社会不安障害診断の際、鑑別を要する疾患を表6に示します。

表6.社会不安障害との鑑別診断

〇社会不安障害との鑑別診断を要する疾患
・妄想性障害
・統合失調症
・うつ病
 大うつ病性障害
 気分変調性障害
・パニック障害
 広場恐怖を伴う
 広場恐怖を伴わない
・パニック発作の既往のない広場恐怖
・全般性不安障害
・強迫性障害
・身体醜形障害
・統合失調質人格障害
・統合失調型人格障害
・物質乱用
・身体疾患
 パーキンソン病
 本態性振戦
 甲状腺機能亢進症など
<小児>
・広汎性発達障害
・分離不安障害

社会不安障害との異同が問われている精神疾患
・回避性人格障害(とくに全般性で)
・選択性緘黙

引きこもりや社会的回避を伴う疾患が鑑別診断の対象となります。

精神疾患のほかにも、パーキンソン病や、本態性振戦、吃音、肥満、火傷などの身体症状を伴う患者や、外観的もしくは社会的に非難されるような状態でも社会不安障害と同様の状態を認める可能性があります。

社会不安障害のほかに複数の精神疾患が併存する場合もあるが、社会不安障害の発症がより早期であることが多いです。

1.妄想性障害

自己臭恐怖などの状態は、疾病恐怖性や加害妄想、関係妄想などの臨床的特徴が伴う場合に「重症対人恐怖」あるいは「確信型対人恐怖」とされるが、操作的に社会不安障害と診断することは困難です。

伝統的概念と操作的診断基準とのあいだでどう区別するかが問題とされています。

ICD-10では、妄想性障害の説明のなかに「他者から臭いと思われている」という妄想も含有していますが、一方でDSM-Ⅳでは「体臭が他者に不快感を与えることを恐れる日本の対人恐怖症は社会不安障害に属する」とされます。

ここで鑑別にあげる妄想性障害は、対人恐怖症を含まない精神疾患を想定しています。

一般的に妄想性障害の妄想は迫害妄想、誇大妄想、被害妄想、恋愛妄想、嫉妬妄想が多いです。

社会的回避を伴う妄想性障害では「迫害されるので外に出られない」など被害的理由が多く、対人恐怖症が曖昧です。

また、対人恐怖症ではその恐怖が過剰で不合理であるということを認識しており自発的に受診するのに対して、妄想性障害では恐怖に対しての過剰や不合理性についての認識がなく、自ら受診することはほとんどありません。

笠原Drは、妄想性障害や統合失調症などの精神病圏では
1、対人恐怖症の病態構造が曖昧
2、状況依存性が画然としない
3、関係念慮の対象が拡散している
4、関係念慮と身体的欠点の関連が明確でない
5、加害性よりも被害性が有利
6、自責感より他罰的な訴えが多い
7、体感異常や離人症などを合併している
8、周囲との親密な感情接触を求める心性が乏しい
9、症状からみて現実とのかかわり方が了解しにくい
10、家族の評価や面接時の印象が精神病性人格変化を疑わせる

という特徴をあげています。

2.うつ病(大うつ病性障害、気分変調性障害)

社会的隔離や引きこもりは、うつ病エピソードでも生じ得ます。

うつ病の引きこもりが社会不安障害の呈する回避行動のようにみえる場合もあるが、社会不安障害と鑑別することは詳細な臨床面接から、ある程度可能です。

うつ病患者では社会的な相互関係を回避する可能性があるが、この回避は通常、他人が自分の行動を観察しているという恐怖には関係していません。

大うつ病性障害と社会不安障害が合併していることはしばしばみられますが、病歴を時代順に追えば、社会不安障害の発症がうつ病エピソード発症に先行していることが多い。

ICD-10では「完全な抑うつ症状が明確に同定できなければ、うつ病の診断を下すべきではない」としています。

3.パニック障害(広場恐怖を伴う、伴わない)、パニック障害の既往のない広場恐怖

広場恐怖と社会不安障害の鑑別には、回避する原因となる恐怖や、患者が一人でいる際に明らかな不安を呈するかどうか判別することが重要です。

社会不安障害の重症例では不安症状がパニック発作の基準を満たすことがあるが、広場恐怖の患者におけるパニック発作は社会的状況に限定されない、反復性で予期のないものです。

