社会不安障害でアメリカの研究から見えてきたもの
社会不安障害は慢性の病気でなかなか自然には治りにくいものです。
こうした社会不安障害に悩む方を長期に追跡した研究結果の一部が最近発表されています。
これはアメリカのハーバード大学とブラウン大学が共同で行っている研究の一環です。
この研究で調査の対象となっている不安障害の患者はどちらかというと通常の治療では良くならなかった方の比率が高いので、その点を考慮しないといけないのかもしれません。
この研究は1989年から実施され、現在711人の様々な不安障害に悩む方が半年に一回、もしくは一年に一回かの追跡調査を受けており、全員がすでに13年以上追跡されています。
この研究では16~18年間追跡調査する予定となっています。
このうち62%の患者はパニック障害であり、27%がうつ病、25%が社会不安障害、25%が全般性不安障害と診断されています。
合計が100%以上になるのは一人に方が同時に二つ以上の診断を受けているからです。ほとんどが白人の患者です。
うつ病やうつ症状は、糖尿病や高血圧などの慢性の身体の病気以上に社会生活に悪影響を及ぼすことがわかっています。
ところが予想外なことにここに挙げた様々な不安障害はうつ症状以上に悪影響の度合いが強いと指摘されているのです。
また、この調査で社会不安障害と診断された176人の患者のほとんどが他の不安障害やうつ病を併発していることが示されています。
社会不安障害に最も伴いやすいのはパニック障害と全般性不安障害でした。
また半数近くの患者がうつ病を併発していました。
特に社会不安障害にうつ病を併発している患者では、うつ病を併発していない社会不安障害の患者と比べて、精神科の入院歴があったり、社会的経済的な地位が低かったり、社会生活上の支障が重度で生活の質も低いことがわかっています。
さらに社会不安障害の患者では、パニック障害や全般性不安障害のような他の不安障害の患者に比べてパーソナリティー障害(人格障害)を伴う率が高いことも指摘されています。
44%の患者がパーソナリティー障害を伴っていましたが、特に多かったのは回避性のパーソナリティ障害の36%であり、予想通りの結果と言えます。
この研究では社会不安障害の患者の病状がどのように変化したか、すなわち良くなったかを調べるために三つの基準を設けています。
それはこの研究の為に開発された「精神医学的状態評価尺度」というスケールの点数に基づいて改善の度合いを見るもので、このスケールで5点未満の状態が八週間以上続けば診断の基準を満たさないと評価され、4点未満の状態が八週間以上続けば部分寛解、3点未満の状態が八週間以上続けば完全寛解、と判断されました。
寛解というのは耳慣れない言葉ですが、再発の可能性を残しながらも現在は症状がほとんどなくなり回復した状態という意味です。
10年間追跡した調査データからわかったのは、社会不安障害が非常に回復しにくい病気であるということです。(図3-1)
【図3-1】長期治療による社会不安障害の改善度
10年目の時点での外出恐怖や乗り物恐怖のないパニック障害の患者は82%が回復しており、うつ病でも72%、全般性不安障害は50%、外出恐怖や乗り物恐怖を伴うパニック障害の患者でも42%であったのに対して、社会不安障害の患者は35%という数字でした。
8年目の追跡調査データでも完全寛解に至ったのは36%だけであったのに対して、部分寛解は48%、診断基準を満たさない患者は70%であったことが示されており、多少とも改善傾向のあるものの完全に回復する患者は少ないことが分かります。
その一方で良くなった患者の再発率は10年目のデータで見るとパニック障害の患者が54%、全般性不安障害の患者が38%であったのに対して、社会不安障害の患者は34%と低いことが分かりました。
この長期の追跡調査で様々な治療が患者の経過にどんな影響を及ぼしたのかについて触れておきたいと思います。
アメリカのお国柄を反映して調査の当初はカウンセリングや精神分析的な心理療法を受けている患者が多かったのですが、8年後の時点ではそれが半分近くに減っています。
最近わが国でも非常に注目されている認知療法や行動療法を受けている患者は調査の当初においても30~40%台と少なかったのですが、八年目の時点ではさらに減って10%台となっています。
これはあまり効果のなかったためではないかと推測されています。
その一方で薬の治療を受けている患者の比率は調査の開始時点と10年後において約75%と変化していません。
薬の中ではいわゆる精神安定剤と呼ばれるベンゾジアゼピン系の抗不安薬の比率が一貫して50%以上でありほとんど減っていません。
それに対して現在まず用いるべきとされる脳内セロトニンの利用効率を高めるSSRIと呼ばれる薬の使用の割合は調査時点の18%と比べて10年目には33%と倍近くにはなっていますがそれでも4割以下であり専門家が勧める社会不安障害の治療と臨床の現場で行われている治療にはまだまだ大きなギャップがあることがうかがえます。
いずれにしてもこの研究の結果からは社会不安障害が発病の年齢が非常に早く、人生や社会生活に与える悪影響もうつ症状や慢性の身体の病気以上であることが分かります。
しかも社会不安障害があるとうつ病やパニック障害、全般性不安障害を伴いやすいことも示されました。
発病の早い方では人との関わりを避ける傾向の強い回避性パーソナリティ障害を伴いやすいこともわかりました。
この調査では社会不安障害の回復率が35%と他の心の病気に比べて著しく低いことも指摘できます。
しかしながら幸いなことにいったん回復すると再発の率は34%程度と低いことも示されています。
最も顕著なことは、ほとんどの患者が適切かつ十分な治療を受けていない点です。
ですから、ここで示しましたやや悲観的な長期の追跡結果も、適切な治療的介入を行えば大きく変わる可能性がありますので、がっかりしないでいただきたいと思います。
※参考文献:社会不安障害 田島治著