社会不安障害は社会恐怖ともよばれ、1980年に精神障害の分類と診断の手引き第三版(DSM-Ⅲ)によりその診断基準がしめされて以降、欧米では多くの研究がなされるようになってきました。
その要因としては、DSM-Ⅲ以前は、ごくまれにみられる恐怖症という程度の認識であったものが大規模な疫学研究で高い有病率であることが示されたことと、その後この疾患に関し、薬物療法の有効性が示されたことが大きいと考えられます。
過度に恥ずかしがり屋な性格、または、ある種の人格的問題ととらえられていたことも多かった状態に薬物療法の有用性が示されたことは驚きをもって迎えられました。
さらに、社会不安障害は若年で発症することが多く、その後、うつ病やアルコール依存などの他の精神障害が併発してくることが多いことが知られるようになり、社会不安障害に対する早期の介入がその後に併発する精神障害を予防できるかどうかという点にも関心がもたれています。
今回、社会不安障害に対する薬物療法の研究の流れをふまえ、最近この疾患に対する薬物療法の研究の流れをふまえ、最近この疾患に対する第一選択薬と考えられるようになっている選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)のコントロール研究を中心に概観してみたいと思います。
社会不安障害に対する薬物療法
社会不安障害に対する薬物療法として1990年代前半は非可逆性のモノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)であるphenelzineの有効性について検討されていました。
3つのプラセボ対照二重盲検試験がおこなわれ、phenelzineは65~75%治療反応性を示し、プラセボに対し有意であることが報告されました。
しかし、MAOIは副作用とチラミン含有物の食事制限などが必要なこともあり、忍容性と安全性の面から問題が指摘されていました。
その後、忍容性と安全性の面から可逆性のモノアミン酸化酵素阻害薬であるbrofaromineとmoclobemideについて検討がなされました。
brofaromineはプラセボ対照二重盲検試験により有効性が示されていたが、世界的に市場からなくなったために使用は不可能となりました。
moclobemideは当初有効性が期待されましたが、大規模なプラセボ対照二重盲検試験により有効性が低い結果となり第一選択薬となるには至らなかったです。
ベンゾジアゼピン系薬物についてはアルプラゾラムとクロナゼパムについて検討されています。
アルプラゾラムは65例の社会不安障害患者に対して12週間でphenelzine、集団認知行動療法、プラセボとの比較試験がおこなわれたが、治療反応性はphenelzineが69%、アルプラゾラムが38%、集団認知行動療法が24%、プラセボが20%であったといいます。
クロナゼパムについては75例の社会不安障害の患者さんに対してプラセボ対照二重盲検試験がおこなわれ、治療反応性はクロナゼパムが78%、プラセボが20%でした。
ベンゾジアゼピン系薬物はある程度有効であると考えられたが、社会不安障害にアルコール依存、薬物依存が併発しやすいことを考慮すると、依存性の観点からベンゾジアゼピン系薬物は第一選択薬とはなり得ていません。
その他の薬物療法として、三環系抗うつ薬については明らかな有効性を示すコントロール研究は報告されていません。
β遮断薬については、演奏家などで比較的正常範囲の行為状況に対する不安の軽減に使用されていたが、全般性の社会不安障害に対し有効性を示すコントロール研究は報告されていません。
社会不安障害に有効性を示す可能性がある薬物としては、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるvenlafaxine、抗てんかん薬のgabapentin、5-HT1A受容体アゴニストのbuspironeなどが検討されているが、いまだ少数の報告にとどまっています。
一方、1990年代中盤以降社会不安障害に対するSSRIの有効性について検討されるようになり、多くのコントロール研究がおこなわれています。
以下、社会不安障害に対するSSRIの効果についての報告を概観してみたいと思います。
SSRIの治療効果
SSRIによる短期治療効果(表1)
表1.社会不安障害に対するSSRIのプラセボ対照二重盲検試験
報告者 | 症例数 | 期間(週) | 治療 | 治療反応性(%) |
van Vlietら(1994) | 30 | 12 | フルボキサミン | 46 |
プラセボ | 7 | |||
Steinら(1999) | 92 | 12 | フルボキサミン | 43 |
プラセボ | 23 | |||
Katzelnickら(1995) | 12 | 10 | セルトラリン | 50 |
プラセボ | 9 | |||
vab Ameringenら(2001) | 204 | 20 | セルトラリン | 53 |
プラセボ | 29 | |||
Steinら(1998) | 187 | 12 | パロキセチン | 55 |
プラセボ | 24 | |||
Baldwinら(1999) | 290 | 12 | パロキセチン | 66 |
プラセボ | 32 | |||
