この章では、認知行動療法で大切な二つ目のポイント、「上手にコミュニケーションする」ことについて述べていく。

私達が感じる<社会不安障害><社会不安>は、<社会能力>と呼ばれるものと密接に関わっていることが多い。

では、<社会能力>とはいったい何か?

それは、私達一人ひとりが過去の経験において築き上げてきた他人との付き合い方(行動様式)のことで、<社会能力>が高い人ほど、効果的で、適確で、好感度の高い上手なコミュニケーションができるのである。

だが、「上手なコミュニケーション」とはそもそもどういうものなのだろう?

上手なコミュニケーションには、自分の希望を正確に伝える、相手の意図を理解する、などの「言葉上の」対話のしかたはもちろん、話をする時に相手の眼を見る、聞き取りやすい声で話す、などの「言葉以外の」対話のしかたも関わってくる。

私達はこうした上手なコミュニケーション、<社会能力>を、親の言動の真似、教育、様々な体験によって身に付けている。

経験の差によって、比較的コミュニケーションが上手な人と下手な人がいることは確かだ。

ただ、幸いなことに、上手なコミュニケーションを学ぶのに遅すぎるという事はない。

これからいくらでも上手なコミュニケーション、<社会能力>を伸ばすことは可能なのである。

社会能力を伸ばす

先ほど、上手なコミュニケーション、<社会能力>は<社会不安障害><社会不安>と密接に関わっていると述べた。

それはどういうことかというと、実は<社会不安障害><社会不安>を感じると<社会能力>が低下してしまう人がいるのである。

たとえば、親しい友達と一緒にいる時はおもしろい話を次々としゃべることができるのに、目上の人を前にすると途端に無口になってしまう人、みなさんの周りにはいないだろうか?

逆に上手なコミュニケーション、<社会能力>の低さが<社会不安障害><社会不安>の原因になってしまう場合もある。

たとえば、レストランでの正しいマナーを知らない人は、テーブルにずらりと並べられたフォークとナイフを見ただけで、心臓が早鐘を打ち、汗だくになってしまうだろう。

<社会能力>が低いコミュニケーションが上手な人は、もっと日常的にこういう状況に置かれている。

彼らが<社会不安障害><社会不安>を感じるのは、マナーを知らない人と同じように、その状況でどういうコミュニケーション、行動をとればよいかわからないためなのである。

つまり、マナーさえ知っていれば高級レストランが怖くなくなるのと同じように、上手なコミュニケーション<社会能力>を伸ばすことで、苦手な状況をコントロールでき、<社会不安障害><社会不安>を克服することが可能になってくる。

つまり、高い<社会能力>を身につけることで、前章で述べたエクスポージャーをクリアできるようになり、結果的に私達の<スキーマ(絶対的信念)>を変えることが可能になるのだ。

自己主張できるようにする

では、上手なコミュニケーション、<社会能力>を身に付けるにはどうすればよいだろう?

実は上手なコミュニケーション、<社会能力>を評価する時には、「うまく自己主張できるかどうか」がもっとも重要視されている。

表3-1を見て欲しい。

回避的行動 自己主張的行動 攻撃的行動
よい点 あまり労力を必要としない、周りの人から容認されやすい 目的を達成するのに有効である、円滑な人間関係を築ける 高い効果をもたらす場合もある
悪い点 欲求不満を生みやすい、目的を達成するのにほとんど効果が無い 自己主張のしかたを学び、それを覚えておく必要がある 敵対関係を生みやすい、ストレスがたまりやすい

表3-1 他人に対する3つの行動様式

他人対する私達の行動様式は、回避的行動、自己主張的行動、攻撃的行動、の三つに大きく分けられる。

そのうちのふたつ、「回避的行動」と「攻撃的行動」は、私達人類の祖先の記憶に基づいている。

つまりこれらは、生命を脅かす危険に遭遇した時に取るべき行動として遺伝子にプログラムされているため、私達人間は無意識のうちに行ってしまいがちなのだ。

これらの行動には、良い点もないわけではないのだが、現代の生活においてはむしろ良くない点のほうが多い。

そしてもうひとつの行動様式、「自己主張的行動」は、私達人間が身に付けるのは先のふたつよりはるかに難しい。

きちんと自己主張をするということ、それは、ただやみくもに自分をアピールすることでは決してない。

不安をできるだけ抑えながら、他人の考え、希望、感情に配慮しつつ、自分の考え、希望、感情を正しくはっきりと伝えることである。

こうした「自己主張的行動」は、私たちの日常生活において、非常に幅広い状況に適応する行動様式だといえるだろう。

だからこそ、上手なコミュニケーション、<社会能力>を伸ばす目的において、自己主張ができるようになる訓練は非常に重要な位置を占めているのだ。

実際、この種の上手なコミュニケーションの訓練は、今日では<社会不安障害><社会不安>に対する心理療法の一環に限らず、企業研修や自己啓発のメニューなど、実にさまざまな場で行われている。

