社会不安障害の治療の実際

社交不安の治し方

大勢の前や、偉い人の前で話をする時に多少とも緊張したり、あがったりするのは誰にでもあることですし、むしろ正常な反応と言えます。

こうした正常な社交不安と病的な社交不安に悩む社会不安障害とは実はかなり質的に異なっています。
ここが世間で大きく誤解されているところで社会不安障害を単なるあがり症、誰にでもある正常な反応ではないかというのは間違いです。

社会不安障害の方の場合には、普通の人であればまったく緊張しなくてもいい場面で強い不安や恐怖、緊張の症状が必ず出てしまいます。
そして、通常であれば徐々に慣れてきて不安や恐怖、緊張が軽減するはずですが、逆に社会不安障害に悩む方の多くが年とともに悪化した、と訴えます。
しかも、こうした不安・恐怖から逃れようと様々な工夫をしたにもかかわらず改善しないため、多くの方があきらめとともに、自分の性格的な弱さと思い込んでしまうのです。

長年、あきらめと自己嫌悪、生活の幅を狭めてしまう回避の工夫に悩んできた社会不安障害の方にとって、積極的な治療によって治る可能性があるというのは大変な朗報でした。
著者の医師のところにも、新聞や雑誌、ラジオ、テレビなどで社会不安障害が薬で治る可能性があるという話を聞いて、遠方から大勢の方が診察に訪れてきます。

こうした方の治りたいという熱意や、治療に対する意欲は驚くほどのものです。
遠方から新幹線や飛行機、夜行バスなどを使って来られ、長年の悩みを何とか治して欲しいと切実に訴えます。

若い方だけでなく、六十代、七十代の方も大勢受診しています。
人前で震えなくなりたい、人が見ているところでも普通に字が書けるようになりたい、少人数のグループでもリラックスして話ができるようになりたい、症状を治して老人クラブの旅行に行きたい、長年性格の問題とあきらめていた悩みを死ぬ前になんとか治したいと訴えられ、社会不安障害に悩む人達がいかに人生で不利益をこうむっていたかがひしひしと伝わってきます。

こうした方の多くが、脳内のセロトニンの働きを強めるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)と呼ばれる薬を飲めば誰でもすぐに良くなると誤解して、薬の処方を求めます。
実は、なぜ長年続く病的な社交不安が起こるのかはまだわかっていませんが、すでに紹介しましたように、生まれつきの不安や恐怖反応の出やすさ、その背景にある脳内の不安や恐怖反応の神経回路の過敏性、特に偏桃体と呼ばれる部位の過敏性、恐怖反応の条件付けの三つが大きく関与しているものと考えられています。

とりわけ最も数が多い十五、六歳頃に発病する社会不安障害の方は、症状が出るまでは明るく活発であったと訴える方も多く、発病後の引っ込み思案で臆病な自分とのギャップに悩みます。
こうした方の多くが、授業中に指されたときなどにいつになく不安や緊張、恐怖感が現れたエピソードがきっかけとなって発症しています。
これにより、恐怖反応の学習、条件付けが起きてしまったわけです。
脳内の不安恐怖反応の中心となっている偏桃体を調べると、条件付けによって神経が過敏になることもわかっています。

また、いったん強い社交不安を経験すると、自意識が過剰となり失敗したらどうしよう、みんなに変に思われるのではないか、一言も間違えずにしゃべらなくてはならない、みんなに良く思われたい、などと言う気持ちが強くなり、これが不安と恐怖、緊張の悪循環の連鎖を起こします。
こうした心理的な条件付けと脳の恐怖反応の回路の条件付けの二つが相まって社会不安障害は症状が進行し、それがいつまでも経っても治らずに続くことになります。

現在、社会不安障害の治療法には今紹介した病気の成り立ちからもわかりますように、心理・行動面からの治療のアプローチと、薬による治療のアプローチの二つの方法があります。
現時点ではどちらの治療法も各々単独で効果があることがわかっていますが、実際にはこの二つの方法を組み合わせた治療を行うのが良いと考えられます。

※参考文献:社会不安障害 田島治著