社会不安障害は、社会的状況での対人接触場面における極度の緊張や強い恐怖感を特徴とし、他人からの評価を過度に気にかけ、恥かしい思いをする状況を恐れ、そのために社会との接触が障害され、人生そのものに対しても強い影響を与える精神科疾患です。

本疾患の生物学的病態はまだ解明されていないが、人が不安や恐怖感を感じるさまざまな刺激を獲得する過程において、扁桃体が大きく関与することが知られています。

また、さまざまな不安を主体とする精神疾患においても扁桃体の機能異常がその病態の中心となっている可能性が示唆されています。

ここでは、社会不安障害における扁桃体を中心とした神経ネットワークの役割について、最近の画像研究および扁桃体損傷患者の認知機能研究に関する報告を総括しました。

社会不安障害の神経画像研究

神経画像研究の結果から、前頭眼窩部、前頭前野、島、側頭葉、帯状回、頭頂葉、後頭葉などの脳組織のネットワークが正常および病的な不安において重要な役割を果たすことが知られています。

なかでも扁桃体は恐怖の認知と不安の表出の神経回路のなかで最も重要な役割をはたしていると言われています。

扁桃体は一次感覚領域および高次機能に関与する二次感覚領域などの大脳皮質や海馬を含む皮質下の組織に対し、密な神経連絡をもっていることが知られています。

われわれが日常生活のなかで恐怖体験に結びつく感覚情報を認識した場合、その刺激は強いものであれば感覚器官から直接視床を介して扁桃体にその情報が入力されると考えられています。

また、同時に不快な感覚情報は大脳皮質感覚野を介し前頭前野で認知され、恐怖と不安が増強され、その情報が扁桃体に伝達されます。

すなわち不安や恐怖を誘発する感覚刺激は直接・間接的に扁桃体に伝達され、扁桃体の過剰な興奮を起こします。

扁桃体の興奮は視床下部や脳幹部を介して交感神経の活動を亢進させ、心拍数や呼吸数の増加、発汗などの身体的反応を誘発し、それらの身体の変化を認識することがさらに不安や恐怖を増強します。

したがって、扁桃体を中心とした不安の回路は、いったんスイッチが入ると安全が確認されるまで興奮しつづけることになります。

また、不安や恐怖が強まっている状態では扁桃体を中心とした皮質下の活動が増強し、その一方で前頭前野や前頭眼窩部では血流が低下するといわれていますが、結果は必ずしも一致していません。

不安障害においては、病態によって異なるが、この扁桃体を中心とした神経回路の機能障害が重要な病態の一つであると考えられています。

海馬は記憶をつかさどる部位として知られていますが、防衛的行動や恐怖感情の表出において扁桃体と一体となって役割を果たすという報告もあります。

多くのPETによる研究で不安誘発時に扁桃体で脳血流が増加するという報告がみられています。

社会不安障害の不安の特徴に、あまり面識のない、知らない人の前で注目を集める行為に対して強い恐怖と不安をもつことがあげられます。

とくに人前で話をしたり、発表をしたりすることができないという主訴は臨床的に多く経験します。

Tillforsらは18人の社会不安障害患者と6人の健常者に、6~8人の見知らぬ聴衆に対して旅行経験を話すという課題時の脳血流の変化を、PETを用いて調べました。

その結果、社会不安障害の患者さんでは健常者と比較して、人前で話したときの不安の増強は扁桃体での脳血流の増加を伴いました。

大脳皮質では、社会不安障害の患者さんにおいて聴衆に話をする際に側頭葉、前頭眼窩部、島皮質での血流が減少しましたが、健常者ではこれらの脳部位で血流が増加しました。

頭頂葉や二次視覚領域では社会不安障害の患者さんは健常者よりも血流増加が少なかったです。

この結果から社会不安障害の患者さんにおいて、不安増強時には扁桃体を中心とした皮質下の活動が亢進することが示唆されています。

社会不安障害においては社会性のある行為そのもののほかに、他者からの評価に対する不安や恐怖を訴えることが多いです。

とくに、他人の表情に対して過敏であり感受性が高い傾向を認めることがしばしばあります。

15人の社会不安障害の患者さんと15人の健常者を対象としたPET研究で、怒り、恐怖、軽蔑などの不快な表情と、楽しそうな表情を提示したときの扁桃体の活動を記録しました。

その結果、社会不安障害の患者さんでは軽蔑した表情と楽しそうな表情、および怒りの表情と楽しそうな表情を見た時の比較で、左側の扁桃体および海馬傍回での脳活動が健常者と比較して有意に増加しました。

しかし、恐怖や中立的な表情と楽しそうな表情の差においては、両群ともに脳活動の変化を示さなかった。

これらの結果は社会不安障害の患者さんが、他者の自己に対する評価を示す軽蔑や怒りといった表情に過敏であり、とくに扁桃体およびその周辺の組織の過剰な活動がこれらの病態に関与していることが考えられます。