ではさっそく、「自己主張ができるようになる訓練」について簡単に要点を説明しておこう。

まず、とくにどういう状況において自己主張できるようになりたいか、訓練の対象となる状況を選び出す。

そして、訓練をする際には、「行動」だけでなく「考え方」にも気をつけなくてはならない。

つまり、そういう状況に置かれた時に、「回避的行動」や「攻撃的行動」に導くような思い込み(「私が自分の考えを口にしたら、きっとうまくいかなくなる・・・」や「欲しいものを手に入れるには、強い態度に出なくては!」)をしていないかどうか、きちんと見極めなくてはならない。

そして最後に、この訓練の目的を決して忘れないこと。

この訓練の目的―それは、自己主張ができるようになって、対等で活気にあふれた人間関係を築いていくことである。

実例―アニータのケース

南米出身のアニータは、三十四歳の女性建築家である。

これまで<うつ>を二回経験しており、対人関係に深く悩んでクリニックに訪れた。

初めて会った時の状況

アニータは、幼い頃からおとなしくて控えめな性格だった。

だが友達はわりと多く、学校の同級生や教師からも好かれていた。

7歳で南米からフランスに移住してきた後も、内気ながらも人好きのする子どもであることに変わりはなかった。

新しい環境や初対面の人にもすぐに慣れることができた。

両親の夫婦仲はよく、どちらも一人っ子のアニータを可愛がって育ててくれた。

大学を卒業すると、彼女は高級官吏の男性と結婚した。

ところが、夫が留守がちなせいで互いの心が離れ、結婚生活は数年で破綻した。

離婚と同時に、彼女は以前からの夢だった建築事務所を開業した。

ところが、状況はこの頃から暗転していく。

アニータの両親は、実の息子同然に思っていた前夫の肩を持ち、アニータを非難するようになった。

さらに彼女は、内気な性格が災いして、建築事務所をうまく切り盛りできなかった。

営業活動にしり込みしたり、建築現場で職人たちの言いなりになったり、顧客からのクレームをうまく処理できなかったり、競合相手に打ち勝つだけのバイタリティがなかったり・・・上手なコミュニケーションができず。

そのうち上手なコミュニケーションができない彼女は余計な心配ばかりするようになり、用もないのに現場をうろついたり、細かいことにまで口を挟んだり、契約内容を何度も読み返したりした。

アニータはヘトヘトに疲れていた。

三年の間に二度も<うつ>を経験し、事業も傾き始めたあげく、とうとう彼女はクリニックの扉を叩いたのである・・・。

上手なコミュニケーションをするには問題点をはっきりさせる

アニータはわりと裕福な家庭に生まれ育っていたが、外国から移住してきたことに負い目があったせいか、小さい頃から両親に「ひとさまに決して迷惑をかけないように」と耳にたこができるほど言い聞かされてきた。

そのため上手なコミュニケーションができない彼女には、自分のことよりも他人の意向を必要以上に優先しようとする癖があった。

そして、その癖によってとくに大きな問題にぶつからないまま、大人になってしまったのである。

アニータが<社会不安障害>を感じるようになった主な要因が、コミュニケーション、<社会能力>の低さにあることは明白だった。

医師は、何度か面接を行いながら、上手なコミュニケーションができない彼女の<社会能力>を伸ばす訓練プログラムを作成した。

最初に、問題点をはっきりさせるため、苦手な対人関係を「相手」と「話の内容」別に、難易度に応じて0~10の点数をつけてリストアップした。

それが表3-2である。

表3-2 対人関係における問題点

(アニータのケース)

難易度、0=非常にやさしい、10=非常に難しい 親しい相手 面識のある相手 初対面の相手 気おくれを感じる相手
ポジティブな話、楽しい話をする 2 5 7 10
ポジティブな話、楽しい話をされる 3 4 6 8
頼みごとをする 2 5 7 9
頼まれたことを断る 3 6 7 8
批判をする 3 5 8 8
批判に対して反論する 4 6 7 7
会話を交わす 0 2 6 8

