こちらの2例を読まれて、どうお考えになったでしょうか。
症例1がいわゆる重症対人恐怖症に相当し、日常生活の障害の程度は障害年金を受けるに値するといえる一方、治療は利益を生まなかったです。
あるいは、患者さんは完全に治ることを求め、社会のなかで生きていくことは二の次になっていました。
症例2は軽症の社会不安障害です。
治療は著明な効果をもたらし、患者の満足度も高いです。
症例1に対する医療費は医療保険で支払われています。
これは無駄な金ともみえます。
症例2に対する医療費は”うつ病”というレセプト病名をつけることにより、現実には医療保険で支払われることが一般的です。
効果をみればとても有効に使われたお金です。
議論の論処になるように、医療経済学の立場から社会不安障害の社会的損失について検討した研究をしらべてみることにします。
社会不安障害のコスト
ある疾患を取り上げて医療の経済的評価をおこなう際には、治療にかかる費用という直接的コストのみならず、間接的コスト(その疾患に罹患したことで休職や退職をし、その際に生じる生産性の低下など)についても検討の対象となります。
また、疾患によって失われるQOLもコストとして考慮されます。
社会不安障害にかぎらず、医療経済的視点からの研究はわが国ではほとんど報告されていません。
以下では海外の文献を中心に紹介します。
英国の研究では、一般人口における社会不安障害群と精神的に健康な群とのあいだで比較がおこなわれました。
その結果、労働形態については社会不安障害群のほうがフルタイムではたらく人が少なく、失業率も高く、世帯あたりの1週間の収入が少ない層(200ポンド以下)の割合が高いことが示されました。
また、両群間の総健康管理コストに差は認められなかったが、一般医を受診する年間コストは精神的に健康な群の66.12ポンドに対し、社会不安障害群では125.78ポンドと高い値を示していました。
この研究では、社会不安障害に対する適切な治療がなされることで、社会不安障害による個人や社会への負担を軽減することができるのではないかと結論づけています。
Katzelnickらは米国中西部のHealth Main-tenance Organization(HMO)登録者を対象とした大規模調査をもとに、全般性社会不安障害のコストを検討しました。
直接的コストである年間の健康管理サービス利用費用の総額は、全般性社会不安障害では2536ドルであり、これは精神疾患をもたない場合の1887ドルにくらべて高い傾向にあるものの、大うつ病の3132ドルとのあいだには統計的に差がありませんでした。
また、賃金や雇用などの間接的コストや、QOL(家族との関係や社会的ネットワークなどの障害の程度)という、直接医療費としては現われないコストについても検討しました。
その結果、全般性社会不安障害では精神疾患のない場合にくらべて多くの点でコストのかかることが認められました。
たとえば、全般性社会不安障害のほうが賃金が低く、さらに家族との関係や恋愛関係といった社会的機能の面など多くの点で障害が認められ、QOLが低下していました。
ただし、就職率や労働時間については両者で差が認められなかったのです。
この研究は、プライマリーケアにおいて、患者に対する介入の有効性を検討する価値があるとしています。
社会不安障害の間接的コストは他の多くの研究においても示されています。
社会不安障害群はQOLや仕事の生産性が低く、教育歴の短さや収入の低さ、未婚者の割合の高さなどとかかわっており、教育や雇用、社会的ネットワーク、恋愛関係などの側面が障害されています。
また自殺との関連については、社会不安障害患者の21.9%が自殺企図を報告しており、これはうつ病の19.5%と同程度であり、精神疾患のない群での5.2%にくらべて高い値を示しました。
こうしたことをまとめると、社会不安障害は慢性に経過し、生活全般に影響を与えることがわかります。
症状が軽く患者さん自身で治療がおこなえるようなものとは考えられません。
社会不安障害に対する治療法の費用対効果
ところで社会不安障害の主な治療法は認知行動療法と薬物療法であるが、それらの治療法について費用対効果分析が報告されています。
この研究では24の研究を対象としたメタ分析により、認知行動療法と薬物療法の効果を比較し、効果の大きさを求めており、その結果、両治療法とも効果のあることが確かめられました。
1年あたりのコストを求めたところ、集団認知行動療法が600ドルと最も低く、薬物療法[60mg phenelzine,150mgフルボキサミン,2.0mgクロナゼパム(1.0mg錠、2.0mg錠)]のなかでは、2.0mgクロナゼパム(2.0mg)が996ドルと最も低コストでした。
Radomskyらは社会不安障害の認知行動療法に関する総説のなかで、認知行動療法と薬物療法を比較し、効果の現れる早さの点では両者はほぼ同等あるいはやや薬物療法のほうがまさっているが、効果の維持という点では認知行動療法が有利であるとまとめています。
社会不安障害の早期の治療が将来のコストを抑える可能性
社会不安障害という疾患は、有病率が比較的高く、若年から発症し、失業率の高さや、大うつ病やアルコール依存症などを合併していることも指摘されているので、早い段階での適切な治療がコストを抑えるためには有用でしょう。
社会不安障害の発症年齢の幅は13~24歳であり、Wittchenらの総説では、発症年齢の平均は10~16.6歳であったと報告されています。
日本においては対人恐怖症として社会不安障害に類似する病態が以前から扱われていました。
対人恐怖症の発症年齢は13~18歳までに集中しており、やはり若年から発症することが示されています。
日本においても早期の診断と適切な治療が各種コストの低減には効果的でしょう。
※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著