社会不安障害の治療においては、欧米では薬物療法に並び精神療法として認知行動療法(cognitive-behavioral therapy:CBT)の有効性についての検討がなされてきています。

これまでの治療研究からは、認知行動療法では再発率が低い、あるいは短期的な治療効果は薬物療法がまさっているが、長期的な観点からは認知行動療法が薬物療法より有効であるというメタアナリシスの結果も報告されてきています。

認知行動療法においては、行動療法的技法として曝露療法(エクスポージャー)単独あるいは認知療法的技法として認知再構成法とエクスポージャーの併用が、認知再構成法のみより有効であるとされています。

また、集団認知行動療法についてはいくつかの治療効果を予測する因子についても検討がなされてきており、予測因子としては、社会不安障害の症状の重症度、ホームワーク課題の遂行度、社会的交流時に起こる否定的な考えの頻度、治療効果の過大視の程度などが検討され報告されています。

社会不安障害は非全般性と全般性の2つのサブタイプに分けられると考えられているが、サブタイプにより集団認知行動療法に対する治療効果が異なるという報告もあり、全般性の社会不安障害患者よりも非全般性の患者のほうが集団認知行動療法により反応するともいわれています。

また、社会不安障害の認知モデルについても徐々に進展がみられてきており、これにもとづく認知行動療法の技法も開発されてきています。

今回社会不安障害について、近年進展をしてきているClarkとWellsによる認知モデルを紹介し、実際の治療における認知行動療法による介入について述べてみたいと思います。

社会不安障害の認知モデル

最近、ClarkとWellsは社会不安障害に対する認知モデルを提案し、このモデルにもとづく認知行動療法の有効性についても検討しています。

このモデルによると、社会不安障害の患者さんは恐れている社会的状況に接すると、「好意を示してくれなければ、その人は自分を嫌いなのだ。

皆に好かれなければ自分は価値が無い。

もし自分が不安な様子をみせたら、奇妙に思われ拒絶されるだろう」などの患者さん自身の社会的状況に関する一連の思い込みを活性化するといいます。

これらの思い込みのために、社会不安障害の患者さんは通常の社会的状況における対人関係も否定的に解釈し危険のサインとみなし、不安のプログラムが動きはじめるといいます。

それは、3つの相互に関連する構成要素からなります。

第一は、危険を察知することによってはじまる身体的、認知的な不安症状とされます。

赤面、震え、動悸、集中困難感、何も考えられない感じなどが起こり、これらが、それぞれ察知された危険の更なる原因と考えられ不安を維持する悪循環が形成されます。

第二の構成要素は、患者が恐れている社会的状況に対する脅威を減らすためにとる安全保障行動(safety behaviors)を含めた回避行動である。

第三の重要な構成要素は、自己の注意が他者の視点にシフトしてしまい、不安時に生じる自分の内部感覚的な情報を使って、他者からみる自分自身の印象を作り上げてしまうこととされます。

自己に注意が集中するために、口の回りの筋肉が緊張するのを感じるとすぐに、この感覚は誰の目にも明らかなひきつった表情のイメージにつながることもあり、またちょっとした汗の感覚が額を滝のように流れる映像につながっていくこともあります。

そして、その自分自身についての印象は、実際に他者が患者について考えていることが反映されていると思い込むのである。

このように、閉じたシステムのなかで自己の内部でつくられた情報によって自分が否定的に評価される危険があるという信念が強化され、実際の社会的状況で起こっていることは見過ごされてしまうことが多くなるといいます。

さらに、恐怖する社会的状況から離れたり逃れたりしても、社会不安障害の患者さんの否定的な思考や苦悩はすぐに終わるわけではなく、後からもくよくよと考え続ける(post-mortem)ことが起こります。

このくよくよと考え続けることが、過去にあった社会的状況での他の失敗例を想起させ、最近の社会的状況での経験が過去の失敗のリストに加え続けられていくことになります。

これがさらに社会的状況に関する自分の不適切さの信念を強めていってしまうといいます。

このような認知モデルにもとづいた認知行動療法的介入方法も徐々に開発されてきています。

2.社会不安障害の治療における認知行動療法

社会不安障害の治療においては、不安と回避行動によって陥っている悪循環のパターンを改善していくことが必要となります。

治療的対応はまず、心理教育的介入から始められることが多いと思われます。

注意が必要なことは、社会不安障害の患者さんは、治療初期には自分の症状は理解してもらえない、あるいは治療者に対してさえ拒否されるのではないかと考えていることもあることです。

このため、とくに初診時には、社会的状況における不安症状に耐えて、それを克服しようとして試みてきた患者の態度にはまずは共感を示すべきであると思われます。

患者さんの訴えをできるかぎり傾聴し、その悩みを理解するように努め、やや的外れな患者なりの安全保障行動を繰り返していても、この時点では非難の態度を示してはならないとも思われます。

