社会不安障害の脳の影響

現在では生きた人の脳の活動を画像化して細かく分析することが可能な時代となっています。動物が強い恐怖を感じた時に起こる恐怖反応の出現に中心的な役割を果たしているのが脳の奥にある偏桃体と呼ばれる部位です。
アーモンドに似た形をしているためにこう呼ばれます。

みなさんもびっくりした時に身体がすくんでしまうことがあるかと思います。
この時には恐怖感とともに、手足や身体がこわばり心臓がドキドキし、緊張のあまり手や脇の下には汗が出ます。
こうした非常にびっくりしたときのすくみは、人間だけでなくネズミや犬や猫などどの動物にも見られます。
これは、ある意味で危険が迫ったときの防御反応と言えるかもしれません。

ごく単純な条件付け反応には偏桃体が関係していますが、もう少し複雑な条件付け、すなわち広い意味での心の傷になるような体験によって恐怖感の条件付けが起こるのには、偏桃体のすぐ近くにある側頭葉の海馬という脳の部位が関係しています。
海馬というのは、その部位の形がタツノオトシゴのような形をしていることから名づけられたものです。
ここは脳の色々な場所と繋がっていますが、記憶に関係した場所です。
ですから、先ほど述べたような教室での体験で条件付けが起こるのには、記憶に関係した海馬が加わっているからなのです。

側頭葉の奥に位置するこのアーモンドのような形をした神経細胞の集まりはいくつかの部位にさらに分けられますが、脳の様々な部位から入った情動刺激を受けて、動物のフリージング、すなわちすくみ行動と呼ばれる恐怖反応を起こします。
よく動物が強い恐怖に曝されると固まって動かなくなってしまいますが、この反応のことです。
人間でもびっくりすると同じようなことが起こります。

最近の研究の成果では社会不安障害をはじめとする不安障害に悩む人ばかりでなく、不安の傾向の強い人は恐怖感を起こすような刺激を提示したときに、不安傾向がない健常な人に比べて強く偏桃体が活性化されることが明らかとなってきています。
強く偏桃体が活性化されるというのは、些細な恐怖刺激で強い恐怖反応が身体に起きてしまうことを示しています。
ですから、心拍や瞳孔などの過敏な反応もこうした偏桃体の過敏性によるものと考えられます。

前頭葉が人格に大きな関与をしていることはご存知のことと思います。
前頭葉の中でも目の奥の方にある眼窩前頭皮質と呼ばれる部位は偏桃体と密接な関連を持っています。
前頭葉の中で偏桃体と相互に密接な神経の連絡があるのはこの部位だけです。
このことが偏桃体が単に恐怖反応だけでなく社会的な判断にも密接に関係した働きをしている背景となっています。
眼窩前頭皮質自体も恐怖感などのマイナスの感情の情報処理に関係し、環境に適応した行動をとる上で重要となる、選択や決断に基づいた反応を起こすことに大きな役割を果たしています。
ですから、事故や怪我によって眼窩前頭皮質が傷ついても、一見して行動や反応には影響は認められませんが、状況に適応した判断や反応を起こす能力が損なわれてきます。

実際、動物実験や人間の研究結果でも眼窩前頭皮質が損傷されると不安のレベルが高まって情緒不安定となり、脱抑制的な行動、すなわち些細な刺激で衝動的となったり攻撃的となったりすることがわかっています。
眼窩前頭皮質が損傷された人は自己抑制ができず、自分が衝動的であることを十分自覚していますが、コントロールすることができないためそのような社会的に不適切な行動を取ってしまうのです。

社会不安障害に悩む人は偏桃体の反応が過敏となっていて、通常では感情が刺激されない中立的な表情の刺激に対しても過敏な反応を示すばかりでなく、恐怖感を誘発するような課題を与えると偏桃体が活性化され、眼窩先頭皮質の働きが低下しやすくなることがわかっています。

※参考文献:社会不安障害 田島治著