社会不安障害は非常に頻度の高い疾患であることがわかってきました。

疫学研究から、社会不安障害の人は地域の一般の人々にくらべて収入が少ない、失業率が高い、経済的に独立しにくい、そして十分な教育を受けられないと報告されています。

これらのことから考えると、社会不安障害に苦しんでいる人の生活の質(quality of life:QOL)は低下していると予測されるが、実情に関するデータは乏しいです。

ここでは、QOLの概念とその測定方法、社会不安障害の患者さんのQOLの現状、そして社会不安障害の治療が患者さんのQOLをどのように改善するかに焦点を当てます。

QOLの考え方とその測定

1990年代になり、精神科医をはじめとして医学の広い領域の臨床家、研究者のあいだにQOLについての関心が高まりました。

それを反映して多くの研究論文が発表されるようになりました。

しかし、QOLの概念の発展は、これらの研究の進展に比べると遅れていました。

とはいえ、QOLは患者さんの主観的な体験を含むものであるという点にはコンセンサスが得られています。

すなわち、生活の満足感、全体としての良好さ、生活の満足感、全体としての良好さ、生活状態の受け取り方などが、精神健康の評価と治療において重要だという事は認められています。

健康に関するQOLを測定するには2つの方向があります。

一つは、慢性疾患の影響をいろいろな面から包括的に評価するものであり、障害(impairment)、能力障害(disability)、ハンディキャップおよび主観的良好さ(well-being)を評価します。

他の一つは、身体的、精神的および社会的良好さを測定して得られる患者さんの転帰を用いるものです。

障害は疾患を引き起こしている心理的あるいは生物的な構造をいいます。

たとえば恐怖症では脳内の受容体の機能異常を意味します。

能力障害は行動面での機能異常であり、社会的な行為を制限する臨床症状を意味します。

主観的良好さは個人の受け取り方で、QOLに相当します。

ハンディキャップは良好さに対する不利あるいは不満足を意味します。

以前は社会的な見地から判断されていたが、しだいに患者や家族からみた不利とみなされるようになりました。

今日では、健康に関するQOLが自覚的良好さあるいは満足感を示すものとして、ハンディキャップのかわりに用いられるようになりました。

本来のQOLでは、機能状態に対する満足感や全般的な良好さが重視されます。

主観的良好さはその人自身によってしか評価できないので、自己記入式の質問表が必要です。

ただし、精神疾患やその治療がもたらす影響を測定するには、主観的な体験に加えて、仕事や社交面での活動や生活状況などといったQOLの客観的な指標で補うことも大切である。

QOLの質問表は、調べる内容からみて、疾患が患者に与える特異的な影響を測定するものと、特定の疾患にかぎった影響ではなく、病気であることや症状の存在自体に関連した一般的な影響を評価するものに分けられます。

前者には治療中の臨床的な変化を敏感に把握できるMedical Outcome Study 36-Item Short Form Health Survey (SF-36)があります。

SF-36は自己記入式の短い質問表で、能力障害と良好さについて、身体機能、身体的な役割の制限、身体の痛み、全般的な健康、バイタリティ、社会機能、精神的な健康、精神的な役割の制限の8領域を調べます。

後者にはQuality of Life Inventory(QOLI)などがあり、いろいろな障害の患者さんを比較できます。

能力障害を測定する尺度にはLiebowitz Self Rated Disability Scale(LSRDS)やSheehan Disability Scale(SDS)がある。LSRDSは11項目からなり、現在と過去で最も悪かったときの障害の程度を判定します。

領域として、教育、就業、家族、社交とロマンチックな関係、毎日の活動をこなす能力が含まれています。

SDSは仕事、社交、家族の3項目についての自己評価スケールで支障のない場合の0から、きわめて高度な支障がある10までの11段階で評価します。

仕事には学業や家事も含まれます。

社交では、人付き合いや余暇の過ごし方を評価します。

家族は家族内コミュニケーションや役割をみます。

社会不安障害の患者さんのQOLと能力障害

1.QOL

社会不安障害の一般的なQOLについての研究が2つあります。

Wittchenらは、共存疾患のない、精神障害の分類と診断の手引き第3版改訂版(DSM-Ⅲ-R)の基準を満たす社会不安障害の患者さん65人のQOLを、ヘルペス感染歴のある65人と比較しました。

