社会不安障害は他人の注視を浴びるかもしれない社会的状況において持続的な恐怖を感じる疾患です。
青年期に好発し、強い不安感のため学業や職業上の障害が生じる場合があります。
治療薬としてベンゾジアゼピン系抗不安薬、抗うつ薬(三環系抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)、5-HT1A受容体アゴニストが用いられます。
ここでは、各治療薬剤の副作用とその対応について述べます。
社会不安障害の薬物治療
社会不安障害でみられる不安感、恐怖心や自律神経症状に対して症状改善目的にさまざまな向精神薬の投与がおこなわれます。(表1)
表1.社会不安障害に対する治療薬
1.ベンゾジアゼピン系抗不安薬
2.抗うつ薬
三環系抗うつ薬(TAC)
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
3.5-HT1Aアゴニスト
ベンゾジアゼピン系抗不安薬
他人の注視を浴びる状況での行為に伴う不安に対して、ベンゾジアゼピン系抗不安薬が用いられます。
不安発作にはアルプラゾラムやロラゼパムが、また不安感、恐怖心に対してはエチゾラムやクロキサゾラムなどが有効です。
1.ベンゾジアゼピン系抗不安薬の副作用
頻度の高い副作用は眠気、めまい、ふらつき、倦怠感など。
時に認められる副作用は食欲不振、口渇、排尿困難、低血圧など、稀に認める副作用は振戦、発疹、浮腫、月経異常などである。
臓器別に現れる副作用は表2のとおりである。
表2ベンゾジアゼピン系抗不安薬の臓器別副作用
心血管系:低血圧、血栓性静脈炎
呼吸器系:呼吸抑制(とくに呼吸器疾患を有する高齢者)
内分泌系:女性化乳房
血液系:血小板減少症・顆粒球減少症
消化器系:胆汁うっ滞性肝障害、口渇、便秘、悪心
皮膚系:発疹、じんま疹
排尿器系:排尿障害
中枢神経系:精神運動機能の障害、健忘、奇異反応、遅発性ジストニア、脳室の拡大
催奇形性:催奇形性、新生児への影響、授乳への影響
依存性:高用量依存、臨床用量依存、退薬症状
ベンゾジアゼピン系抗不安薬による副作用への対応
抗不安薬初回投与時には中枢神経に対する鎮静作用が認められやすいが、反復投与の回数を重ねるにしたがって、この副作用は軽減します。
高力価で半減期が短いベンゾジアゼピン系抗不安薬は健忘作用が強いです。
ベンゾジアゼピン受容体に対して低力価で半減期がより長い抗不安薬を選択することによって健忘を防ぐことができます。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬に対する依存は臨床用量にしたがって形成されると考えられます。
このため、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の投与は必要最小量にとどめることが望ましいです。
また、ベンゾジアゼピン系抗不安薬の離脱症状は不安、不眠、不快感、離人症、身体知覚異常、知覚過敏、幻想、妄想、錯乱などです。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬による依存形成、離脱症状に対しては症状に応じて週単位で漸減する方法がとられます。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬は中枢神経系に対しては鎮静作用と筋弛緩作用を有します。
このため、重症筋無力症や急性狭隅角緑内障の合併症がある場合は投与禁忌のため注意を要します。
また、ベンゾジアゼピン系抗不安薬は胎盤を通過しやすいため、胎児の発達への影響を避けるためには妊婦への投与は控える必要があります。
ベンゾジアゼピン系抗不安薬の肝障害、血球系に対する副作用に関しては、薬物投与期間中、定期的に血液生化学検査・血液学的検査を施行しモニタリングします。
異常所見が認められ投与薬剤との因果関係が判明した場合は、漸減もしくは投与中止します。
三環系抗うつ薬(TCA)
TCAイミノジベンジル系のイミプラミン、クロミプラミン、トリミプラミンやジベンゾシクロへプラジエン系のアミトリプチリン、ノルトリプチリン、ジベンゾオキサピン系のアモキサピンなどが用いられます。
これらの薬物は共通してノルアドレナリンとセロトニン再取り込み阻害作用を有し、これにより臨床効果を発揮すると考えられています。
1.TCAの副作用
TCAの有する抗コリン作用のため口渇、便秘、排尿障害、時に尿閉、視力調節障害などの副作用を生じます。
また抗ヒスタミンH1受容体阻害作用による眠気や食欲亢進と肥満、末梢性アドレナリンα1受容体阻害によるめまいや起立性低血圧が惹起されます。
臓器別に現れる副作用を表3に示します。
表3.TCAの臓器別副作用
中枢神経系:眠気、不眠、不安、せん妄、錐体外路症状、けいれん
心血管系:起立性低血圧、頻脈、心電図変化
消化器系:口渇、便秘、肝機能障害
内分泌系:体重増加、多飲、水中毒
泌尿器系:排尿障害
性機能:性欲低下、勃起障害、射精障害
眼科系:かすみ目、霧視
皮膚系:発疹、じんま疹
血液系:血小板減少症
2.TCAの副作用への対応
TCAの抗コリン作用によって引き起こされる口渇には唾液腺ホルモンや白虎加人参湯を、便秘には下剤を、排尿障害に対してはベタネコールを併用することにより症状の緩和が図られます。
また、起立性低血圧に対してはアメジニウムが効果的である。
しかし、抗うつ剤の増量を試みて効果のない例や副作用のため増量できない場合はSSRIやSNRIの投与が好ましいです。
3.TCAの断薬症候群について
TCAの服薬中断により生じる断薬症候群は胃腸症状(食欲低下、悪心、嘔吐、下痢)の頻度が高く、ほかには頭痛、不安、焦燥感、睡眠障害、運動障害(アカシジア、パーキンソニズム)などがあります。
