ここでのテーマである社会不安障害、パニック障害とも不安障害のなかでは最も有病率の高い部類に属するものです。
したがって、両者の鑑別や合併が問題になることが多いのは当然といえるでしょう。
実際に、米国精神医学会の診断基準である精神障害の分類と診断の手引き第4版(DSM-Ⅳ)の解説にも、広場恐怖を伴うパニック障害の鑑別診断には社会恐怖(社会不安障害)が、社会恐怖の鑑別診断には広場恐怖を伴うパニック障害が含まれており、広場恐怖を伴うパニック障害の患者さんが社会的状況のみを回避している場合はとくに鑑別が難しいと記載されています。
社会不安障害の基本的特徴は、恥かしい思いをするかもしれない社会的状況または行為状況に対する顕著で持続的な恐怖です。
そして、恐怖している社会的状況への曝露によって、ほとんど必ず不安反応が誘発されるが、この反応が状況依存性または状況誘発性のパニック発作の形をとることもあります。
また、ほとんどの場合、その社会的状況または行為状況は回避されていますが、時には恐怖を感じながら耐え忍んでいることもあります。
一方で、パニック障害の基本的特徴は予期しないパニック発作が反復することであり、広場恐怖の基本的特徴は、逃げるに逃げられない(または逃げたら恥をかく)ような場所や状況、またはパニック発作やパニック様症状が生じた場合に助けを得ることができないかもしれない場所や状況にいることについての不安です。
したがって、パニック発作と社会的回避の両方をもつ患者で時に鑑別がむずかしくなるが、基本的な区別としては、「予期しないパニック発作の反復」があるかどうかという点にもとづいておこなえばよいことになります。
その一方で、両者のかかわりや合併には以下の3つのパターンが考えられます。
1.社会不安障害の症状としての不安反応が状況依存性または状況誘発性のパニック発作の形をとる、
2、パニック障害に罹患した結果、人前で発作を起こして恥ずかしい思いをすることを恐れるようになる(二次性社会不安障害)、
3、両方の基本的特徴を満足します。
1は上記のとおり社会不安障害のみの診断を下せばよいが、2と3に関しては事情が異なってきます。
DSM-Ⅳでは重複診断が許されるため、双方の診断基準を満たす場合は、どちらかに決める必要はなく両方の診断が下されます。
そのため、上記の2にも重複診断されるケースが含まれてくる可能性があります。
しかし、基本的に重複診断が許されなかったDSM-Ⅲの時代には、必然的に二次性社会不安障害がどちらの病態に近いのかという議論がなされ、社会不安障害、広場恐怖を伴うパニック障害、二次性社会不安障害の3者を比較した研究がいくつか報告されています。
ここではそれらの結果を概観することを通して、パニック障害に続発する二次性社会不安障害の病態の特徴をまとめてみたいと思います。
二次性社会不安障害の概念化
一次性社会不安障害から二次性社会不安障害を概念的に区別したのはLiebowitzらです。
彼らは、狭い病態(DSM-Ⅳであれば、非全般性の社会不安障害)に限定され重複診断もできない診断基準に疑問を呈しながら、パニック障害に続発する二次性社会不安障害について言及しています。
予期しないパニック発作を繰り返し、広場恐怖を伴うようになった患者が、他人の前でパニック発作を起こして恥ずかしい思いをしたり屈辱感を味わうことを恐れるようになります。
そして人前で話をしたり、パーティーを開催することを避けるようになるとしても、社会不安障害と診断できないのかというわけである(つまり、DSM-Ⅲでは二次性社会恐怖はパニック障害に含められていた)。
しかし、Liebowitzらは、むしろ両病態の差異に関して以下のように言及し、重要な相違点を指摘しています。
一次性社会不安障害の患者さんは、他人からじろじろ見られたり悪い評価を受けることを恐れるが、彼らの不安はそういった状況に限定されています。
その一方で、広場恐怖を伴うパニック障害の患者さんの場合は、さまざまな非社会的状況でもパニック発作を起こし、簡単に逃げられない状況であればどんな場面でも恐怖を感じ回避することになります。
さらに、同伴者への反応の違いとして、パニック障害の患者さんは親しい人と一緒にいることで安心するが、社会不安障害の患者さんでは一人になれたほうがもっと安心するといったことも指摘されています。
社会恐怖をはじめて他の恐怖症から分離し概念化したMarksは、社会恐怖では50%が男性で、平均発症年齢は19歳、医療機関受診の平均年齢は27歳であるのに対して、広場恐怖では25%が男性で、平均発症年齢は24歳、医療機関受診の平均年齢は32歳であったと報告しています。
さらにAmiesらは、87人の社会恐怖患者と57人の広場恐怖患者を比較した結果を報告しているが、やはり社会恐怖と広場恐怖では、男性が占める割合が60%と40%、受診時年齢が30.7歳と37.2歳と、有意に異なっていました。
また、訴える身体症状の内容も異なっており、社会恐怖では赤面や筋肉のピクツキなどが多いが、四肢の脱力、呼吸困難、めまい感やふらつき、失神、耳鳴りなどは広場恐怖のほうで多く認められました。
