社会不安障害は慢性に経過する可能性の高い疾患であり、その薬物療法にあたっては、必然的に長期投与になる可能性は高いです。

しかし長期投与における薬物の効果、安全性についての研究は少なく、個々の薬物ごとに体系化した見解が得られているとはいいがたいです。

最近、比較的長期のプラセボ対照無作為化比較試験の報告がおこなわれています。

ここでは、

1.いつまで薬物療法をつづければよいのか

2.薬物療法にかわる維持療法はないか、という2点について、二重盲検・無作為割りつけ・プラセボ対照試験などのエビデンスにもとづいた報告を中心に、現在までの知見を概説します。

いつまで薬物療法をつづければよいのか

最近、社会不安障害の治療薬として選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が主流となってきています。

パロキセチンを使った長期研究はつぎのものがあります。

多施設におけるプラセボ対照無作為割りつけ試験において、パロキセチンを使って12週間、437名の患者を治療したところ、323名に治療効果がみられました。

さらにパロキセチン(n=162)、プラセボ(n=161)に無作為に割りつけられ、24週間治療継続された結果、パロキセチン群はプラセボ群にくらべて、有意に再発が少なかったのです(14%対39%,オッズ比0.24,95%信頼区間0.14~0.43;p<0.001)。 さらにパロキセチン群はプラセボ群にくらべて、研究の最後でClinical Global Impression-globalimprovement(CGI-I)上で症状の有意な改善がみられました(78%対51%,オッズ比3.66,95%信頼区間2.22~6.04;p<0.001)。 またパロキセチン群は、Liebowitz Social Anxiety Scale(LSAS),Social Phobia Inventory,Sheehan Disability Scale(SDS),Symptom Checklist 90 score,EuroQol visual analogue scaleで調べられた社会恐怖の症状をプラセボ群にくらべて有意に(p<0.001)改善しました。 このことは、パロキセチンが症状を改善し社会的に満足のいく生活を増進させることを示唆しています。 ほかにパロキセチンを使った報告としては、12週間のパロキセチンによる二重盲検対照試験に効果のあった16名の患者を、引き続き12週間、パロキセチン継続群とプラセボへの変薬群とに分けて効果をみた研究があります。 再発率はパロキセチン継続群が13%で、プラセボへの変薬群は63%でした。 対象数が少なく、統計的には有意な差はみられなかったが、早期のパロキセチン投与中止により再発率が高まる可能性を示唆しています。 フルボキサミンを使った研究では、多施設におけるプラセボ対照試験において、12週間のフルボキサミンによる治療に効果のあった患者109名を、フルボキサミン(n=56)、プラセボ(n=53)に無作為に割りつけ、さらに12週間治療継続したところ、プラセボ群にくらべてフルボキサミン群では、LSAS,CGI-I,SDS上で、有意ではないが症状の改善がみられたと報告しています。 また副作用も少ないことから、フルボキサミンは安全性、忍容性にもすぐれているとしています。 また、セルトラリンを使用した研究も2つあります。 203名の患者がセルトラリンかプラセボに割りつけられました。 セルトラリンはプラセボにくらべ、20週間後には効果においてすぐれていました(53%対29%)。 セルトラリンの効果のあったものは、つづいて薬物療法継続かプラセボに無作為に割りつけられ、24週間治療が継続しました。 再発率はセルトラリンを服薬持続した群では4%で、プラセボへ移行した群は36%で有意な差がみられました。 またプラセボへ移行した群のうち20%では、有害作用で試験中止したのに対し、セルトラリンを持続した群では0%でした。 24週の時点における最終的な有害作用による試験中止率は、プラセボへ移行群の60%に対して、セルトラリンを服薬持続した群では12%で、有意差がみられました。 これらの報告は、5カ月間のSSRIによる治療後も投与中止すれば12~24週以内に高い再発率があることを示唆しています。 最も長期に経過を追った研究は、クロナゼパムを用いたConnorらの研究があります。 6カ月間のクロナゼパムによる治療に反応した患者を、二重盲検下で治療継続群とプラセボ群に分け、さらに5カ月間経過観察しました。 クロナゼパム群では0%、プラセボ群では21.1%に再発がみられました。 この研究から、少なくとも11カ月の維持投与により、再発率は低下する可能性が示唆されます。 他に長期に経過を追った研究では、可逆的モノアミン酸化酵素A阻害薬であるmoclobemideを用いたVersianiらの報告があります。 99名の患者さんが2年間moclobemideで治療されたところ、その約30%が効果不十分という理由、および約10%が再発を理由に研究から脱落しています。 また、残った59名に対して2~4カ月間の休薬期間をおいたところ、その88%に再発がみられたとしています。 この研究では、休薬後に著しい再発がみられているが、この研究では、休薬後に著しい再発がみられているが、この研究では急激な薬物の減量がおこなわれていること、また無作為化試験ではないことから、一概に再発率が高いとはいえないかもしれません。 モノアミン酸化酵素阻害薬であるphenelzineを用いた研究では、Liebowitzらの報告があります。 phenelzineによる12週間の急性期治療に反応した14名の患者さんに、さらにphenelzineが6カ月間維持投与されたところ、23%(3名)に再発がみられたとしています。 引き続き治療効果のあった9名の患者さんは薬物投与を中止され、さらに6カ月間経過観察されたところ、そのあいだにさらに30%(3名)に再発がみられたとしています。 この研究から、6カ月間の維持投与中やその中止後にも再発がありうる可能性を示しているが、この研究は認知行動療法との効果の比較をみた研究で、維持投与時にプラセボ群を設けていません。 ほかにphenelzineを用いた研究として、Versianiらは二重盲検下において、16週間のphenelzineによる治療に効果のあった患者さんのうち9名はphenelzineを投与継続し、11名は2週間かけてプラセボに変薬し、さらに8週間経過観察したところ、プラセボに変薬した群では、CGI-IやSDSなどの評価尺度上、症状の再発がみられたと報告しています。 Liebowitzらもまた、16週間のphenelzineによる治療に効果のあった患者さんのうち4名はphenelzine投与続行、6名は2週間かけてプラセボへ変薬した群に分けて、さらに8週間経過観察したところ、phenelzine投与群では再発がなかったのに対し、プラセボ投与群では3分の1の患者に再発がみられたとしています。 これらは無作為割りつけ研究であるが、その対象数も少なく、統計的な有意差はみられません。 しかし16週間の治療後でも、薬物維持投与しなければ再発がみられる可能性を示唆しています。

