対人恐怖症研究の流れと好対照なのが社会不安障害である。

DSMの診断基準では、はじめは恐怖症の一亜型としての位置付けでした。

それが社会恐怖として独立し、その後、括弧つきで社会不安障害となりました。

そのことによりイメージとしても、概念としても軽症の症例も含まれるようになったのです。

少し話はそれますが、欧米では特定の恐怖症患者が日本にくらべて多いようです。

その傍証として、日本の社会不安障害患者での特定の恐怖症の併存率は、欧米での高い併存率にくらべると少ないです。

このような点でも、欧米で当初、社会恐怖が特定の恐怖症の一亜型とされたのがうなずけます。

そして不安(恐怖)の対象が社交(社会というよりも)であるところも、対人恐怖症とは異なります。

Marksらは「社交に対する恐怖で、公の場における恥ずかしがり屋、赤面の恐怖、レストランでの食事、異性に会う、ダンスやパーティーへの出席、注目されたときに震えることへの恐怖として表現される」と述べ、社交への恐怖が取り上げられています。

このようなことからも、「社交」が重要である西洋と、「村のなか」だけの付き合いである東洋の差を感じさせます。

もう一つの相違点は、最近の欧米での社会不安障害研究が、不安障害に対する薬物療法や認知行動療法の有効性の研究として進んできたことです。

Liebowitzらが社会不安障害に注目したのは、パニック障害患者を治療しているうちに、公衆を恐れる患者の存在に気付いたからです。

彼らは医学的な治療に興味をもっていたため、モノアミン酸化酵素阻害薬の有効性の研究からはじまりSSRIの有効性研究に進みました。

その結果、SSRIという、より安全な薬物療法が見出されました。

一方、認知行動療法という、より短期間のうちに効果が得られる治療法も開発されました。

それに合わせて、社会不安障害の診断基準や名称(社会恐怖から社会不安障害に)がより軽症例を含む方向に進んできました。

これと好対照なのが、日本の対人恐怖症の研究です。

一般的な対人不安感から重症例まで含む森田正馬の提唱にはじまり、統合失調症との境界領域の、より重症例である対人恐怖症確信型(第3群)に関心が向けられてきました。

そして精神病理や森田療法的アプローチが「神経症治療」として注目されてきました。

不安の対象が社会不安障害では大勢の人達との社交であるのに、対人恐怖症確信型(第3群)では「中途半端に身近な人」であり、この点でも、より「重症」である症例への着目といえます。

このように考えると、東洋と西洋は一つの障害をめぐり、その着目点や研究の方向性において別方向に進んできたことがわかります。

その結果、すれ違いが生じてきたのです。

このような前置きをふまえながら、社会不安障害と対人恐怖症の概念の相互関連を検討します。

この部分に関する論文は少ないです。

上記のように別の方向にすれ違いを演じてきた2つの概念が、これまで互いに対話して来なかったのも当然です。

まず一つ目の問題点は対人恐怖症に診断基準がないことです。

研究者はそれぞれ別々に提唱し、統一には至っていません。

別の言い方をすれば、森田療法や精神病理学的考察には診断基準は不要です。

対人恐怖症を対象に薬物療法の有効性を検討しようとしたときにはじめて、その必要性が生じてきます。

そのようなことをふまえ、小山Drが作成した対人恐怖症の診断基準は下記の通りです。

対人恐怖症の診断基準

A.少なくとも以下のうち一つ

1.他の人の前で赤面するのではないかという恐怖

2.他の人に会っているときに、顔が歪む、頭、手足、声が震えるのではないか、汗をかいてしまうのではないかという恐怖

3.身体的な醜さが悟られるのではないかという恐怖

4.嫌な臭いを発散させているのではないかという恐怖

5.視線が異様な鋭さ、醜さを発しているのではないかという恐怖

6.他の人の前で、お腹の音がひどくするのではないかという恐怖

B.上記の恐怖感のため、下記のいずれかをもっている

1.他の人に見られている(注意を集めている)のではないかという恐怖

2.他の人を不快に、また、困らせているのではないかという恐怖

C.経過中には、恐怖が過剰で根拠のないことと認識している

D.恐怖感により、日常生活、職業(学業)、社会生活、社会関係に障害があるか、顕著な苦痛を感じている

E.18歳以下では6カ月以上の持続

確信型(第3群)はB2に合致すること。

これは海外での対人恐怖症の認識にあわせたものです。

その結果、日本での認識と多少の差異があるかもしれません。

A項目には具体的症状を列記しました。自己視線恐怖、自己臭恐怖が代表とされますが、種々の症状がこれまであげられており、全部を網羅できていません。

しかし、具体的症状をあげたほうが欧米人には理解しやすいと考えました。

B項目では1のように、より社会不安障害に近い症状と、2「他の人を不快に、また、困らせているのではないかという恐怖」の2つをあげました。

このうちB2項目に項目に合致しているものが対人恐怖症確信型(第3群)であり、社会不安障害の他者影響型である。

これまで対人恐怖症と社会不安障害の相互関係を説明した論文は存在します。

日本では対人恐怖症は通常型(第2群)から確信型(第3群)まで(場合によっては普通の性格傾向まで)を含む広い概念です。

そして海外では確信型(第3群)だけが注目され、社会不安障害の他者影響型と呼ばれたりします。

いまだに、この社会不安障害の他者影響型症例の欧米での報告は非常に少数にとどまっています。

一方、対人恐怖症確信型(第3群)はDSM-Ⅳでは身体醜形障害や妄想性障害身体型と診断されます。

このようなことをふまえ先のリストでは、TKSのTypeⅡ(確信型、第3群に相当)を固定した妄想をもたず、恐怖が過剰である、不合理であることを経過の一時期でも認識したことがあることとしました。

DSM-Ⅳの社会不安障害の診断基準では「過剰であること、または不合理であることを認識している」となっているのを、強迫性障害なみに拡張しています。

後方視的研究では上記のリストB1,B2の両群間でSSRIやSNRIによる薬物療法の有効性に差がなかったのです。

この点、身体醜形障害でも同様なSSRIの有効性が報告されています。

特に注目すべきなのは、その病識の程度と薬の有効性に関連がないことです。

すなわち「妄想的」な身体醜形障害の患者さんに対して、「非妄想的」な患者と同等にSSRIなどの治療が有効でした。

ただしプラセボ効果については別で、病識に乏しい症例ではプラセボ効果もありませんでした。

この視点から考えると、対人恐怖症確信型(第3群)患者が病識に乏しい状態であっても、薬物療法によく反応することから、これらの症例を不安障害の一部として社会不安障害とほぼ重なり合う対人恐怖症通常型(第2群)と同じ範疇に含めることや、西洋的に社会不安障害スペクトラムとして考えることの合理性が見出せます。

※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著