社会不安障害は他のcommon diseasesと同様、多因子疾患であることが明確化され、その遺伝因は多数であり、単一遺伝子疾患のような原因遺伝子ではなく、発症のリスクを上げる一つの因子、すなわち発症脆弱遺伝子が存在すると考えられます。
また、治療反応性にも遺伝因が関与することが明確化されており、これを治療反応性関連遺伝子と呼びます。
そこで、社会不安障害の発症脆弱遺伝子および治療反応性関連遺伝子を明確化しようとするゲノム医学研究がおこなわれており、以下に概観します。
なお、多因子疾患のゲノム医学研究は連鎖解析と関連解析の2つの手法に分けられますが、社会不安障害ではいまのところもっぱら関連解析がおこなわれています。
関連解析には「集団の階層化:population stratification」による擬陽性の問題など手法的な問題があります。
さらに社会不安障害にかぎらず、精神疾患の診断分類のなかに多様な病態生理をもととした疾患が混在しています(heterogeneity)ことが予測されます。
また何よりも現時点で、多数の遺伝因と環境因を同時的に検討するという「真のゲノム医学研究」とよべる研究は見出せません。
したがって、以下に述べる研究結果はあくまでこのような限界のなかで解釈されるべきものです。と断っておきます。
社会不安障害の関連解析はおもに向精神薬の薬理学的機序に関与する神経伝達物質、セロトニン(5-HT)系、ドーパミン(DA)系、ノルアドレナリン(NA)系、γ―アミノ酪酸(GABA)系、モノアミン代謝系酵素などの遺伝子を候補遺伝子としておこなわれています。
しかし、社会不安障害にかぎった関連解析の報告は少なく、ここでは、現在までに報告されたパニック障害、特定の恐怖症、社会不安障害、強迫性障害、心的外傷後ストレス障害(post traumatic stress disorder:PTSD)、全般性不安障害といった不安障害全般、あるいは対人的不安の高さに関する報告を候補遺伝子ごとに紹介します。
1.5-HTトランスポーター(5-HTT)遺伝子
17q11-12に位置する。5-HTTは選択的5-HT再取り込み阻害薬(SSRI)の特異的標的部位です。
プロモーター領域に存在する5-HTT linked polymorphic region(LPR:挿入/欠失多型であり14回の繰り返しをもつS型と16回の繰り返しをもつL型が存在する)は5-HTTのmRNA発現量に関与する可能性があり注目されています。
また、SSRIの治療反応性に関する報告があいついでいるが、不安・抑うつに関連したpersonality traitsについてもさまざまな報告がなされています。
1996年Leschらによって5-HTTLPRの多型と三次元人格評価尺度(tridimensional personality questionnaire:TPQ)の”harm avoidance”との関連が報告されて以来、数々の追試が試みられていますが、その結果は一致していません。
一方、”harm avoidance”は社会不安障害の有する「対人的不安の高さ」に近似するところがあるが、この点に関する以下のような研究成果が発表されています。
Arbelleらは、イスラエル人の7~8歳の児童98名について児童、両親、学校の先生から得られた内気の評価”shyness score”と5-HTTLPR多型のあいだに関連を認め、L/L型をもつ児童の”shyness score”がS/S型をもつ児童の”shyness score”と比較し、有意に高かったと報告しています。
一方で、Lakatosらはハンガリー人の生後12カ月の乳児90名について、不安や新奇性への反応と5-HTTLPR多型およびDRD4多型(後述)との関連解析をおこない、5-HTTLPR多型がL/L型、L/S型のいずれかであり、かつ、DRD4多型が7回の繰り返し配列をもつ場合、不安や新来者に対する反応が有意に高かったと報告しています。
ArbelleらとLakatosらの報告は相反する結果を示しており、今後、社会不安障害そのものとの関連解析の結果を待ちたいです。
2.ドーパミン(DA)受容体遺伝子
DA受容体は5つのサブタイプに分類されるが、そのなかで不安障害に関連する関連解析は、DA2,3,4受容体遺伝子についておこなわれています。