薬物療法にかわる維持療法はないか

Gelernterらは、12週間のphenelzine治療+自己曝露訓練に反応した10名の患者さんにおいては、薬物療法中止後2カ月経ってもプラセボ群に比較して有意にphenelzineの効果の喪失はなかったと報告しています。

認知行動療法の併用は、薬物投与中止後、治療効果の維持を促進しているかもしれないとしています。

Heimbergらは12週間、認知行動療法群、phenelzine投薬群、プラセボ群に分け、治療効果をみたところ認知行動療法群とphenelzine投与群は、プラセボ群よりも効果があったと報告し、両治療の併用により治療効果が増すことを示唆しています。

以上から、いままでの報告はかぎられたものであるが、患者さんが薬物治療に反応した後は少なくとも3~6カ月の維持療法が必要であり、近年薬物治療の主流となっているSSRIは安全性、忍容性にもすぐれていることから、すくなくとも1年以上の継続的投与が望ましいといえます。

Van Ameringenらもそれまでの長期研究の報告をまとめ、SSRIでは1年以上の継続的投与を勧めています。

これ以上の期間の維持療法の必要性については、今後の研究が待たれます。

今後の課題として、つぎのような研究が期待されます。

1.症状が寛解した後に、薬物療法は6カ月を超えてどれくらいの期間投与が必要か。

2.薬物療法、認知行動療法などの併用により、治療効果に変化があるのかをみる研究。

3.全般性社会不安障害にかぎった研究がほとんどであるので、その恐怖が特定の社会的状況に関連したサブタイプについての長期研究。

4.DSM-Ⅲ、DSM-Ⅳなどの診断基準による社会不安障害と「対人恐怖症」における長期研究。

※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著