心理教育は、その発端を米国のC.Andersonらにさかのぼり、統合失調症の患者さん本人やその家族、さらに感情障害の患者さん、とその家族などへ、その適応を広げてきました。

現在では統合失調症はもとより心的外傷後ストレス障害、摂食障害などさまざまな疾患で実施されるとともに、各種ガイドラインなどでも必須として推奨されています。

社会不安障害に対する認知行動療法においても、心理教育的なセッションを初期に導入することが多いといいます。

しかし心理教育と一口にいっても、集団的なものから個人療法の枠組みのなかで実施されるものだけが心理教育というわけではなく、われわれが日常的な診療のなかで「説明」をおこなうとき、そこには少なからず心理教育的な配慮はなされており、これらも心理教育の一環と呼ぶことができましょう。

前田Drらは

1.客観的事実を重視しその事実を分かち合う姿勢、

2.自律性を尊重し権利や主体性を擁護する姿勢

3.何らかの行動の変化を求める姿勢

の3つの要素を前提とした基本的態度を「心理教育的態度」と名づけ、心理教育が単なる手法や技術を示すものではないことを強調しています。

この「心理教育的態度」は疾患特異的なものではなく、多くの精神科的課題に応用することが可能であり、先述の認知行動療法の例も含めて、、社会不安障害も例外ではないと研究者らは考えます。

そこで、以下に社会不安障害の患者さんへの説明をおこなううえで重視すべき点をこの「心理教育的態度」の観点から述べていきたいと思います。

1.客観的事実を重視しその事実を分かち合う姿勢

A.理解しやすい生物学的モデルの提示

昨今のevidence based psychiatryの流れをもち出すまでもなく、客観的事実を当事者へ伝えることはきわめて基本的なことです。

社会不安障害の患者さんは「症状」を「自身の性格」や「欠点」ととらえがちであり、受診の際にも「性格の矯正」といったニュアンスの希望を語ることが多いです。

統合失調症の患者さんや感情障害の患者さんでも同じく症状を「性格の問題」ととらえる傾向が多くみられるが、脳内の受容体レベルの異常、すなわち理解しやすい生物学的モデルを提示することで予想以上の安心感を語ることが多いです。

社会不安障害でもノルアドレナリン系、セロトニン系、ドーパミン系の機能異常が関与している可能性を示す研究があることを伝えるのは有用でしょう。

もちろん、同時にそういった知見にもとづいた薬物療法が効果をもたらすことも伝えたいです。

PETやfunctional MRIといった神経画像研究者の成果も、「性格の問題である」と悩む社会不安障害の患者さんにはむしろ朗報であることが多いです。

社会不安障害というやっかいな病気が、必ずしもこれまでの自身の生き方や何らかの失敗の結果として起こっている問題ではなく、自身の意思の力が及ばないところで生じたという可能性を示されることは、いったん症状を外在化するという意味で治療的な効果をもたらすと考えられます。

また、日常の感覚としては馴染みやすい反面、どこか正体不明であったり、とらえどころのないイメージをもつ「性格」の病というよりも、脳という形のあるものの問題として考えることも、患者が長年経験してきた徒労感を軽減させるようです。

B.「一人ではない」ことを伝える

自分と同じような病気の者がいったいほかにもいるものだろうか?という疑問も患者さん本人には関心の深いところです。

社会不安障害にかぎらず、精神科での治療体験がなかなか他人には語りにくい状況はまだまだ変化していないです。

社会不安障害であることを公にしているような知人をもっているという人はそうそう多くないであろう。

そういうなかで生涯有病率が10%前後というエビデンスは、本人には当初にわかには信じがたい数字として受け取られることもあります。

しかし、ひとたびその数字を受け入れられれば「顔は知らなくても同じ苦労をかかえる仲間がいる」という喜ばしい数字としてもとらえられるようであります。

ある患者は当初、治療者が伝えた10%前後という数字には懐疑的な態度を示していたものの、たまたま外来で隣り合った患者が同じく社会不安障害であることを知ってから自己否定的な態度がにわかに軽減しました。

インターネットで社会不安障害の患者さんが開いているサイトを見て安心したという患者も少なくありません。

これなどはきわめて単純な教示であるが、そういう実行しやすい手段を提示することも医師の役割の一つでしょう。

むろん、「一人ではない」という教示が「大した悩みではない」あるいは「あなた一人ではないのだから考えすぎてはいけない」といった非共感的なニュアンスで伝わることがないよう、十分に配慮すべきであることはいうまでもありません。

C.コモビディティについての情報

パニック障害や抑うつ、さらにアルコール依存症などの合併率の高いものについても、その時点での合併の吟味とあわせて伝えておくべきであります。

とくに抑うつについての情報は、自殺企図を予防する観点から、一度は話題として取り上げるべき重要な課題です。

アルコール依存症の問題も、仮にそれまでにアルコール乱用の傾向がない場合であっても、対人場面の緊張から逃れるための苦し紛れの工夫として今後生じうる問題であることを説明することが望ましいです。