A.DA2受容体(DRD2)遺伝子
11q22.2-22.3に位置します。
Kennedyらは社会不安障害患者33名との関連解析をおこないTaqIA多型では関連を認めなかったとしています。
しかし、LawfordらはPTSD患者63名についてパロキセチン(SSRI)の治療効果との関連解析を実施し、TaqIA多型では、wildおよびmutant hetero(A1+)はmutant homo(A1-)と比較してパロキセチン治療後の一般健康調査質問紙(General Health Questionnaire:GFQ)の得点が有意に減少し、対人的機能(social function)が有意に改善したと報告しています。
B.DA3受容体(DRD3)遺伝子
3q13.3に位置します。
上述のKennedyらはMscI多型について、社会不安障害との関連を認めなかったとしています。
C.DA4受容体(DRD4)遺伝子
11p15.5に位置します。
1996年Benjaminら、EbsteinらによってDRD4遺伝子の多型とTPQの”novelty seeking”との関連が報告されて以来、数々の追試が試みられています。
一方、”novelty seeking”の低さが、社会不安障害の対人行動の忌避に関係する可能性があると考えられます。
Lakatosらは、エクソン3に存在する48bpの反復配列に関して、生後12カ月の乳児95名における母親への愛着行動(attachment behavior)との関連解析をおこなった結果、7回の繰り返し配列多型をもつ乳児は、非7回の繰り返し配列多型をもつ乳児より、disorganized attachment behaviorのリスクが4倍高くなり、さらに―521C/T多型のT/T型をもつ場合、そのリスクは10倍高くなると報告しています。
その他、上述のArbelleらは7回の繰り返し配列をもつ多型と非7回の繰り返し配列をもつ多型と非7回の繰り返し配列をもつ多型と非7回の繰り返し配列をもつ多型のあいだに”shyness score”との関連は認めなかったと報告しています。
3.γ-アミノ酪酸(GABA)受容体遺伝子
GABA受容体は気分安定剤であるバルプロ酸ナトリウムの作用点であり、ベンゾジアゼピン系の抗不安剤も本受容体に作用することから着目されています。
GABA受容体はA,B,Cの3つの分類されます。
そのなかで精神疾患との関連解析はGABAΑ受容体に関する報告が多いです。
GABAA受容体にはα:6種(α1~6)、β:4種(β1~4)、γ:3種(γ1~3)、δ、ε、Θ、πが1種ずつの17のサブユニットが存在します。
Feusnerらはβ3について、PTSD患者86名におけるCA dinucleotide repeat多型とGHQとの関連解析をおこなった結果、G1遺伝子をheteroでもつ多型(G1G2)はG1およびG2をhonoでもつ多型(G1G1およびG2G2)と比較しGHQの得点が有意に高かったと報告しています。
4.モノアミン酸化酵素(MAO)遺伝子
phenelzineなどのMAO阻害薬は抗うつ剤として使用されています。
MAOA,MAOBの2つに分類されます。
A.MAOA遺伝子
Xp11.23に位置します。
5-HTやNAの代謝酵素として重要です。
MAOA-VNTR多型について3.5回以上の繰り返しをもつ多型は3回の繰り返しをもつ多型に比較して酵素活性が高いとの報告があります。
上述のArbelleらは3回の繰り返しをもつ多型と4回の繰り返しをもつ多型のあいだに”shyness score”との関連は認めなかったと報告しています。
しかし、Eleyらはドイツ人2085名において、NEO人格評価尺度(NEO-Personality Inventory:NEO-PI)の”neuroticism”(TPQの”harm avoidance”と相関が高いことが明確であり、対人的不安につながる)について、高得点グループの10%から57名、低得点グループの10%から62名を選択し、3回の繰り返しをもつ多型と3.5回以上の繰り返しをもつ多型とのあいだで、男女に分けて解析した結果、男性にのみ関連が認められ(MAOA遺伝子はX染色体上に位置する)、高い酵素活性をもつとされる3.5回以上の繰り返しをもつ対象者の”neuroticismの得点が有意に高かったと報告しています。