この断薬症候群はTCA中断後、通常1,2日にみられ1~2週間以内に消失します。
対策としては2週間以上かけてTCA投与量を漸減することにより断薬症候群の出現を減少させることができます。
断薬症候群が生じた場合は少量のTCAを再投与し、その後漸減します。
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
国内では1999年にフルボキサミンが、2000年にパロキセチンが上市されました。
フルボキサミンとパロキセチンの社会不安障害に対する有効性は数多く報告されており、欧米ではSSRIが社会不安障害の第一選択薬としてベンゾジアゼピン系抗不安薬にかわって使用されています。
1.SSRIの副作用
一般的な副作用としては、消火器障害(嘔気、食欲不振、下痢)や性機能障害の出現頻度が高く、不安、不眠なども時にみられます。
表4にSSRIの副作用を示します。
表4.SSRIの副作用
中枢・末梢神経系:振戦、固縮、頭痛、めまい、構音障害、錐体外路症状
精神障害:傾眠、睡眠障害、鎮静、不安、焦燥、躁病反応
消化器系:嘔気、嘔吐、下痢、腹痛、口渇、便秘、肝機能障害
内分泌系:体重増加
泌尿器科:排尿障害
性機能:性欲低下、勃起障害、射精障害
皮膚系:末梢性浮腫
2.SSRIの副作用への対応
SSRIによる副作用への対策・対応が確立されているものについては表5に示します。
表5.SSRIの副作用への対策・対応
胃腸症状 | SSRIの減量をする 症状改善を待つ ドンペリドン、モサプリドの投与をおこなう |
頭痛 | SSRIの減量をする 症状改善を待つ イブプロフェン、アミトリプチリン、バルプロ酸ナトリウムの投与をおこなう |
体重増加 | SSRIの減量をする 運動、栄養指導 体重増加の原因になりにくい抗うつ剤に切り替える(fluoxetine,venlafaxine,bupropion |
鎮静 | SSRIの減量をする 症状改善を待つ 眠前投与に切り替える |
不眠 | SSRIの減量をする 症状改善を待つ 全量(1日量)を朝方投与 睡眠薬を投与する |
性機能障害 | SSRIの減量をする 症状改善を待つ 休薬日を設ける 抗うつ剤を変更する 対処療法(アマンタジン,yohimbine,bupropion)を併用する |
3.SSRIの断薬症候群について
SSRIの断薬症候群はめまい、嘔気、眠気、頭痛などの身体症状が、不安・焦燥感などの精神症状よりも多くみられます。
表6に断薬症候群を示します。
表6.SSRIの断薬症候群
平衡障害:めまい、運動失調
胃腸症状:悪心、嘔吐
インフルエンザ様症状:倦怠感、傾眠、筋肉痛、悪寒など
感覚障害:知覚異常、電気ショック感など
睡眠障害:不眠、鮮明な夢
精神症状:不安、焦燥感、過敏性など
分野Drらはパロキセチンの断薬症状として眼球運動時の知覚異常を認めた境界性人格障害とパニック障害の2症例を報告しています。
断薬症候群は血中半減期の長いfluoxetineでは出現頻度は少ないです。
断薬症候群の46症例報告をまとめるとSSRI4薬剤の内訳は、パロキセチンが65%,sertralineが17%,fluoxetineが11%,フルボキサミンが7%であり、パロキセチンが際立って高いです。
断薬症候群の予防にはSSRIを中止するときは漸減法を用い、より半減期の長い薬剤を用います。
断薬症候群による副作用は一過性であるため症状の消失を待つか、もしくは少量のSSRIを再投与し、漸減します。
セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)
SNRIにはミルナシプラン、venlafaxine(2005年時点、日本では未承認)があり、社会不安障害に有効性を示します。
1.SNRI(ミルナシプラン)の副作用
ミルナシプランでみられる副作用は口渇、便秘、振戦、多汗、眠気、疲労感、めまい、視覚障害、味覚障害、不快感、下痢、排尿障害、頭痛、血圧低下などです。
2.ミルナシプランの副作用への対応
ミルナシプランで出現する副作用への対策・対応は基本的にTCAやSSRIの副作用への対応法に準じます。
5-HT1Aアゴニスト
5-HT1Aアゴニストにはタンドスピロンとbuspirone(2005年時点で日本では未承認)があります。
SSRI単独投与に比較して、SSRIにbuspironeを併用することによって社会不安障害に対して有効性の増強が報告されています。
1.5-HT1Aアゴニスト(タンドスピロン)の副作用
タンドスピロンを心身症、うつ病、神経症の149例に投与した際に発現した副作用は、眠気(4.0%),不眠(2.7%),ふらつき(1.3%),口内乾燥感(1.3%),目のかすみ(1.3%),食思不振(1.3%),胃痛(1.3%),冷感(0.7%),寝汗(0.7%),倦怠感(0.7%),疲労感(0.7%),頭がボーっとする(0.7%),熱感(0.7%),心部痛(0.7%),舌の荒れ(0.7%),舌のしびれ(0.7%)でした。
この報告をみるとタンドスピロンの副作用出現頻度は低いようです。
社会不安障害の治療に用いられるベンゾジアゼピン系抗不安薬、TCA,SSRI,SNRIの副作用と、その対策と対応について述べました。
治療薬の副作用について対処療法が確立されているものについては日常の臨床現場において対応可能であるが、対応法がいまだ不十分な副作用については検討を重ねていく必要があります。
今後、臨床ゲノム薬理学の進歩により、治療前遺伝子検査によって治療薬の選択や効果予測、さらに副作用出現の可能性について予測可能であるテーラーメイド医療の実現が期待されます。
※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著