D.日常語である「対人恐怖症」を明確にする

仮に「対人恐怖症」という用語を患者や治療者のどちらかが持ち出す場合には、その言葉の意味も説明しておく必要があります。

すなわち、文字通りに「人」が怖いのではなく、「対人場面」が「恐怖」の対象なのであるという事を、患者さんには明確にしておくべきです。

治療者にとって明白な前提であろうが、患者さん本人は必ずしもその違いを認識していないことが多いように思われます。

また、とくにこれは家族など患者さんの周囲にも可能な限りで共有しておいてもらうべき情報でもあります。

社会不安障害の患者さんが家族の前ではほとんど緊張や症状を呈さないことが、患者家族にはたとえば「内弁慶」といった、やはり性格の問題としてとらえられてしまうことにつながっていることがあります。

2.自律性を尊重し権利や主体性を擁護する姿勢

A.これまで患者さんがおこなってきた工夫の指示

多くの社会不安障害の患者さんは、「性格の問題」と考えるゆえに、自分なりに解決するための工夫をおこなってきています。

各種の心理学関連の書物を読んで自身の心を変えようとの努力を試みたり民間療法や自己啓発セミナーに傾倒するのも、解決のための工夫と位置付けてねぎらうことは治療の導入をよりスムーズにすると思われます。

重症例であれば内科などの一般科を転々としていることも珍しくないが、それもまた本人なりの対処や工夫であったろうし、緊張する対人場面を前にしてアルコールの力を借りてきた結果、アルコール依存症を合併した症例であっても、断酒の指示と同時にそれが対処の方法であったことには理解を示すことが必要でしょう。

そういった本人なりの努力をいったんは支持することは精神療法的、心理教育的な効果をもたらすことができます。

B.治療法の選択

薬物療法をはじめとし、認知行動療法、森田療法といった社会不安障害への効果が明らかな治療法については、ある程度の情報を提供することも重要でしょう。

医師の中には、仮に認知行動療法や森田療法に精通しているといえない場合であればそのことを伝え、近隣で他の治療法も享受しうる機関があればその情報を伝えます。

また、薬物療法で効果が十分得られない場合に適切な治療機関を紹介する保証も含めて患者さんに選択肢を示しておきます。

患者さんの選択ということでは、インフォームド・コンセント(informed consent)に共通する部分であり、その意味でも治療者側の説明によって必ずしも患者が何らかの治療を選択することをせまられるものではありません。

心理的教育であるということは治療の尊守性を求めることとは同義ではなく、治療尊守に気を取られるあまりに強引な教示を行うことは慎まねばならないのです。

幸い、社会不安障害は統合失調症や感情障害にくらべて、たとえば非自発的入院を必要とするような、患者の自律性(autonomy)を考慮できない場面は少なく、当事者の自己決定権を尊重することは意識しやすいように思われます。

患者の自律性の尊重という意味からも、日頃の診療のなかで治療者がまとっているエビデンスや患者さんのニーズについて十分なコミュニケーションを図っておく必要があります。

治療の内容については、薬物療法の知識についてのニーズが非常に高いです。

主作用だけでなく、予想される副作用についても十分に意見の交換をおこなっておくようにします。

その際には、一般に広く流布されている精神科領域で使用される薬物への誤解や、それらにもとづいた不安についても治療側から言及しておいたほうがよいように思われます。

患者の側からは語られないままになることも珍しくなく、それは早晩薬物療法の中断につながることになります。

また、治療の進展に応じて薬物の減量や中止が可能となる時期についても、可能な範囲で治療者の見立てを伝えることを考慮すべきでしょう。

3.何らかの行動の変化を求める姿勢

社会不安障害がいかなる病気であるのか、あるいは治療法について十分な理解が得られたとしても、そのことがうまく実行につながるとはかぎりません。

薬物療法が奏功したにもかかわらずしばしば服薬を中断して再燃を繰り返していたある患者は、通院するための時間休の申請の仕方がわからず、外回りの仕事の合間にしか通院できずにいたことが原因であることを治療開始から2年目にやっと語りました。

あるいは、今日は何とか病院に来ることができたが、次回は受付できちんと話せるかわからないので通院できるかは自信がもてません、仕事場で不安が増大したらどうするのか、人前で薬を飲まなければならない場合の工夫、薬を手元に忘れた場合の問題など、患者が直面する課題は枚挙に暇がないです。

いずれも統合失調症の患者さんのソーシャルスキルトレーニングなどでおなじみの課題であるが、社会不安障害の患者さんであっても対人場面での生活障害という点では統合失調症の患者さんと同じような生活技能のスキルアップが必要となってくることもまれではありません。

※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著