そして、不安感の出現しやすい社会的状況を確認しながら、過去に患者が経験した「惨めな思い出」を心情的なレベルで丁寧に聴き取るという、「心の落ち葉拾い」を十分に行う必要があります。

これらのことは、症状の維持、構成要素の理解にもつながると考えられます。

その後、社会不安障害とはどのような障害か、どのように発症し、どのように維持されているのか、患者が経験し圧倒されている不安についてその構成要素に分けて理解されるように説明するのがよいと思われます。

これにより治療の焦点が明確になっていくことが多く、患者が不安をコントロールしていくための動機づけにもつながるようになると思われます。

この初期の心理教育的介入は認知療法的介入にもつながると考えられます。

社会不安障害で標的となることが多い非機能的認知は、社会的な状況でその危険度を高く評価してしまったり、否定的に解釈してしまったりすることであると考えられます。

認知再構成法では、いわゆるソクラテスの問答法による合理的な評価やセルフモニタリングを通して、患者さんが抱いている破局的な認知が実際に正しいのかどうか評価しなおされていくことになります。

不合理な認知が同定されたなら、より適応的な現実に合った認知へ置き換えていくように援助していきます。

Heimbergらによりマニュアル化されている社会不安障害の集団認知行動療法のプログラムによると、患者が抱きやすい不合理な認知は「全か無か思考」(白か黒かの二分法で物事をみてしまう)、「読心術」(相手に事実関係を確かめようともせずに自分のことを否定的に思っていることがわかっていると思い込んでしまう)などであるといいます。

患者さんは「それが本当に起こると確信しているか?起こるとしたら最悪なことはどんなことだろうか?もしそれが起こったらどう対処できるだろうか?」など自分の考えに対し論理的に挑戦していくよう援助されます。

この論理的な挑戦によって、患者は実際の社会的状況をよく観察できるようになっていくこともみられます。

そして、「顔が赤くなったとしても、おかしく思われないかもしれない」「もし話をしているときに言葉につかえたとしても、それほど変に思われないかもしれない」などのように、自分が予想して恐れていた破局的な結果に必ずしもならないことを体得していくよう援助していきます。

自分の否定的な考えや予想する最悪の結果を明らかにしていくことは、それらに対して合理的に取ってかわることのできる考えを発見していくうえで重要であると考えられます。

合理的な考えが導き出されてくると、社会的な状況で生じる不安感が減少していくことがみられ、それらの状況に対処しやすくなっていくこともあります。

さらに、認知再構成法では、患者が抱いた社会的状況に対する予想が正しいかどうか「行動実験」によって確かめることがなされます。

つまり、事前の社会的状況に対する予想を実際の経験を通して確かめるよう要請されるのです。

そこでの、現実からのフィードバックが非機能的認知が訂正されていくのに役立つと考えられます。

また、時にロールプレイも用いられます。

ClarkとWellsの認知モデルからは、ロールプレイではいつも用いている安全保障行動を使っておこなってもらうことと、安全保障行動を用いずに自己の注意を自分自身に対してよりも、かかわっている対象に向けるようにしておこなってもらうことの2つの条件でおこなうことが有効だとされています。

この2つの条件を用いることで、習慣的な安全保障行動が患者さんを楽にするよりむしろ不安を高めていると気づいていくことがあります。

また、ロールプレイをビデオなどに録画し、患者さんが予想していたイメージとビデオなどに録画し、患者さんが予想していたイメージとビデオの中での実際の自分自身とを比較検討することも有効とされています。

患者さんが自分が他者からどう見られているかを推測するのに用いる自己に集中した内部感覚は不正確であることを理解するよう援助し、自分がどう見えるかをより正確に握むために、安全保障行動を捨てて注意を他者との交流や他者の反応など外部に向けていくように促していきます。

また、行動実験では、レストランで食事をしているときに食べ物を落とすなど患者さんが否定的に評価をされるのではないかと恐れている行動をわざとおこなってみることもなされます。

いろいろな状況での他者の反応を調査し、情報を収集するよう促していきます。

認知療法的介入のみでも社会不安障害に対して有効ではあるが、エクスポージャーとの併用のほうがより有効性が指摘されています。

エクスポージャーは、患者さんに恐怖している状況に長時間とどまってもらい、その状況でも安心感が生じてくるのを体得してもらう介入方法です。

エクスポージャーで重要なことは、恐怖状況に曝露されている時間の長さ、エクスポージャーをおこなっている状況と実際の恐怖している状況の類似性(初期には社会的状況をイメージすることやロールプレイをおこなうことによって恐怖状況に曝露することがあるため)、恐怖を喚起する刺激に対して注意を集中することなどであるとされます。

