私たちはどんな人に対しても何らかの役割を期待しているものです。
それが具体的なこうどうであることもあれば、全般的な態度であることもあります。
対人関係上のストレスは、この役割期待がずれるときに起こってきます。
つまり、自分が期待していることと相手が現実にやっていることがずれていたり、相手が自分に期待していることが苦痛なことだったり、という場合です。
こういうズレはあちこちにあるのですが、それが病気の症状と大きく関わっているときに、対人関係療法では「対人関係上の役割をめぐる不一致」として焦点を当てて治療をしていきます。
社会不安障害の場合、うつ病などの病気と違って、特定の個人との特定の不一致がそのまま病気の発症につながっているというケースはありませんが、誰かとの不一致の中で症状が強まるようなときや、病気を治そうとしていくと誰かとの関係が問題になってくるようなときには、「対人関係上の役割をめぐる不一致」を治療焦点として選ぶことがあります。
また、役割期待という考え方は、社会不安障害の治療を進めていく上で、必ず役に立つものです。
社会不安障害の人によく見られる「不一致」として、「静かな不一致」があります。
明らかなけんかのような形ではなく、社会不安障害の症状を長引かせるような、構造的な不一致なのです。
たとえば、「社会不安障害を治す」ということだけをとっても、不一致が存在することは多いです。
過保護な親や配偶者がいる場合、相手が何でもやってくれるので、自分が依存した存在で、自力では何も出来ない、という感覚が強まってしまい、社会不安障害が持続する悪循環を生んでしまいます。
自分に力がないと感じれば、不安な状況をますます避けるようになるからです。
不一致は過保護(自立の阻害)というテーマだけではありません。
社会不安障害の人が「いい人」を演じやすいというのも、不一致のひとつの形です。
社会不安障害を持つ人は、全般に、自分のニーズよりも他人のニーズを優先させる傾向にあります。
それは、ネガティブな評価を恐れるためでもありますし、本人の自己肯定感の低さとも関連しています。
自分のニーズなど大した価値はないと思うのです。
自分のニーズを伝えないと、結果として、それを正当なものとして認めてもらう機会を持つことができなくなります。
すると、自分のニーズにますます自信が持てなくなり、他人のニーズを優先させるパターンが強化される、という悪循環がやはり成立していきます。
この悪循環のなかで、社会不安障害の人は、「自分のニーズを伝えないことが相手との関係性をよくするための秘訣」だと思っています。
ところが、実際の人間関係では、お互いにいろいろなことを打ち明け合うことによって、相手への理解が深まり、親しくなっていくものです。
自分のニーズを伝えないというパターンを続ける限り、人と親しくなることはできません。
これもひとつの「対人関係上の役割をめぐる不一致」であると言えます。
相手は親しくなるためにもっと自己開示してほしいと望んでいるのに、こちらは親しくなるために自己開示を控えているからです。
そして結果として親しい関係が作れないということにストレスを感じる、というのは、「対人関係上の役割をめぐる不一致」によくある形です。
※参考文献:対人関係療法でなおす社交不安障害 水島広子著