この表を見ると、アニータは、初対面の相手や、気おくれを感じる相手(自分より能力の高い人、裕福な人、自己主張の強い人、など)との会話に、とくに大きな不安を感じているようだ。

だからこそ彼女は、営業活動が苦手だったり、職人たちにやり込められたり、クレームにうまく対応できなかったりしていたのだ。

訓練の第一段階―基本技術を習得する

初めに、アニータの<社会能力>を伸ばすプログラムの第一段階として、基本的なコミュニケーション技術を身に付ける訓練を行った。

ここで行うのは、それほど難易度の高くない状況で、スムーズにやり取りができるようになるためのシミュレーションである。

まず、誰と、どこで、何のために、どういう話をするか、状況を細かく設定する。

たとえば、「友達と、カフェで軽食を取っている時、借りたお金を返してくれるよう要求する」などと・・・。

そして最初は、アニータがいつもやっているようなやり方で、その状況を演じてもらう。

それに対して医師は、どこがよくてどこがあまりにもよくないか(言葉の選び方、しぐさ、視線、声の大きさ、など)、コメントと改善案を呈示する。

続いてアニータが、医師の指示を考慮に入れながら、再びその状況を演じる。

そして、そのやり方でよいという及第点を医師からもらったら、日常生活でも同じことを実行してもらうのだ。

さまざまな状況について同じ訓練を繰り返しながら、医師はこの第一段階に3~4カ月を費やした。

ただし、この段階でのシミュレーションは、難易度の低い状況(表3-2の左2欄)、つまり「親しい相手」や「面識のある相手」のみにとどめておいて、あまり難易度の高い状況では行わないことが大切である。

ここでの練習は、たとえるなら、アスリートやミュージシャンが行うウォーミングアップのようなものなのだから・・・。

訓練の第二段階―応用技術を習得する

克服すべき状況の設定

次に、いよいよ応用技術を学んでいく。

まずは、第一段階よりも難易度の高い状況のうちで、アニータが克服すべきシチュエーションを設定する。

今回は、彼女が仕事上で繰り返し遭遇する可能性が高い七つの状況に絞り込んだ

1.新規の顧客に対して、自分のことを売り込む。「うぬぼれの強い人間だと思われたらどうしよう」、「後でがっかりさせるのが怖い」などと思わないこと。

2.お金の話をする。たとえ高額であろうが適正価格を設定し、値引き交渉を断固として拒否し、支払いの滞っている顧客に催促をする。

お金の話に触れるのを怖れたり、なかなか支払いをしてもらえないのを諦めたりしないこと。

3.建築現場で、仕事の遅れや出来栄えの悪さを指摘し、クレームをつけ、職人にきちんと仕事をするよう要求する。

職人の言い訳やへ理屈に屈しないこと。

4.仕事上の会合、仕事関係の付き合いのなかで、積極的に話をする。

誰かに話しかけてもらえるのを待っていたり、ひとりぼっちでみんなの輪から離れたところにいたりしないこと。

5.銀行の担当者に口座の残金不足を指摘されても、きちんと自己弁護をし、相手を上手に説得する。

いたずらが見つかった子どものように、黙ったままうなだれていないこと。

6.顧客のクレームに対して、落ち着いて淡々とした態度で対応する。

変にうろたえたり、苦しい言い訳をしたり、むきになって反論したりしないこと。

7.同業者と交流を深め、互いに意見を交換し合う。「どうせ私なんか、誰も興味を持ってくれない」、「自分は経験不足だから、誰も相手にしてくれない」などと思わないこと。

アニータは、これら七つの状況をうまくコントロールできなかった。

ただし、状況7を除くと、強い不安を感じながらもどうにか乗り切れる時もあったという。

だがそれは、彼女にとってとても満足のいくレベルではなかったのだ。

状況のシミュレーション

さて、状況を設定したら、いよいよシミュレーションだ。

たとえば、状況6の「顧客のクレームに対して、落ち着いて淡々とした態度で対応する」の訓練の様子を紹介しよう。

細かい状況設定はこうだ。

一軒家の新築現場のトイレの床のタイル貼りで、タイルが欠けていたり、曲って並べられたリしていた。

しかもなぜか、タイルの色が最初に指定した色とは違っていた。

施主はかんかんに怒っている・・・。

さあ、アニータは施主にどのように対応したらよいだろう?

