社会不安障害の特効薬:SSRI
SSRIは、セロトニン神経のシナプスから放出されたセロトニンが再び同じ元のシナプスに取り込まれるのを防げるという意味の英語の頭文字で日本では「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」と訳されています。
セロトニンは、一方のシナプス(前シナプス)から放出されて、もう一方のシナプス(後シナプス)の受容体(レセプター)に受け取られ、情報伝達の役目を果たします。
しかし、放出されたセロトニンの全部が、後シナプスの受容体にキャッチされるわけではありません。
大部分はキャッチされないまま、再び前セロトニンに戻り、次回の放出に備えて蓄えられます。
社会不安障害だけではなく、うつ病、パニック障害など、他の精神疾患の場合も同じですが、セロトニンを放出するセロトニン神経が、なんらかの原因でうまく機能せず、セロトニンの放出量が少なくなっていると考えられています。
そのため、後シナプスのレセプターが、セロトニンをうまく取り込めない状態に陥り、不安、うつといったさまざまな神経疾患の症状が表れるのです。
シナプスから放出される神経伝達物質はセロトニンだけではありません。
セロトニンとは対照的な働きをする覚醒系のホルモンであるノルアドレナリンなど30種類ほどあります。
それらの神経伝達物質の中のセロトニンだけが、前シナプスに再び取り込まれるのを防げるように作用する薬なので、選択的セロトニン再取り込み阻害薬と呼ばれているのです。
SSRIは、正確にいうと、セロトニンの放出量を高めるものではなく、放出されたセロトニンが、前シナプスと後シナプスの隙間になるべく長くとどまるように作用する薬です。
後シナプスのレセプターが、セロトニンをキャッチしやすいような状態に保つわけです。
このようにシナプスとシナプスの間に滞留しているセロトニン量が維持されることで、後シナプスに取り込まれたセロトニンが、安心や鎮静の情報を神経に伝え、これによって気分の落ち込みが解消され、精神が安定します。
本来SSRIは抗うつ剤として登場し、いまでもうつ病治療の第一選択薬とされていますが、社会不安障害に対する有効性が高いことが分かり、社会不安障害の特効薬として活用されるようになりました。
日本で社会不安障害の治療薬として保険適応になっているSSRIには、マイレン酸フルボキサミンを有効成分とするルボックスやデプロメール、塩酸パロキセチンを有効成分とするパキシルがありましたが、2015年11月に、エスシタロプラムシュウ酸塩を有効成分とするレクサプロが社会不安障害の効能・効果を持つ薬剤として承認され、新たな治療選択肢に加わりました。
社会不安障害の不安に即効性のある抗不安剤
抗不安剤は、脳神経に作用し、不安・緊張といった症状を緩和させる作用があります。
現在多く使われている抗不安剤はベンゾジアゼピン系で、神経伝達物質の中でも脳神経の興奮をしずめ、安定させるギャバ(γ―アミノ酪酸)の働きを強化します。
その鎮静作用によって、緊張や不安、恐怖が軽減されるわけです。
抗不安剤の特徴は、短時間で効果が表われることです。
ただし、その効果は一時的なものであるため、SSRIのように社会不安障害そのものを根治させることはむずかしいといえます。
また一部の抗不安剤には、強い眠気やふらつきといった副作用や、長期間の使用で依存性ができ、急に服用を中止すると離脱症状が出たり、不安が再発することがあります。
服用量や服薬期間に注意が必要なため、必ず医師の指導のもと服薬します。
ベンゾジアゼピン系抗不安剤には、「短時間作用型」「中時間作用型」「長時間作用型」といったタイプがあります。
これらは、薬が対内で薄まっていく時間を示しており、症状や状況に合わせて使い分けます。
例えば、急に強い不安に襲われてどうしようもなくなってしまったときは「短時間作用型」、終日会議に出席してプレゼンもするなど、不安な状況が長く続くと思われるときは「長時間作用型」といった具合です。
代表的な抗不安剤には、短時間作用型にはエチゾラムを有効成分とするデパスやクロチアゼパムを有効成分とするリーゼ、中時間作用型にはロラゼパムを有効成分とするワイパックス、長時間作用型にはロフラゼプ酸エチルを有効成分としたメイラックスなどがあります。
社会不安障害の身体的症状を抑えるβ遮断薬
β遮断薬は、正式には「交感神経β受容体遮断薬」といいます。
交感神経を興奮させる神経伝達物質にはアドレナリンやノルアドレナリンがあります。
これらの伝達物質が受容体に作用することで興奮状態になるのですが、その受容体のひとつがβ受容体です。
β遮断薬は、ノルアドレナリンがβ受容体に作用するのを防ぐことで、交感神経の興奮を抑制します。
社会不安障害の人は苦痛を感じる状況になると、交感神経が興奮して過剰に働くことで、動悸や発汗、震えといったさまざま身体的症状が引き起こされます。
β遮断薬はこれらの身体的症状を一時的に抑える働きがあるのです。
ただし、β遮断薬は社会不安障害で起きる不安や恐怖を抑えたり、取り除くことはできません。
