<社会不安障害>は、他の<社会不安>(あがり症、内気、回避性人格障害)にくらべて、もっとも症状が重く、日常生活にもっとも大きな支障をきたす病気である。

しかし、そのメカニズムはそれほど特殊なものではなく、他の<社会不安>とたいして変わらない。

それでは、<社会不安障害>とは何なのだろう?

他の<社会不安>とどう違うのだろうか?

まず、<恐怖症>について説明しておきたい。

<恐怖症>とは、特定の対象に対して自分では抑制できないほど激しい怖れを感じる病気である。

<恐怖症>の人は、自分が苦手な対象をなんとかして避けようとするが、もしその対象に出会ってしまった時には、非常に激しい怖れを感じる。

つまり、<恐怖症>であるかどうかの判断基準は、

1.苦手な対象に対する激しい怖れ、

2.徹底した回避行動、

のふたつである(これらふたつの基準については、後でそれぞれ詳述する)。

たとえば、蜘蛛恐怖について考えてみたい。

蜘蛛が苦手だという普通の人は、虫がいそうな古い民家で一夜を過ごすことになった時、多少の不安な気持ちに襲われる。

「部屋の中に蜘蛛がいたら嫌だな」と思いながら、天井に蜘蛛の巣がはっていないか、枕元に蜘蛛が潜んでいないかを確かめ、もしいたら棒やほうきを使って追い払おうとするだろう。

しかしおそらく、たとえ蜘蛛が一匹見つかったからといって、一睡もできないほど恐怖をかんじたりはしないはずだ。

ところが、<蜘蛛恐怖>の人はそうではない。

蜘蛛の姿が柱の陰にちらりと見えたような気がしただけで、気絶してしまうほど激しい怖れを感じる。

第一、その家の周囲から完全に蜘蛛を駆除してもらわない限り、そこへ足を踏み入れることさえできないのだ。

<社会不安障害>もこれと同様である。

<社会不安障害>の人は、他人からみられていると思っただけで、どうしようもなく激しい怖れを感じるため、そういう状況を徹底して回避しようとする。

こういう行動は、私達が聴衆の前であがったり、目上の人の前で気おくれを感じたりするのが、極端に強くなった状態だといえる。

そういう意味では、<社会不安障害>はふつうの<社会不安>の延長線上にあると考えられるだろう。

<社会不安障害>は今や世界中で見られる疾患だ。

ある国際的な調査によると、国によって人口のニ~十四%が罹病しているという。

フランスでも、成人のニ~七%が<社会不安障害>に悩んでおり、一般医の診察を受けた人のおよそ七%が<社会不安障害>の症状を現わしていたというデータもある。

また、ある研究では、米国の人口の十%以上が、人生の一時期に多かれ少なかれ<社会不安障害>の症状を見せる、という結果も出ている。

つまり、すでに<社会不安障害>はうつ、アルコール依存症と並ぶ精神疾患のひとつにかぞえられると言っていいだろう。

それにもかかわらず、<社会不安障害>は、長い間病気として認められてこなかった。

1980年まで、世界でもっとも権威のある精神疾患分類マニュアル「DSM(精神疾患の分類と診断の手引)」に掲載されていなかったのである。

それはいったいなぜなのか?

最大の原因は、<社会不安障害>の症状が外から見てわかりにくいところにある。

<社会不安障害>の人達は、統合失調症(精神分裂病)や躁病の発作のように、他人が見て奇異に思う行動をとるわけではない。

パラノイア(妄想症)のように他人に対して攻撃的になったり、うつのように自傷行為に及ぶわけでもない。

彼らは、こうした他の病気の人達とは違って、できるだけ目立たないように暮らしている。

まるで、聞き分けが良くておとなしい子どものように・・・。

ただし<社会不安障害>の人達は、聞き分けが良いのではなく他の人たちを怖れているのであり、おとなしいのではなく気おくれしているのだ。

結局のところ、はっきりと病気だと判断されるには<社会不安障害>の症状はあまりにもわかりにくかったのである。

※参考文献:他人がこわい あがり症・内気・社会恐怖の心理学
      クリストフ・アンドレ&パトリック・レジュロン著 高野優監訳