これまで、こういう状況に置かれた時の彼女は、自分を必要以上に正当化したり(「私だって忙しいんだから、ずっと現場にいるわけにはいかないんです」)、顧客にさりげなく盾突いてみたり(「おっしゃることはわかりますけど、ちょっと大げさじゃありません?」)、挙句の果てには、顧客の言い分を疑ってみたり(「本当にそんなことおっしゃってましたっけ?契約書には書いてませんけど・・・」)していた。

そしてとうとう最後には、顧客のクレームに対して何も返事をしなくなったり(回避)、「じゃあ、わたしはもうこの仕事から降ろさせていただきます!と怒って逆上したり(攻撃)していたのだ。

私達は、第一段階で学んだ基本技術を思い出しながら、こういう時にはどうしたらよいかを考え(相手の言い分を認めながら、攻撃的になることなく、自分の考えをわかりやすく率直に伝える)、適切な応対のしかたについて話し合った。

そして、何度もシミュレーションを繰り返しながら、最善策を模索した。

そして最終的には、次のようなやり取りに辿り着いたのである。

施主(医師が演じる)「アニータさん、ひどいじゃないですか!こんなタイルの貼り方・・・。きちんと現場を監督するのはあなたの役割なのに、私が指摘するまで気付かないなんて、いったいどういうことですか!?」

アニータ「大変失礼しました。お客様のご立腹もごもっともです。職人たちには、私のほうできちんと言って聞かせますから」

施主「いや、とにかく、あなたがぼんやりしているからこんなことになるんです!」

アニータ「申し訳ないのですが、私も四六時中現場で見張っているわけにはいかないのです。
でも、これからは毎日必ず現場へ立ち寄るということ、それからこの問題をただちに解決することを、この場で固くお約束いたします。
明日にでも早速やり直させますから」

施主「それなりの金額をお支払いするんですからね・・・・。
今度こういうことがあったら、この契約そのものを白紙に戻させていただきますよ」

アニータ「お客様のおっしゃることは本当にごもっともです。
このようなミスが起きてしまったことに対して、心からお詫び申し上げます。
でも今後のやり直しについては私が全責任を持ちますので、どうか信用してください」

事前に定めておいたすべての状況について、これと同じようなシミュレーションを行った。

すると、アニータの上手なコミュニケーション、<社会能力>はぐんと高まり、実際の生活においてもうまく自己主張できる機会が増えていった。

そしてそれと並行して、彼女の不安は徐々に和らいでいったのだ。

この第二段階の訓練は、およそ4~5カ月間にわたって行われた。

こうして、週に一度のペースで通院しながらおよそ一年弱のカウンセリング期間を終えた頃には、アニータはコミュニケーションのコツを完璧に身に付けていた。

カウンセリング期間の終了間際には、大変喜ばしいことに新しいパートナーにも巡り合い、以前から尊敬していた建築家とペアを組む仕事の話も舞い込んできた。

つまり、すべては順調に進み始めたのである。

なお、彼女が三年にわたって二回経験した<うつ>についても、今回のカウンセリングを終えた時点で、その傾向がまったく見られなくなったという事を追記しておきたい。

上手なコミュニケーションで社会不安障害を克服

<社交不安障害><社会不安>を感じる人がきちんと自己主張できるようになるための訓練は、心理療法のプログラムに必ず組み込まれている。

ここで紹介したのは、医師と相談者のマンツーマンによる訓練だったが、他に、6~12人ほどの相談者とふたりの医師というグループで行うやり方もある。

グループで行う訓練の利点は、相談者同士が互いに助け合ったり励まし合ったりできること、クリニックの外でも一緒に練習ができること、そして、いろいろなひとが相手役を務めることで幅広いシミュレーションが可能となること、などが挙げられるだろう。

相談者たちは、「<社会不安障害><社会不安>に苦しんでいるのは、自分ひとりではないのだ」と知ることで、ずいぶん気持ちが楽になるようである。

いっぽう、マンツーマンによる訓練の利点は、その人にピッタリ合ったオーダーメイドの訓練をみっちりと行えるところにある。

また、相談者がものの見方や考え方(認知)について大きな問題を抱えている場合も、やはりマンツーマンで訓練を行っていくのが望ましいだろう。

※参考文献:他人がこわい あがり症・内気・社会恐怖の心理学
      クリストフ・アンドレ&パトリック・レジュロン著 高野優監訳