Allgulanderら(1999) | 92 | 12 | パロキセチン | 71 |
プラセボ | 8 |
SSRIは、社会不安障害の薬物療法として現在では最も多く検討がなされています。
コントロール研究により最初に有効性が示されたSSRIはフルボキサミンでした。
van Vlietらは、12週間の期間、30例でフルボキサミンのプラセボ対照二重盲検試験を行いました。
治療反応性の判定をLiebowitz Social Anxiety Scale(LSAS)得点が50%減少したものとすると、12週間でプラセボ群の7%に対しフルボキサミン群は46%の治療反応性を示したといいます。
その後、Steinらは全般性社会不安障害の患者さん92例を対象としフルボキサミン(平均投与量202mg/日)のプラセボ対照二重盲検試験をおこないました。
Clinical Global Impression(CGI)スケールでは12週間でプラセボ群23%に対しフルボキサミン群は43%の治療反応性を示しました。
また、フルボキサミン群は心理社会的障害の程度においてもプラセボ群に対し有意な改善を示したといいます。
日本においても、10週間の期間で全般性社会不安障害の患者さん265例を対象としたフルボキサミンのプラセボ対照二重盲検試験がおこなわれ、LSAS日本語版、CGIスケール、心理社会的障害の程度は、いずれもフルボキサミン群でプラセボ群に対し有意な改善を示しました。
KatzelnickらによりつぎなるSSRIのコントロール研究が行われました。
これは、DSM-Ⅲ-Rの診断基準を使用し、12例の社会不安障害の患者さんに対しflexible doseのクロスオーバー試験をセルトラリンとプラセボを使用し10週間でおこなわれたものです。
10週後、2週間の減薬期間、2週間の休薬期間を設けた後にセルトラリンとプラセボをクロスオーバーし、さらに10週間試験がおこなわれました。
その結果、プラセボ群9%に対しセルトラリン群50%が治療反応性を示したと考えられます。
治療開始時からのLSAS減少の平均はセルトラリン群で22.0点、プラセボ群で5.5点(P<0.05)でした。 その後、Van Ameringenらは、多施設共同研究で204例の社会不安障害の患者さんに対しflexible dose(≦200mg/日)で20週間の期間でセルトラリンのプラセボ対照二重盲検試験をおこないました。 CGIスケールではプラセボ群の29%に対しセルトラリン群は53%の治療反応性を示しました。 また、Brief Social Phobia Scale(BSPS)の減少はプラセボ群18.6%に対しセルトラリン群34.3%(p<0.001)であったといいます。 パロキセチンは社会不安障害に対して最も多くのコントロール研究がなされているSSRIです。 Steinらは187例の社会不安障害の患者に対し12週間でパロキセチンのプラセボ群の24%に対しパロキセチン群で39.1%、プラセボ群で17.4%であったといいます。 Baldwinらはflexible dose(20~50mg/日)で全般性の社会不安障害の患者さん290例に対しパロキセチンのプラセボ対照二重盲検試験を行いました。 12週後の時点でプラセボ群の32%に対しパロキセチン群は66%の治療反応性を示したと考えられました。 Allgulanderは92例の社会不安障害の患者さんに対し12週間でプラセボ対照二重盲検試験をおこないました。 プラセボ群8%に対しパロキセチン群は71%の治療反応性を示したと考えられ、さらにパロキセチン群はLSASの下位評価である恐怖感/不安感得点、回避行動得点ともにプラセボ群に対し有意に改善し、BSPSにおいても有意に改善したと報告しています。 これらのコントロール研究の結果から、社会不安障害に対してSSRIが効果を示すことがエビデンスとして確立してきており、とくに全般性の社会不安障害に対する薬物療法としては第一選択薬となってきています。 さらに、SSRIは比較的副作用が少なく忍容性の面からも投与しやすく、社会不安障害にうつ病などの併発が多くみられることからも推奨される薬物療法と考えられます。 2.SSRIによる長期治療効果(表2) 表2.社会不安障害に対するSSRIの長期治療研究
報告者 | 症例数 | 研究方法 | 治療 | 治療反応性(%) | 再発率(%) |
Steinら(1996) | 36 | 11週間オープン試験 治療反応例を無作為化し 12週間治療(n=16) |
パロキセチン | 64(オープン) | 13 |
プラセボ | 63 | ||||
Hairら(2000) | 380 | 12週間オープン試験 無作為化し24週間治療 (n=323) |
パロキセチン | 85(オープン) | 14 |
プラセボ | 39 | ||||
Kumarら(1999) | 90 | 12週間コントロール試験 24週間オープン試験 無作為化し16週間治療 |
パロキセチン | 89(オープン) | パロキセチン群がプラセボ群より有意に改善 |
プラセボ | |||||
Walkerら(2000) | 240 | 20週間コントロール試験 治療反応例を無作為化し 24週間治療(n=50) |
セルトラリン | 4 | |
プラセボ | 36 |