5.Catechol-O-methyltransferase(COMT)遺伝子
22q11.21-23に位置します。
モノアミンの代謝酵素であるCOMTは、Val158Met多型によって酵素活性が異なり、アミノ酸配列の158番目がValからMetに変化している対象者はCOMT活性が高くなることが知られています。
統合失調症、双極性障害、注意欠陥多動性障害などの精神疾患を合併することが多いvelo-cardio-facial症候群との関連が注目されており、この疾患が22q11の欠員を認めることが多いためCOMTが精神疾患の候補遺伝子の一つとして注目されています。
上述のArbelleらは、高活性アレル(COMT H)多型と低活性アレル(COMTL)多型とのあいだに、”shyness score”との関連は認めなかったと報告しています。
一方、上述のEleyらは”neuroticism”について、COMT H多型とCOMT L多型とのあいだに、男女に分けて解析した場合、男女ともわずかな関連を認めたと報告しています。
6.その他の遺伝子
A.コレシストキニンB(CCKB)受容体遺伝子
11p15.4に位置します。
コレシストキニンは食欲を制御し、末梢性満腹信号を中枢系に伝達する作用をもつため摂食障害の発症に関与していると考えられています。
また、5-HT系を介して中枢系への信号伝達がおこなわれることから5-HT機能に関連し脳のなかでさまざまな情報を伝達する役目を担っていると考えられ、近年、抑うつ・不安などの気質に影響を与える神経伝達物質として注目されています。
Binkleyらはidiopathic environmental intolerance(IEI)患者11名についてCCKB受容体7対立遺伝子との関連解析をおこなった結果、関連を認めたとしています。
また同様にDRD4多型との関連解析をおこなった結果、こちらは関連を認めなかったとしています。
B.thyroid receptor coactivator(HOPA)遺伝子
Xq13に位置します。
甲状腺の疾患と精神症状には深い関係があるが、HOPA遺伝子は甲状腺ホルモンの生成にかかわっているthyroid receptorassociated proteins(TRAPs)の多型の一つです。
philibertらは、甲状腺機能低下症と肥満の関係を考慮し、HOPA遺伝子を変異体でもつ者にbody mass index(BMI)30以上の肥満者が多く、さらにうつ病、不安障害、恐怖症との関連を認めたとしています。
診断基準の限界のため一疾患単位中に包含される heterogeneityを考慮し、近年のゲノム医学研究ではendophenotypeあるいはintermediate phenotypeと遺伝子との関係を検討するという手法が着目されています。
不安障害におけるendophenotypeあるいはintermediate phenotypeとしては、personality traits,神経画像(PET,SPECT,functional MRI)によるデータである。
治療効果もある意味ではintermediate phenotypeとも考えられます。
近年、PET、SPECTによって中枢神経系の受容体やトランスポーターの検討がおこなわれており、社会不安障害についてもPETを用いSchneierらは線条体におけるDA2受容体の不足を報告し、Kentらはパロキセチン治療後の尾状核、偏桃体、視床などにおける5-HTTの増加を報告しています。
今後はこのような脳機能画像と遺伝子との関連解析から新たな成果が得られるでしょう。
さらに、社会不安障害など多因子病の疾患感受性遺伝子同定には、発症に関連しうる環境因などの多様な情報を付加したゲノムを収集し、遺伝因と環境因を同時に解析することが重要です。
ことに、社会不安障害のように遺伝率が比較的低い疾患では環境因を同時に解析することが必須と考えられます。
実際、うつ病発症に関してはすでに前向きコホート研究にゲノム解析を組み合わせた結果が報告されており、今後、社会不安障害に関して同様の試みがなされることが真の病態生理解明には必要でしょう。
※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著