平均年齢はおのおの36.9歳と37.2歳で、両群ともに女性41名、男性24名でした。

慢性疾患である社会不安障害がもたらす能力障害をみるために、対照群として健常者ではなく、同じく動揺性の経過をとる慢性の身体疾患であるヘルペス疾患患者さんに協力をいただいた。

QOLはSF-36で評価しました。

社会不安障害では身体機能は比較的良好であるが、それ以外はすべて対象群より劣っていた。

とくに、社会機能、バイタリティ、精神健康、および精神的な問題から生じる役割制限の項目で低く評価していました。

その後、Wittchenらは199677年の研究を発展させ、共存疾患のない社会不安障害の患者さん65人に加えて、大うつ病などの共存疾患がある社会不安障害の患者さん51人、およびDSM-Ⅲ-Rの社会不安障害の診断基準を満たすが機能障害・苦痛の項目は満たさない閾値下社会不安障害の患者さん34人のQOLを、ヘルペス疾患患者65人の対照群と比較しました。(表1)

表1.社会機能、バイタリティ、精神的な問題から生じる役割制限からみた社会不安障害の患者さんのQOL

共存疾患のない社会不安障害
(65人)
共存疾患のある社会不安障害
(51人)
閾値下社会不安障害
(34人)
対照群
(65人)
高度な低下 15人23.1% 26人51.0% 7人20.6% 1人1.5%
明らかな低下 16人24.6% 16人31.4% 12人35.3% 2人3.1%
軽度な低下/低下なし 34人52.3% 9人17.6% 15人44.1% 62人95.4%

共存疾患のない社会不安障害、共存疾患のある社会不安障害、閾値下社会不安障害はいずれも、対照群よりQOLが不良でした。

とくに社会機能、バイタリティ、精神的な問題から生じる役割制限についてみると、高度に低下していた例は、共存疾患がない社会不安障害で23.1%、共存疾患のある社会不安障害が51.0%、閾値下社会不安障害は20.6%でした。

明らかな低下はそれぞれ24.6%,31.4%,35.3%にみられました。

対照群では95.4%はQOLの大きな低下はなかったです。

Bechらは自己評価式チューリッヒQOLを用いて、仕事・家事、経済、友人関係、身体的良好さ、精神的良好さ、パートナー関係、家族関係、小児期の状況などについて、社会不安障害、閾値下社会不安障害、社会不安症状を持つ例、他の気分・不安障害、および対照群の5群を比較しています。(表2)

表2.社会不安障害、他の気分・不安障害、対照群のQOL

身体 精神 仕事 友人 パートナー 小児期
社会不安障害 3.14 3.28 3.31 3.41 2.90 2.71
閾値下社会不安障害 2.91 3.09 3.24 3.32 2.82 3.15
社会不安症状 3.41 3.21 3.25 3.43 3.53 2.83
他の気分・不安障害 3.25 3.33 3.21 3.66 3.54 3.07
対照群 3.49 3.58 3.57 3.69 3.64 3.37

1:非常に悪い 5:非常に優れている

社会不安障害、閾値下社会不安障害および社会不安症状例はいずれもすべての領域で、対照群よりQOLが低かったです。

さらに社会不安障害は友人関係、パートナー関係および小児期の状況を他の気分・不安障害のひとよりも悪く評価していました。

他の不安障害の患者さんと比較して、社会不安障害の患者さんのQOLにはどのような特徴があるかを調べた研究があります。

Simonらは1993~2000年のあいだにマサチューセッツ総合病院における薬物療法の臨床試験に参加した社会不安障害の患者さん33人(男12人、女21人)、および彼らと年齢・性別を一致させたうつ病や共存疾患のないパニック障害の患者さん33人について、SF-36を用いてQOLを調べました。(表3)

表3.社会不安障害とパニック障害のQOL-一般人との比較-

社会不安障害 パニック障害 一般人
身体機能※ 92.9 79.6 89.4
身体的役割※ 86.4 54.9 86.2
体の痛み 80.0 68.1 77.8
全般的健康 80.1 71.1 75.4
バイタリティ 59.4 51.5 61.2
社会機能※* 65.9 61.0 84.5
精神的機能 67.9 55.5 82.0
精神健康※* 58.5 47.7 74.0