あくまで身体的な症状を一時的に抑えることができるだけなのです。
そのため、SSRIのように長期間服用して根治を目指すという飲み方はせず、抗不安剤同様、具体的であらかじめ予測がつく状況のときに症状がでないように一時的に使用するのが一般的です。
主なβ遮断薬には、塩酸プロプラノロールを有効成分とするインデラル、塩酸カルテオロールを有効成分とするミケラン、マロン酸ボピンドロールを有効成分とするサンドノームなどがあります。
この薬は本来、心臓の拍動を抑え、血圧を下げる作用があることから、高血圧や不整脈、狭心症などの循環器疾患に対して用いられていました。
社会不安障害のSSRIと抗不安剤の服用法
社会不安障害を完全に治す必要のない人もいる
基本的にSSRIは長期間服用して社会不安障害を完治させる薬であり、抗不安剤は一時的に不安を取り除くためにプラスする補助的な薬と説明しました。
確かにその通りです。
ただ、日常生活に困っていない人はSSRIを服用する必要はなく、抗不安剤だけで十分だと思っています。
社会人の人で会社という組織に属し、社会と接しなければならない状況になってようやく、人前でしゃべれない、ひどく汗をかくといった症状を自覚した人達です。
ただし、ほとんどの人の場合、普段は普通に生活を送れています。
常に声や手が震える、上司と会話ができない、会社に行けない、家に引きこもっているなどの症状に毎日苦しめられ、日常生活に支障が出ている重症な人は、SSRIを服用して治療すべきです。
また、もともと緻密で能力があるのに、緊張して部下に指導ができないなどの理由で出世に影響が出てしまっているような場合も、SSRIによる根治が望ましいでしょう。
しかし、会議になると緊張する、プレゼンがうまくできないなど、「その時だけ困る」ということであれば、抗不安剤で一時的に不安を取り除けばよいと考えられています。
確かに抗不安剤を困ったときにだけ飲むこの方法では、社会不安障害を根治させることはできません。
しかし、皆が皆、完全に治す必要はありません。
要は、本人が生活に困らなければよいのです。
社会不安障害の人はピンチが乗り越えられればいい
例えば、プレゼンがうまくできないという人には、まず「プレゼンは年に何回ぐらいありますか?」と聞きます。
「3~4カ月に一回ぐらいです」ということであれば、困るのは年にたったの3,4回です。
普段は普通に生活していて不便がないようなら、SSRIを毎日飲む必要はありません。
抗不安剤をプレゼンの前に飲むだけで十分です。
子どもが小学校に入り、PTAの役員になったのだが、会議に出席すると緊張して手が震えてしまうという主婦もいました。
この人は月に1回ある約2時間のPTA役員会議で手が震えなければよいということだったので、SSRIの服薬はせず、抗不安剤で対応しました。
ただし、抗不安剤には副作用として眠気が出る場合があります。
それは相性のようなもので、人によって副作用の出る出ないや、眠気の強さにも差があります。
そのため社会不安障害の患者さんには「日曜日など眠気がさしても支障がない日に1錠飲んでみて、どれぐらい眠くなるか、効き目がどの程度あるのかを試してください」とお願いするケースもあります。
抗不安剤は、早いタイプなら服薬後15~30分で効果を表わします。
社会不安障害の患者さんにとって抗不安薬は「お守り」
社会不安障害の治療は、治療するレベルなのか、その必要はないレベルなのか、そこから判断することが必要であり、社会不安障害の患者さんにとってできるだけ負担が少なく、効果的な治療法を選択することが大切です。
そのためには、例えば、パーティー会場の受付で記帳するときに手が震えてしまうレベルなのか、会社で向かい側に座っている先輩に見られていると思うと手が震えてしまい、それが苦痛で会社に行けなくなってきたレベルなのかが重要であり、患者さん本人がどのような生活を希望しているのか、どうしたいのかをしっかりと聞き出し、話し合います。
その上で、どの治療薬をどの程度処方するのかといった治療方針を決めるのです。
ちなみに、前者の場合は、パーティーに出席する際に困らなければよいということだったのでSSRIを毎日服用する必要は全くないと判断し、抗不安剤のみが処方されました。
後者の場合は、日常生活にも支障が出ていることから、まずは少量のSSRIの服用から始め、効果が出ないようなら服薬量を増やしていくことになりました。
社会不安障害にはSSRIという特効薬があり、毎日の服薬でしっかり治すことができます。
しかし、抗不安剤の処方だけでよくなるケースもあります。
ある社会不安障害の主婦の方はPTAの会議の際、緊張をなくすため抗不安剤を服用していました。
しかし、だんだん回を重ねるにつれ慣れてきて、抗不安剤を服用しなくてもよくなりました。
今ではポケットに抗不安剤を入れてもしもの時のために、お守り替わりにしているということです。
実はこの主婦の方と同様の、この程度の社会不安障害の人もたくさんいるのです。
※参考文献:あがり症のあなたは<社交不安障害>という病気。でも治せます! 渡部芳徳著