また、パニック発作が生じることに対する恐怖や、逃避が困難な状況下でコントロールを失うのではないかという恐怖に関連して回避行動を呈することが多いです。

それとは対照的に、社会不安障害の患者さんでは多くの社会状況において吟味されたり屈辱されたりする状況結合性の発作であり、一人でいるときにパニック発作を呈することはありません。

また、社会不安障害の平均発症年齢は広場恐怖を伴うパニック障害よりも早く(10歳代半ば対20歳代半ば)、両障害が併存する場合、パニック発作の生じる数年前に社会不安障害が先行することが多いです。

赤面や筋痙攣は社会不安障害と関連することが多く、一方で呼吸困難やめまい、動悸、胸痛、霧視、頭痛、耳鳴りは、広場恐怖の患者に生じることが多いといいます。

また、社会不安障害の患者では不安エピソードの際に自分が死ぬのではないかと恐れたりすることはほとんどなく、救急受診したり他の医療機関を受診する割合はパニック障害の患者さんに比較して少ないです。

ICD-10によると、「社会恐怖と広場恐怖の鑑別が非常に難しい場合には、広場恐怖を優先すべきである」と記載されています。

それらをまとめた社会不安障害と広場恐怖の異同を表7に示します。

表7.DSM-Ⅳの広場恐怖と社会不安障害との鑑別

広場恐怖 社会不安障害
定義 パニック発作(またはパニック発作様症状)がおきたとき、そこから逃げ出さない(または恥ずかしい思いをする)、助けが得られない場所または状況に対する不安と回避 社会的状況またはそこで何らかの行為をすることに対する恐怖と回避
不安の焦点 パニック発作(またはパニック発作様症状)が起こること 他人の注視を浴びる、恥をかく、恥かしい思いをすること。社会的な状況でパニック発作が起こること。
パニック発作 広場恐怖を伴うパニック障害の場合、予期しないパニック発作の繰り返しがある。社会的状況でパニック発作が起こる場合でも、それに限定されない。 予期しないパニック発作の繰り返しはなく、社会的状況をきっかけに起こることはある。発作は状況結合性、または状況準備性パニック発作
回避行動 一人での外出、人混み、行列に並ぶ、橋の上、電車・バス・車などに乗って移動することなど、通常多くの状況を回避、社会的状況のみを回避する場合でも、他の状況で予期しないパニック発作がある。 人前での会話、会食など、社会的状況(またはそこでの行為)のみを回避。
一人の時パニック発作を起こすことはない。

4.全般性不安障害

社会不安障害と全般性不安障害(generalized anxiety disorder:GAD)における不安の相違は、社会的状況に関しては区別が困難な場合があります。

そのため、鑑別の際には社会状況に関連しない事柄について明らかにする必要があります。

GADの症状は、他人の評価を受けない場合にも起こりうるが、社会不安障害では、他人の評価を受けない場合にも起こり得るが、社会不安障害では、他人の評価を受ける可能性がある場合に生じることが重要です。

たとえば、もし仕事や学校での行動についての不安が、屈辱への恐怖や、他人からどう評価を受けるか気にすることによってとくに引き起こされているのであれば、診断は社会不安障害である可能性が高いです。

しかし、恐怖や心配がすべてを包含し、人前で恥をさらされる恐怖だけに限定されていない場合では、GADの診断が妥当でしょう。

不眠、頭痛、死への恐怖は、社会不安障害の患者さんよりもGADの患者さんで高確率に観察されるという研究報告や、赤面や呼吸困難は社会不安障害のほうにより特徴的であるという研究報告もあります。

5.強迫性障害

強迫症状のために社会状況の回避が強い場合もあるが、強迫性障害(obsessive compulsive disorder:OCD)と社会不安障害における症状の相違は、明瞭であるように思われます。

