どんな人にも不安を感じる状況があるということを忘れないようにするのも大切です。

そもそも、不安を感じるというのは人間の一種の能力ですから、それが全く欠けているのは逆に問題だとも言えます。

不安が無いように見える人であっても実際は不安を感じている場合が多いものです。

不安を恥ずかしく感じないために、ことさらにそれについて口に出してしまうということも一つのやり方です。

次のツガオさんの例を見て下さい。

ツガオさんは、人前で字を書くことに強い恐怖を感じていました。

手が震えているのを見破られると思っていたからです。

ところが彼は営業職だったので、先方で書類に記入しなければいけない仕事が実際にありました。

彼はそんなとき、限りない恐怖を感じながら、相手から隠すようにして字を書いていました。

オドオドして、隠れるように字を書く彼は、相手に好印象を与えることはありませんでした。

もちろんツガオさんはコソコソと隠すように字を書く自分を誇らしく思うわけがありませんので、そういう行動を繰り返すほど、自己肯定感は下がっていきました。

社会不安障害に典型的な悪循環に陥っていたのです。

そんなツガオさんに試みてもらったのは「自分は緊張症」と公言することでした。

先方で書類を書かなければならなくなると、「僕、緊張症なので、じっと見られると手が震えて変な字になっちゃうんですよね。

ちょっと後ろを向いて書類書いていいですか?」とあえて軽い調子で言ってみたのです。

もちろん、それは簡単なことではなく、軽い調子で言えるように、治療のなかで練習した後のことでした。

相手は笑い出し、「本当に緊張する人は緊張症なんて言わないよ」と、冗談のように受け取ってくれました。

それまで硬かった相手との関係も好転したようでした。

人から笑われる前に自分から話題にして笑わせてしまう、ということは処世術としても知られていることですが、社会不安障害においても有効なやり方です。

社会不安障害においてこのやり方をとる場合に注目したいことには特に二点あります。

一つは、相手の反応をかなりの程度コントロールできるという点です。

「いつ見破られるか」とビクビクしている限り不安からは解放されませんが、それを話題にして笑わせてしまえば、ビクビクするのをやめる事が出来ます。

もう一つは、相手と本当の意味で「コミュニケーションしている」という点です。

相手の立場に立ってみれば、背を向けて隠すようにコソコソ書類に記入している営業マンよりも、「僕、緊張症なので」と話しかけてくれる営業マンのほうが親しみを感じやすいでしょう。

社会不安障害のツガオさんも、自己開示することによって関係性が好転したわけですが、そのことによって、次のコミュニケーションもとりやすくなります。

※参考文献:対人関係療法でなおす社交不安障害 水島広子著