社会不安障害に対するSSRIの短期治療効果についてはほぼ確立してきているが、長期治療効果についての研究はまだ少ないです。
社会不安障害は治療しなければ慢性の経過をたどる疾患と考えられているため、今後、長期治療効果に関する研究も必要と考えられます。
Steinらは、パロキセチンを使用した11週間のオープン試験で治療反応性を示した23例中16例を無作為化しパロキセチンとプラセボに振り分け、さらに12週間治療を続けました。
その結果、再発率はパロキセチン群は13%であったのに対し、プラセボ群は63%に達したといいます。
さらに、多数例の多施設共同研究をHairらが報告しています。
これによると、12週間のパロキセチンによる単盲検試験を380例の社会不安障害の患者さんに対しおこない、その後、パロキセチンに治療反応性のあった323例を無作為化しパロキセチン(20~50mg/日)とプラセボに振り分け、さらに24週間治療した、あわせて36週間の検討では、再発率はパロキセチン群は14%であったのに対し、プラセボ群は39%であったといいます。
また、90例の12週間のパロキセチンのプラセボ対照二重盲検試験を完了した社会不安障害の患者さんに対し、さらに24週間のパロキセチンのオープン試験をおこない、その後無作為化しパロキセチンとプラセボに振り分け、16週間治療を続けた検討があります。
この検討では、パロキセチンに治療反応性を示した症例は、最初の二重盲検試験ではプラセボ群24%に対しパロキセチン55%であったが、その後の24週のオープン試験終了時にはパロキセチン群は89%が治療反応性を示したといいます。
さらに再無作為化後16週の治療をおこない、合計40週を含めての検討ではパロキセチンによる治療を継続した方が有意に有効であったといいます。(p<0.05) Walkerらは20週間のセルトラリン(50~200mg/日)のプラセボ対照二重盲検試験で治療反応性のみられた50例を無作為化しセルトラリンとプラセボに振り分け、さらに24週間治療をつづけました。 44週の時点でセルトラリンによる治療継続群の再発率は4%であったのに対しプラセボ群では36%が再発したといいます。 これらの結果から、SSRIによる社会不安障害の治療は最低一年間は継続したほうがよいとされています。
SSRIによる治療の実際
社会不安障害の治療においては、SSRIによる薬物療法および認知行動療法が有効であるとの報告が多いです。
しかし、日本では本格的な認知行動療法を施行できる施設はまだ少ないと考えられるため、SSRIによる治療が第一選択になることが多いと思われます。
また、うつ病や強迫性障害などの併発が認められる場合は、SSRIにより治療を開始したほうがよいと思われます。
社会不安障害の患者さんが医療機関を受診する場合、症状のために苦痛を伴って生活していた期間が比較的長期に及んでいることが多いです。
また、治療も年単位で考えた方がよいため、治療初期には中断を防ぐ工夫が必要と考えられます。
SSRI投与初期に出現しやすい副作用による中断を防ぐため、少量(フルボキサミン25mg/日、パロキセチン10mg/日程度)より治療を開始したほうがよいと思われます。
薬物療法を施行する際、薬物に対する効果の期待が大きくなることが考えられ、また、SSRIの社会不安障害に対する効果は比較的緩やかに出現してくるため、治療開始時には3カ月程度治療継続後に有効性の判断をすることをあらかじめ説明したほうがよいと考えられます。
このあいだ、副作用の出現などを確認しながら徐々にに投与量を増量していきます。
効果が認められる場合は、再発に注意しながら1年間は薬物療法を継続します。
このあいだ、症状はさらに軽減していくことが多いです。
治療反応性がみられにくい投与初期については、依存性に注意しながら短期間ベンゾジアゼピン系薬物を併用することも可能かもしれません。
最初に使用したSSRIによる効果不十分例についての検討はあまりなされてはいないが、つぎのSSRIに変更してみる、あるいはSNRI(日本ではミルナシプラン)に変更してみることを考慮することも可能かもしれません。
部分的な改善例に対する増強療法としては、5-TH1A受容体アゴニスト(日本ではタンドスピロン)やSNRIの追加投与も考慮されるが、これらについては実証的な研究はまだありません。
社会不安障害についての診断基準が示され、とくに1990年代からはその薬物療法に関する知見が積み重ねられてきました。
そのなかで、現在ではSSRIがこの疾患に対する第一選択薬と考えられるようになってきています。
社会不安障害は若年期に発症し、治療しなければ慢性に経過し学業や仕事、結婚など社会生活全般に大きな障害となることが指摘されています。
また、発症後にはうつ病やアルコール依存など他の精神障害が併発してくる可能性が高くなることが指摘されていることから、今後、児童青年期の時点での介入についても検討されなければならないと考えられます。
寛解状態を維持し、再発を予防するためにも有効な精神療法との組み合わせも考慮していく必要があります。
わが国でも、社会不安障害に対する理解が進み、この疾患により大きな苦痛を伴っていると考えられる多くの人達の生活が改善されることが望まれます。
※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著