しかし、社会状況回避の原因について、臨床医がOCDも鑑別診断として意識して問診しなければ、OCDを社会不安障害に間違えてしまう可能性があります。

6.身体醜形障害

社会不安障害と身体醜形障害間の臨床的境界は明白なようでいて、実際の臨床症例では難解な場合も多いです。

日本では、醜形恐怖は対人恐怖症の一亜型とする立場もあり、その異同について多く論じられてきました。

社会的状況を回避する原因として、身体醜形障害の場合、「外見についての想像上の欠陥へのとらわれ」から社会回避が生じています。

身体醜形恐怖では、1日に何時間も自分の想定する身体的欠陥について考えるのに対し、社会不安障害では通常、顕著で持続的な苦痛を有したり、時間を要したりはしません。

7.回避性人格障害

社会不安障害(とくに全般性)と回避性人格障害間の重複は明らかで、多くの討論がなされています。

回避性人格障害の患者さんの多くは社会不安障害の診断基準を満たし、両者の診断基準はDSM-ⅣおよびDSM-Ⅲ-Rでも類似している。

現在、この2疾患は別個の疾患というより同じ連続体上にあるという理解が主となっています。

8.統合失調質人格障害、統合失調型人格障害

社会不安障害と同様に、統合失調質人格障害および統合失調型人格障害でも社会的孤立を特徴とする。

社会不安障害では、他人との関係を実は持ちたいと思い、孤独感を強く感じています。

一方、統合失調質人格障害および統合失調型人格障害では、他人との人間関係をもつことに対しての興味が欠如し、社会的孤立に対して不満にかんじていないことが多いです。

9.物質乱用

種々の法外薬物の慢性使用により、引きこもりなどの症状が発現し得ます。

DSMでは特定不能のコカイン関連障害などとの鑑別を喚起しています。

10.身体状況

社会不安障害は、特定の身体状況との併存に言及した、DSM-Ⅳのなかでは数少ない診断です。

パーキンソン病の振戦、吃音、肥満、斜視、顔面の傷跡、摂食障害の異常な食行動などによる社会的不安・回避の場合には、社会不安障害と診断しないのがDSMでは慣例となっています。

一方で、社会不安障害とパーキンソン病間には強固な関係があるため、このDSMの診断基準を疑問視している研究者もいます。

11.子ども

社会不安障害は子どもでも診断され得ます。

しかし、小児や青年では社会不安や回避が一過性であることが多いため、DSM診断では18歳未満の場合に6カ月以上の持続期間を必要とします。

ICD-10では、6歳までの小児を対象に「小児期の社会性(社交)不安障害(social anxiety disorder of chiidhood)」と別項目が用意され、人見知りなど、各年齢層における正常な状態との鑑別に留意しています。

自閉症や他の発達関連障害の子どもを社会不安障害と誤診するのを防ぐためには、関係性の能力を年齢に応じて評価する必要があります。

次に、社会不安障害では親しい人と社会的関係をもつ能力を有するという証拠が必要なため、大人との交流場面だけではなく、仲間のいる状況で不安が生じることを確かめる必要があります。

子どもに生じる社会不安障害の特別な型として、選択性緘黙があります。

選択性緘黙の子どものほとんど100%が社会不安障害の選択基準を満たしたという研究から、選択性緘黙が社会不安障害の一型であることが示唆されています。

12.分離不安障害

分離不安障害の子どもは、自分自身の家の中での対人的状況では通常気持ちが落ち着いているが、社会不安障害の子どもは恐怖する社会的状況が家のなかで起こっても不安の徴候を示します。

13.広汎性発達障害

広汎性発達障害において社会的状況が回避されるのは、他者と人間関係をもつことに対する興味が欠如しているためです。

社会不安障害では、よく知っている人との対人関係に関心をもつ能力があります。

家族以外で複数の人と年齢相応の対人関係をもっている場合に、社会不安障害と診断できます。


社会不安障害を一つの疾患単位と認めるためには、類似の病態との鑑別を明確にする必要があります。

ここでは、多少とも「他人に不快な感じを与える」ことを恐れるといったニュアンスをもった日本や韓国独特の対人恐怖症との異同を論じるとともに、まず全般性社会不安障害/非全般性社会不安障害のそれぞれの特徴を明らかにしました。

そして鑑別すべきいくつかの障害と、その鑑別の要旨を記載しました。

※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著