※社会不安障害とパニック障害で差ありp<0.05 *社会不安障害と一般人で差あり、p<0.05 一般人2,474人から得られた標準値と比較すると、社会不安障害の患者さんは一般人にくらべて、社会機能と精神健康の項目が有意に低く、精神的役割機能も低い傾向がありました。 しかし、身体機能、身体的役割、精神健康での低下はパニック障害の患者さんより軽かったのです。 SchonfeldらもSF-36を用いた研究で、社会不安障害よりもパニック障害のほうが障害が高度であったといいます。 しかし、パニック障害よりも社会不安障害のほうが就業などの生活状況の困難が大きいという報告もあります。 Lochnerらも、社会不安障害(64人)のQOLを、DSM-Ⅳのパニック障害(53人)と強迫性障害(220人)で比較しています。 いずれの不安障害のQOLも、全般的に低下している点では類似していたが、強く障害されている領域は不安障害によって異なっていました。 強迫性障害は家族生活と日常生活動作の低下が、パニック障害では処方されない薬を使用することが示されました。 社会不安障害では社交とレジャー活動で高度に低下していました。 そして、症状が重症な場合のほうがQOLの低下は著しかったのです。 社会不安障害ではその他に、ロマンチックな関係、社交的なネットワーク、友人の少ない事、デートの困難、結婚の障害なども報告されています。

2.能力障害

WittchenらはLSRDSを用いていろいろな領域における社会不安障害に特異的な障害の重症度を判定しました。

パートナー関係、教育・経歴の昇進、家事・仕事の管理、家族関係の障害が最も高度でした。

アルコールや薬物の使用、毎日の生活での問題、生活の楽しみの制限、友人関係は障害が軽かったです。

なお、SF-36とLSRDSは有意な相関を示しました。

社会不安障害では就業状態が悪く、生産性が低いといわれます。

Work Productivity and Impairment質問表でみると、社会不安障害では全体的な生産性は有意に低く、11.4~12.4%減少していると推定されました。

未就業者も対照群の3.1%にくらべて11%と有意に高率でした。

また一週間のあいだに8.3%の人が仕事を休んでおり、時間にすると平均11.7時間に達しました。

また23.3%は仕事に障害があったといいます。

27.7%は日常生活での活動低下を認めているが、対照群では4.6%に低下を認めたにすぎません。

これら就業上の問題はいずれもQOLの低下につながります。

共存疾患のない社会不安障害をLSRDSで測定した障害を、共存疾患のある社会不安障害、閾値下社会不安障害と比較すると、障害のないときを100としたとき、共存疾患のない社会不安障害は82.0、閾値下の社会不安障害は87.6とほぼ同じ程度の低下をみたが、共存疾患のある社会不安障害では67.9と低下が大きかったです。

内容的には、共存疾患のある社会不安障害とない社会不安障害で最も低下の大きいのはロマンチックな関係でした。

仕事・家事、教育、社会ネットワーク、その他の関心、家族関係も両者とも高度に低下していました。

就業状態については、仕事のない人は、共存疾患のない社会不安障害は10.8%、共存疾患のある社会不安障害は21.6%、閾値下社会不安障害は11.8%で、対照群は3.1%にすぎなかったです。

さらに就業している人について生産性をみると、低下なしを0、全く仕事ができないを100として、共存疾患のない社会不安障害の11.4、共存疾患のある社会不安障害の12.4に対して、閾値下社会不安障害は3.4で、対照群は1.5であった。

このように社会不安障害は共存疾患のあるなしにかかわらず、高度な能力障害に苦しんでおり、閾値下の社会不安障害でも事情は同じであるが、ただ生産性の低下は少ないです。

社会不安障害は慢性の長くつづく病気であり、一般的なQOLの低下と特定の社会的役割の数多くの障害と能力障害をもたらします。

教育の成果、経歴の昇進、仕事の生産性、人間関係が最もひどく影響を受けると結論できます。

※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著