医学的な治療を必要とする社会不安障害の人の数

いずれにしてもケスラー教授らが報告したアメリカでの調査結果のインパクトは予想以上のものでした。
今日本では社会不安障害が話題となっていますが、アメリカでは社会不安障害は90年代のパニック障害と呼ばれました。

マニュアル的な診断の基準が登場して最初に脚光を浴びたのがパニック障害でした。
アメリカではパニック障害は1980年代に一般の人にも広く知られることになりました。
日本でもすでにパニック障害はよく知られている心の病気の一つになっています。
どんな専門家の論文を見ても、まず書き出しに社会不安障害は生涯有病率が16%にも上がるとケスラー教授らの調査結果が引用され、見逃されている病気としての重要性が強調されます。

しかし、単なる社交不安ではなく病気としての社交不安症、すなわち社会不安障害に悩む人がアメリカには本当にそれほど多くいるのでしょうか。

ケスラー教授らの調査には専門家からも疑問の声が上がっていました。
これはもちろん専門の精神科医が診察して診断をつけた結果ではありません。
トレーニングを受けた専門の調査員が一定の質問票に基づいて調査した結果からの推定です。
ですから彼自身もこの調査で出された数字の多くは治療の必要のない、日常生活への支障のほとんどないごく軽い症状の人が多いことを認めています。

アメリカのシアトルにあるワシントン大学の精神科のグループがケスラー教授らの異常に高い数字に疑問をもって再検討した結果が出されています。
これはケスラー教授らの調査結果に臨床的意義という指標、すなわち医学的な治療を必要とする程度の症状かどうかという基準を設けて再検討したものです。

その結果は予想通りでした。
多くの心の病気が疑われる人の数が、この基準を設けることによって激減しました。
社会不安障害に関して言えば、一生の間に社会不安障害に罹る人の率が16%から7%へ半減しました。
これは「医学的な治療が必要と思われる程度の症状」という基準を設けることによって下がった数字の中でも、最大の下げ幅でした。

このように医学的な治療が必要な社会不安障害に悩む人がどのくらいいるのかははっきりしないところもありますが、90年代前半にアメリカで行われた研究では100人のうち3~5人が専門的な治療を受けていないと指摘されています。
また初期の研究結果からアメリカでの推定される未治療の社会不安障害患者数は240万人という数字も挙げられていますが、このうち薬による治療が必要な方は一部かと思います。

いずれにしても他の不安障害やうつ病の場合に比べて著しく医療機関を訪れる方の数が少ないのは、一般の人と専門家ともに社会不安障害に関する適切な情報と知識が不足し、単なる内気、性格の問題と思い込んでいることが関係しているからでしょう。

※参考文献:社会不安障害 田島治著