社会不安障害で曖昧さを許せない「べき思考」の強い性格
派遣社員として働く戸田さん(仮名)は、ある症状に長年苦しんでいました。
戸田さんは、人前で字を書くのが苦痛です。
また、人と話しているだけで極度に緊張してしまいます。
最初にこれらの症状を意識したのは小学生時代でした。
当時の担任から「戸田さんは人の目を気にするようだ」と指摘されたのです。
それまで他人の目をそこまで気にしたことはなかったのですが、指摘されたことで逆に気になるようになってしまいました。
以前の戸田さんは、正義感が異常に強く、特に「~しないといけない」「~すべきだ」と考える「べき思考」が顕著で、白黒はっきりさせないと気が済まない、曖昧さを許せない性格でした。
そのため、友達のちょっとしたルール違反(例えば、廊下を走る、掃除をサボるなど)にも目をつぶることができずに強く非難するため、トラブルになることもありました。
また、教科書は最初から1ページも飛ばさずに読む、テスト範囲は最初から最後までやりきらないと気が済まないなど、要領よくやることができない、融通が利かないタイプでもありました。
しかし、人前で緊張するようになってしまった戸田さんは、徐々に変化していきます。
人前に出ることを避け、できるだけ目立たないように行動するようになったのです。
社会人になると社会不安障害の症状が悪化
人前で極度に緊張するようになってしまった戸田さんでしたが、中学、高校と無事に過ごし、某大学経営学部に入学します。
社会不安障害の症状がよくなることはなかったのですが、人前に出る場面を避けるように生活していたため、なんとかやっていくことができました。
しかし、大学を卒業して派遣社員として働くようになると、社会不安障害の症状は悪化してしまいます。
一般事務として働き出した戸田さんは、まず人前で文字を書くことが苦痛になります。
人が見ていると手が震えてしまい、書けなくなってしまうのです。
特に上司や先輩が見ていると緊張が増し、どうにもなりません。
しだいに仕事が辛くなってしまいます。
ですが、元来「べき思考」の強い性格のため、「迷惑をかけてしまうので出社しなければ」と強く思い、なんとか会社に通います。
しかし、電車の中で呼吸困難を起こして途中下車を余儀なくされ、会社に遅刻、欠勤することが増えてきてしまいました。
真面目な戸田さんは、なぜ自分がこのような状態になってしまったのか、なぜ人ができることが自分にはできないのか悩み、苦しみます。
次第にイライラが募るようになり、些細なことでも怒りに変わってしまうようになったのです。
見兼ねた母親が戸田さんに受診を勧めます。
実は、戸田さんの母親は、クリニックのデイケアにて認知行動療法を受け、うつ状態から回復した経験がありました。
そのとき、娘のことを相談し、「娘さんは社会不安障害かもしれません。もしそうなら治療可能ですよ」とアドバイスを受けていたのです。
こうして社会不安障害の戸田さんは母親とともにクリニックを訪れます。
投薬と認知行動療法の併用で社会不安障害の治療開始
初診時の診断で、社会不安障害のスケールであるLSAS-Jが61点という結果が出ます。
この結果と症状、問診を総合して、戸田さんは書痙、視線恐怖のある社会不安障害であると診断しました。
治療は本人の希望もあり、薬物療法と認知行動療法の併用で行うことになりました。
まずはレクサプロ(SSRI)10mgの投薬をスタート。
以下、認知行動療法のスタッフによる日誌をもとに経過を追っていきます。
一週目・認知行動療法1回目
■下痢の症状が出現したためレクサプロを5mgに減らし、ガスモチン(胃腸薬)5mgを同時に処方。
<日誌より>表情は硬いが隣席の利用者の発言を用いて自己紹介を行ったりと、自分と同様の状況下にある人達がいることに多少安堵感を覚えた雰囲気もある。
自分への「べき思考」が強い傾向にあることを自覚。
極度の緊張を和らげたいと認知行動療法への期待を示す。
2週目・認知行動療法2回目
■レクサプロを再度10mgに増量。
ガスモチン5mgも処方。
<日誌より>解決の方向を見つけるために、多種多様な本を読んで自分なりに勉強している様子。
母親より、これまで見る中でいちばん元気であるとの発言も。
認知行動療法は最後の砦だと考えているようで、これがデイケアのモチベーションに大きく影響していると思われる。
3週目・認知行動療法3回目
■レクサプロ10mg、ガスモチン5mgを処方
<日誌より>講義途中、うつぶせ状態になることがあり。
4週目・認知行動療法4回目
レクサプロ10mg、ガスモチン5mgを処方
<日誌より>先週、通勤途中の電車内で呼吸困難を起こす。
以来、継続して電車に乗ることや地下での食事に抵抗あり。
しかし、「苦しくなってもなんともない」「私はできるんだ」という根性論で毎日敢えて乗車し、なんとか乗り越えることができるようになったと話す。
講義内で、かなり緊張したらしいが、初めて挙手しての発言あり。
これまでの自分は反証まで意識したことがなかったと気づきを話す。
5週目・認知行動療法5回目
■レクサプロ10mgで再び下痢の症状が出現したため、いったん5mgに減量。
ガスモチン5mgも処方
<日誌より>真面目であることがこれまで悪いことだと信じていたが、あるとき真面目は良いことなんだ、悪いことなんかじゃないと思えるようになった。
ずいぶん楽に感じてきたと話す。
6週目・認知行動療法6回目
■下痢の症状が改善したためレクサプロを10mgに戻す。
ガスモチン5mgも処方
<日誌より>他者からの自分を肯定する発言に対し、恥ずかしがりながらも素直に受け入れる姿勢が見られる。
挙手しての発言が数回あり。
多種多様な書籍を読んでいる様子で、その中から「苦難・困難は挑戦のときであり、それが発見できたことが何より喜ばしいことである」といった内容を皆に披露し、実感として納得できると話す。
失敗したことをメモに書いて見えるところに貼り、それを悩むのではなく、再度同じ過ちをしない努力をすることに注力することや、他人のミスにも目を向けることで「自分だけではない」と事実として認識できるようになってから、自責感が軽くなってきたとのこと。
帰宅後、その日一日にできたことに注目して、それらを記すようになった。
すると、できたことの量にも驚いたが、できることのほうに意識が向くようになり、自信につながると話す。
この方法は他の参加者にもお勧めだと紹介。
表情は終始穏やか。
9週目・認知行動療法8回目
■不安感が若干残存するためレクサプロを20mgに増量。ガスモチン5mgも処方
<日誌より>体調はあまり変化ないが、気分が少し楽になってきた。
クリニックに感謝していると話す。
認知行動療法の効果が出てきたようだ。
他の参加者と会話を楽しむ姿もたびたび見受けられる。
12週目・認知行動療法10回目
■レクサプロ20mgでも副作用なし。ガスモチン5mgも処方
<日誌より>たの利用者から、戸田さんが独自に作成している記録帳を見せてほしいと言われるなど、参加者同士の交流が見られる。
戸田さんは、10回の認知行動療法によりLSAS-Jが28点に改善。
投薬に認知行動療法を併用したことが功を奏したようで、投薬12週間で社会不安障害がほぼ寛解状態になりました。
以降は外来診療だけに切り替え、投薬を続けています。
認知行動療法から約2年が経過しましたが、現在は特に症状が出ることもなく、治療6週目に転職した職場で、毎日楽しく仕事をしているようです。
※参考文献:あがり症のあなたは<社交不安障害>という病気。でも治せます! 渡部芳徳著