エクスポージャーは通常、不安階層表にそって段階的におこなわれることが多いです。

また、集団療法で行う場合は、エクスポージャーの状況を設定しやすいという利点があると考えられます。

集団のメンバーでいろいろな社会的状況の設定をし、ロールプレイをおこなうことが可能となります。

最近のエクスポージャーについての考え方では不安感が減少していくこと自体に焦点を当てるよりも不安感が生じる状況で安心感を獲得していく実際の過程に焦点を当てたほうが有効であるというものもあります。

不安感は消滅させるべきあるいは拭い去るものではなく、不安感が生じている状況でそのように安心感を得ていくか、そのための新しい考えをつくり出していくことが有効なのかもしれません。

いずれにしても不安状況に対して安心感を獲得していくためには、エクスポージャーにもとづく過程が必要であると考えられます。

エクスポージャーの過程を促進するのに重要なことは、患者さんが表面的に失敗しないようにおこなっていることが多い安全保障行動に注意を向けることであるともいわれています。

エクスポージャーの過程が進まないときには、患者さんは安全保障行動を利用していることが多いとされます。

よく使われる安全保障行動は、会話をしているときに困ってしまわないように視線をそらす、何も言えなくなる状況が生じないように飲み物を飲み続けるようにする、いつも親しい誰かと一緒にいるようにするなどです。

このような安全保障行動は、患者自身が不安感がおこらないために役立っているといっても、社会的状況で本当の安心感を獲得していくときに障害となると考えられ、安全保障行動をやめさせることはエクスポージャーの効果を得るために重要で、結果的には不安感の減少にも役立つとされます。

しかし、実際は安全保障行動をやめてエクスポージャーをおこなっていくことは、患者さんにとって困難に感じることも多いです。

このようなときには、患者さんが今まで努力しておこなってきた安全保障行動ではうまくいかなかったことを確認し、治療は治療者と患者さんが共同作業的にいわば二人三脚でおこなわれ、治療者は患者が立ち直っていくまで付き合っていくこと、しばらくのあいだは不安感の詰まったバッグを少し横にずらして持っていてもらうよう覚悟を決めてもらったほうがよいことなどを説明し、安全保障行動をやめてエクスポージャーをおこなっていけるよう援助することも必要となります。

社会不安障害の患者さんでは、恐怖している状況でなければ問題なく過ごせることが多いので、実際の社会的技能はさほど障害されていないのが一般的と考えられています。

しかし、より適応的な社会生活を送るために社会技能訓練(social skills training:SST)が有効な場合があります。

全ての患者さんではないが、社会的技能が稚拙な患者にとっては社会技能訓練を治療に加えることは有効であると思われます。

社会技能訓練は良好な社交状況について教示し、治療者が社会的状況における行動の取り方をロールプレイし(モデリング)、それにもとづいて患者さんが行動リハーサルをおこない、最後に実際の社会状況で適応してみるという形でおこなわれます。

社会不安障害の認知行動療法においてエクスポージャーは患者さんの行動様式を変化させるうえで大きな力をもっていると考えられるが、認知再構成法も困難な社会的状況に向かわせる動機づけにもなり、それらの状況で生じる恐怖感を克服していく意識を明らかにしていくうえで重要と考えられます。

さらに重要なことは、個々の患者さんに適した方法をとり、社会的状況で生じる不安の増強要因になっている非適応的な認知を同定し、安全保障行動をやめさせながら回避行動を減少させ、社会的状況に対する客観的事実にもとづいて自信を回復させていくことと考えられます。


認知行動療法は社会不安障害に対し有効性が示されてきているが、薬物療法とどのように併用していけばよいかについては、今後の研究が待たれるところと思われます。

社会不安障害の治療においては、最初から薬物療法を導入し患者さんが恐れている社会的状況に対処しやすくしていったほうがよいのか?

これが、患者さんが薬物に頼ってしまうことを助長させないか?

あるいは、薬物により不安感が軽減することが認知行動療法的介入をするうえで障害とならないか?

薬物療法により症状が軽減していった後に認知行動療法を導入していったほうがよいのか?

認知行動療法は薬物療法を中止していくときに手助けになるのか?

認知行動療法は薬物療法で完全には改善しない患者さんに対して増強療法療法として作用するのか?

など、興味がもたれるところです。

また、欧米で開発された認知行動療法のマニュアルを治療に適用する場合、社会不安障害の症状形成における日本の社会文化的背景や診療形態などにあわせた変更が必要とも思われます。

いずれにしても、最も重要なことは、社会不安障害の症状の理解が進み診断に結びつくこと、さらにこの疾患に対する薬物療法や認知行動療法などの治療法の知識が普及することと思われます。

※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著