両手で顔をおおった人々が次々に現れる―あなたは、こんなイメージの写真が大きく使われている新聞広告を見た覚えはないでしょうか。
まさしく「人の目が恐怖」という状態を現したこの広告は、社会不安障害の治験を行うにあたり、被験者を募集するためのものでした。
ここでいう「治験」とは、薬剤の開発や適応拡大を目的として、その効果を確認・証明する最後のプロセスである「臨床試験」、つまり、協力者を募って人間で行う試験のことです。
ある病院では、2004年と2006年に、社会不安障害の治療薬の適応拡大に伴う治験を担当しました。
もっとも、最初からすんなりと引き受けたわけではありません。
この話がきたとき、その病院では無理ではないかと判断し、いったんお断りしました。
専門が心療内科であり、パニック障害やうつ病などは日常的に診ていますが、社会不安障害はまだ広く知られていないこともあり、内科医のレベルを超えていると判断したのです。
しかし、その後、社会不安障害の患者さんが思いのほか大勢いるという調査結果や、薬がかなり効果を示すというエビデンス(科学的根拠)などが次々と出てきました。
しかも、社会不安障害を放置して重くなると、ひきこもりやうつ病、アルコール依存症といった深刻な問題を併発しやすいこともわかり、病院の医師の考えは徐々に変わってきました。
社会不安障害の患者さんは、緊張しやすいのは性格とあきらめている人が多い半面、手や声が震える、顔がほてる、冷や汗が出るといった身体症状に注目し、内科で受診する人もいます。
このとき、内科医が社会不安障害という適切な診断をし、きちんと初期治療をしたならば、その時点で患者さんが救われるのはもちろん、うつ病やアルコール依存症、ひきこもりなどに至る例も減らせるはずです。
だとすれば、内科でも積極的に治験を行い、啓蒙とともに勉強の機会にすべきではないか、と思ったわけです。
そこで、二十代から五十代に至る男女15人の協力を得て、二度の治験を行いました。
予想どおり、これはたいへん貴重な経験でした。
治験を通して、社会不安障害の病態(病気そのものの状態・全体像)や治療薬の効果を、かなりつかむことができたからです。
日本では、昔から「対人恐怖症」という病気が知られてきました。
これは、日本独特の病気として知られ、欧米でも「Taijin-Kyofusho(TKS)」と呼ばれています。
その全部ではありませんが、一部は社会不安障害と重なっています。
このような民族的背景がありながら、社会不安障害の研究では、日本は欧米に何歩も遅れをとっているのが現状です。
それを打破するには、医師や臨床心理士といった専門家はもちろん、患者さん自身にも、社会不安障害という病気について、よく知っていただく必要があります。
※参考文献:人の目が怖い「社会不安障害」を治す本 三木治 細谷紀江共著