この研究では、扁桃体のほかに内側前頭前野領域で不快な表情と楽しそうな表情に対する反応の差によって脳活動が増強しました。

内側前頭前野は感情表出刺激の認識に関与する部位と考えられています。

また、言語を用いた名詞から動詞への変換課題で、練習するにつれて脳血流が低下していくのに対し、練習後にまったく新しい単語で課題を課すと心理的な不安と相関して内側前頭前野の活動性が増加を示すと言われています。

このような人物の表情に対する認知機能の異常はうつ病や心的外傷後ストレス障害(PTSD)でも報告されています。

神経画像研究の結果、PTSDやうつ病患者では恐怖の表情に対して扁桃体の活動性が高まることが報告されています。

しかし、社会不安障害の患者さんにおいては、恐怖を感じさせない中立的な表情を提示しても、表情に対して敏感な反応を示すという報告もあります。

7人の社会不安障害の患者さんと5人の健常者を対象とした functional MRIを用いた研究で、不快な刺激臭と中立的で平穏な表情の写真を提示し、その脳血流の変化を調べました。

その結果、健常者は中立的表情の写真では扁桃体の血流に変化を認めなかったが、不快臭で扁桃体の有意な活動亢進を認めました。

しかし、社会不安障害の患者さんにおいて不快臭と同様に、平穏な表情の写真においても扁桃体の有意な活動亢進を認めました。

これは社会不安障害において、人の表情に対し過敏に反応し、表情に対しての恐怖や緊張に関与する扁桃体の興奮閾値が低下していることを示唆するものです。

このような不快刺激に関する扁桃体の反応を調べると、通常は刺激回数を重ねることによって慣れの現象が起こり、扁桃体の活動は低下してきます。

しかし、中立的な表情の写真と不快刺激を繰り返し提示すると扁桃体と海馬領域の活性化は、健常者は減少を示すが、社会不安障害の患者さんでは刺激の繰り返しによって扁桃体および海馬の活動は増加を示します。

したがって、社会不安障害では中立的表情のような曖昧な刺激に対しても扁桃体の興奮性が亢進している可能性を持ちます。

また、刺激の繰り返しによって慣れは生じず、扁桃体の興奮性はさらに増強していることが示唆されます。

社会不安障害の患者さんが過剰な恐怖や不安をもつことを臨床的な特徴とするなら、この精神状態と相反する病態をもつ疾患群は反社会性人格障害の1群と考えられる。

反社会性人格障害は感情が冷淡で、恐怖や懲罰を予測する機能が欠如しているといわれ、腹側眼窩部の障害が示唆されている。

Veitらはfunctional MRIを用いて犯罪歴のある4人の反社会性人格障害者と4人の社会不安障害の患者さん、および7人の健常者を対象に、痛み刺激とともに人間の中立的表情の顔写真を提示する課題を用い、予期不安を反映した脳活動の変化を調べました。

その結果、3群において前頭眼窩部、島、前帯状回、扁桃体を結ぶ辺縁系―前頭前野回路の活動に差を認めました。

反社会性人格障害では刺激に対し扁桃体に短い活動増加を認め、それ以外の部位では活動の変化は認めなかったのです。

しかし、社会不安障害の患者さんでは中立的表情の顔を見る条件づけの段階で、すでに顔写真に対して扁桃体および前頭眼窩部の活動増加を認めました。

したがって、辺縁系―前頭前野回路の低活動が反社会的行動に関与し、反対に辺縁系―前頭前野回路の活動亢進が社会不安障害に関与すると考えられます。

扁桃体は前帯状回や前頭眼窩部とともに不快な刺激を予測する機能に重要な役割を果たし、とくに社会的状況における予測や感情調整を仲介すると考えられています。

扁桃体は発生学的に古皮質にあり、古皮質のはたらきの一つである危険認知機構を活性化するはたらきをもち、感情的に不快な刺激に対して強く反応するとかんがえられています。

このような扁桃体の危険や恐怖への反応性を解明することで、社会不安障害、パニック障害、全般性不安障害など不安障害における異なった危険刺激への選択的反応の違いが理解されることが期待されます。

また、今後治療によって症状が軽快し、社会適応が回復した社会不安障害の患者さんで神経画像による扁桃体の活動が正常化しているかどうかの確認も重要な研究課題の一つです。

予備的研究ですが、社会不安障害の患者さんを対象に、薬物療法群、認知行動療法群、未治療群の3群で治療前と治療9週後のPETによる脳血流の変化を調べたものがあります。

薬物療法群、および認知行動療法群ともに治療反応を示した患者は両側の扁桃体、海馬、海馬傍回の血流低下を示しました。

不安障害で扁桃体の過活動がその病態と強く関与していることが考えられるが、その1群において、扁桃体の過活動は可逆的で治療に反応を示すものであることが示唆されます。

※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著