することの多い他の疾患、たとえばうつ病や強迫性障害、心的外傷後ストレス障害や全般性不安障害に対しては必ずしも有効性が確立しているわけではなく、その適応は必然的に限定されます。
また、依存や乱用の危険性を考慮しながら使用することが必要です。
とくに物質関連性障害の併存頻度も高く、適切な使用が望まれます。
その他、GABAを変化させるものとしては、gabapentinがあるが、反応率38%であり、プラセボ17%と比較して高くはあるものの、他の薬剤よりも低いです。
ただし、試験開始時のLSASが83~87点と他の試験にくらべて高値であり、治療反応に乏しい患者さんが試験に多く含まれていた可能性は否めず、一概に結論を出すことは難しいです。
第2世代の抗てんかん薬であるpregabalinもその有効性を示しているが、ただし高用量の場合である。
3.β遮断薬
2つの比較検討試験からは、β遮断薬であるアテノロールは有効性に乏しかったのです。
薬剤とプラセボとの有意差は得られていません。
アテノロール対プラセボで、1つは30%対23%、もう一方は38%対30%でした。
ただしβ遮断薬は、全般性社会不安障害の治療薬としては上述のように有用性に乏しいが、状況依存性すなわち非全般性の社会不安障害に対しては利点があるかもしれません。
ただ、非全般性社会不安障害についての文献はかぎられており、精神障害の分類と診断の手引き第3版(DSM-Ⅲ)以前の研究結果では中等度の有効性がβ遮断薬にあるとされました。
音楽家や人前に出る職業の人達に使われることもあり、また試験を受けるまえなど予測がつく場合に用いられてきました。
最近の非全般性社会不安障害の研究では、phenelzineが有効であるというが、状況に依存性の恐怖はそれほど頻繁に起こるものではなく、準備することが可能で、治療そのものには急速な効果が求められます。
そのため、効果発現の遅い抗うつ剤よりも、効果発現の早い抗不安剤や抗うつ剤などが有効である可能性もあり、そのなかでβ遮断薬は1つの選択肢となりうるでしょう。
4.MAOI
社会不安障害に対する薬物療法は、MAOIであるphenelzineが有効と考えられていました。
いくつかの比較対照試験でもその有効性は証明されています。
しかし、従来のMAOIは重篤な副作用をきたすことが広く知られています。
MAOI服用中の患者さんがチラミンを多く含んだ食物を摂取した場合の高血圧クリーゼや、あるいは他の薬剤との相互作用「などが問題となり、2005年時点で日本ではその使用が認められていません。
従来の非可逆的なMAOIに対して、重篤な副作用が少ないとされる可逆的モノアミン酸化酵素A阻害薬(RIMA)のうち、moclobemideやbrofaromineなどの有効性を検証した試験もあります。
その一方で批判的な報告もあり、その有効性が確立されているとはいいがたいです。
また、RIMAは古典的なMAOIと同様、2005年時点、日本では認可されていません。
5.その他
buspironeについては12週間のプラセボとの比較検討試験があります。
buspironeおよびプラセボのどちらの群も7%の患者さんのみが治療に反応し、有意差は認められませんでした。
ただし使用されたbuspironeは30mg/日であり、用量が不十分であった可能性もあります。
また5-HT3アンタゴニストであるオンダンセトロンなども有効性が示唆されています。
薬物選択の留意点
全般性社会不安障害では、現段階での第一選択薬はSSRIといってよいでしょう。
有効性が前述のように確立され重篤な副作用は少ないです。
また、他の精神障害を併存する場合にも有効であり、とくにパニック障害、うつ病などではSSRIの有効性は確立しています。
ただし、パニック障害をあわせて有していれば、SSRIの投与初期に不安発作を誘発することが知られているため、少量から投与を開始します、あるいはあらかじめ説明をしておく、対処法を示しておく、などといった配慮をすることが望ましいです。
また、うつ病を併存している場合には、SNRIもそれに準じる対応が必要です。
一方、全般性に特定されない社会不安障害の場合、β遮断薬や高力価ベンゾジアゼピン系抗不安薬が選択されてよいです。
しかし、身体疾患や物質関連性障害では考慮しなければならず、とくに高度の徐脈や房室ブロックなどの不整脈を有する患者さんではβ遮断薬は禁忌です。
依存傾向の強い患者さんに対するベンゾジアゼピン系抗不安薬投与も、乱用などの問題から好ましくないです。
また、第一選択として用いた薬物が有効性に欠ける場合には、併用療法も有効とされており、SSRIにβ遮断薬やベンゾジアゼピン系抗不安薬の追加投与が有効な場合があります。
薬剤変更についてはきちんとした検討がなされておらず、エビデンスにはかけています。
同種類の薬剤変更、たとえばSSRIのなかでフルボキサミンからパロキセチンに変更した場合についても、うつ病ではその有効性は示唆されているが、社会不安障害において同様か否かは検証されていません。
表4に薬剤選択の際の留意すべき点を列記しました。
これらを総合的に判断して最終的に薬剤の決定をすることが望ましいです。
表4.臨床症状
・全般性か非全般性か(非全般性ならばβ遮断薬も有効)
・パニック発作はあるか(SSRIや高力価ベンゾジアゼピン系抗不安薬の適宜使用が有効
・自殺の危険性はあるか(SSRIの使用については要検討)
合併・併存疾患
・身体疾患はあるか(徐脈や不整脈があればβ遮断薬は禁忌)
・パニック障害はあるか(SSRIの投与初期に注意)
・その他の不安障害はあるか
・うつ病はあるか
・アルコールなどの物質関連性障害はあるか(ベンゾジアゼピン系抗不安薬は依存や乱用の可能性がある)
今回、有効な薬剤の評価と、実際に使用する際の留意点について述べました。
前述したように、社会不安障害は長期に罹患する患者も多く、慢性疾患としての側面を強くもちあわせており、場合によっては数十年間にも及ぶこともあります。
表5に慢性化しやすい反応不良の因子をあげました。
表5.反応不良因子
・症状重症度
・臨床試験でのプラセボ使用歴
・アルコール常用者
・社会不安障害の家族歴
・収縮期高血圧や頻脈
・回避性および受動依存性パーソナリティ障害
長期化した場合には日常生活機能やQOLに大きく影響するため、症状を完全に消失することを目標とするのではなく、症状を有しながら日常の生活を送ることが可能となるよう、多面的なアプローチをおこない、そのなかの一つの選択肢として薬物療法を位置づけるべきであろうと考えられます。
※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著