しかし、その一方で多くの症状にオーバーラップがあり、広場恐怖の50%に社会的状況での不安が、社会恐怖の25%に広場恐怖状況での不安が認められたとも報告しています。
予期しないパニック発作への注目
Perugiらは、それまでの報告が両群の区別を予期しないパニック発作の存在によってではなく、恐怖の主要な対象の違いによっておこなっていたことを批判したうえで、ピサ大学精神科への2年間の紹介および自己受診患者133名の内訳は、25人が社会恐怖、26人が二次性社会恐怖(予期しないパニック発作と社会恐怖症状をその一部に含む回避行動が認められる者)、82名が広場恐怖を伴うパニック障害であったが、各2時間で2回の(半)構造化面接によって、人工統計学的データ、家族歴、臨床的特徴を含む系統的な比較を実施しました。
その結果、一次性社会恐怖の患者さんでは二次性社会恐怖とパニック障害よりも発症年齢が有意に若く、パニック障害患者よりも受診時年齢が若かった。
また、両障害以外に合併していた精神疾患では、強迫性障害の合併が二次性社会恐怖のみに有意に多く認められました。
家族歴に関しては、二次性社会恐怖とパニック障害群で、パニック障害が有意に多かった一方で、うつ病に関しては3群間で有意差を認めなかった。
症状面でもさまざまな差異が認められました。
一次性社会恐怖患者では、めまい感、頻脈、呼吸困難などを含む身体的不安症状が有意に少なく、離人感、非現実感、死の恐怖、気が狂う恐怖などはほとんど認められなかったです。
それにくらべ、一次性社会恐怖患者でも多く認められました(3群間に有意差なし)症状は、赤面、発汗、震え、情緒不安定などでした。
他人に対する依存、予期しないパニック発作と状況依存性(準備性)パニック発作、広場恐怖状況に対する回避行動や疾病恐怖は、二次性社会恐怖群とパニック障害群で有意に多かったです。
その一方で、対人緊張は社会不安を伴う2群のほうが有意に多かったです。
さらに、うつ状態にかかわる症状に関しては、3群間で有意差を認めなかったのです。
以上をまとめると以下のようになります。
1.人口統計学的データからは、二次性社会恐怖はパニック障害群と同様な特徴をもっている、
2.家族歴からも同様の結論が得られる、
3.不安症状や広場恐怖状況に対する回避行動のプロフィールからも、二次性社会恐怖はパニック障害と同等であった、
4.対人緊張のみ、社会不安を伴う2群でパニック障害群と有意差が認められました。
この研究の結果は、予期しないパニック発作が存在する場合は、社会的状況に対する恐怖や回避が認められたとしても、DSM-Ⅲが規定したとおり基本的にパニック障害と考えるべきであることを示唆しています。
社会不安障害とパニック障害の両疾患の合併
パニック障害と社会不安障害が合併する場合について述べます。
これまでの記述から明らかなように、この両障害が同じ比重で合併するケースはそれほど多くはありません。
これに関して、DSM-Ⅳの解説では以下のような例があげられています。
「たとえばそれは、ほとんどの社会的状況に対して恐怖を感じてずっと回避し続けている人(社会恐怖)が、後に非社会的状況でパニック発作を体験して、その他に種々の回避行動を示すようになる(広場恐怖を伴うパニック障害)ような場合です。」
しかし、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)やモノアミン酸化酵素阻害薬(MAOI)などの薬物が両病態に著効を示すことや、Sheehanらが、社会不安障害もパニック障害と同様に内因性不安の表現型の一つであり、最終的に行きつくところは広場恐怖であると述べていることなどを考えると、両病態にはやはり分けがたい部分もあるのかもしれません。
この点に関しては、Tyrerの研究が参考になります。
初診時に向精神薬を服用していなかった全般性不安障害(65名)、パニック障害(73名)、気分変調性障害(63名)の患者201名を、薬物療法群、認知行動療法群、セルフヘルプ群に割りつけた後、2年間のフォローができた181名の患者のうち、合計16名(パニック障害3名、気分変調症性障害5名、全般性不安障害8名)がいずれかの時点で一次性社会不安障害と診断されたが、そのうち9名は最初の時点で二次性社会不安障害と診断された者でした。
そして、さらに一次性社会不安障害が他の神経症性障害に発展しうるかどうかも検討すべきことが提言されています。
この研究からは、パニック障害も含めた神経症性障害と社会不安障害が合併しうること、しかも、ある時期は二次性社会不安障害であったものが一次性社会不安障害にも発展しうることが示唆されており、パニック障害と社会不安障害とのかかわりにもさまざまな形がある可能性がうかがわれます。
今後、以上のようなフォローアップ研究、家族研究や遺伝学的な研究、病態生理学的研究などが進むことで二次性社会不安障害の本態が明らかになっていくでしょう。
そしてその結果、各病態に対するより有効な治療法の選択が可能になることが期待されます。
※参考文献:社会不安障害治療のストラテジー 小山司著